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第103話 闇に潜む刃、そして光

「それと、お母さんは仮面をして出てきます。この日のためにって作っていたので」

「仮面……もしや、あの仮面の男と関係があるのか?」

「あれは……えっと、お父さんです」

「なっ……あ、あの男が? 姉上と……いや、そうか。姉上のことを思いやっているそぶりは見せていた。私を驚かせぬように黙っていたのか……」


 怒るかと思ったが、やはり反応は逆だった。あんなふざけた男に姉はやれない、くらいは言われるかと思ったのだが。


「何もかも、あの男によって導かれていたのだな。一度、非礼を詫びたい……しかし私の立場上、アルベインの王都には、今後は公式訪問で訪れなくてはならないか」

「それができるようになったら、アルベインの人たちも、エルセインの人をだんだん怖がらなくなると思います」

「そうなるように努力せねばな。アルベインに休戦ではなく、同盟を申し入れたい。アルベインが兄、我々が弟という関係で、友好を結ぶことができれば……」


 ――そう、ジュリアスが言い終える前に。


「……ぐっ……ぁ……!?」


 ジュリアスの肩に、ヒュッ、と本当にわずかな音だけを立てて、金属の刃が突き立っていた。


(――スフィアッ!)


 何者かの攻撃を受けている。そう理解した瞬間、俺はスフィアに指示を出す。


「やぁっ!」


 スフィアは瞬時に反応し、腰に帯びていた小剣を振り抜く。闇の中から飛来した刃は、弾き飛ばされ、並んでいる石柱の一つに当たって落ちた。


(バニング、撃てっ!)


 攻撃を受けた瞬間の衝撃から、刃が飛んできた方向を割り出す。バニングの『閃火の息』は、熱を持つ生命体を自動的に追尾する――方向さえ分かれば、命中させられる。


「ゴォォォォォァァァァッ!」


 咆哮と共に、バニングの翼から生じた二つの光球から、幾つもの光線が撃ち出される――その全てが、洞窟の闇の中を流れる河の方角に飛んでいく。


「っ……バニングさんのブレスが、受け止められてる……!」


 閃火の息の直撃を受けた存在。それは、人間だった。


 防御魔法を使った――いや、違う。俺には、閃火の息が『吸い取られた』ように見えた。


「ジュリアス=エルセイン。姉を奪われた屈辱を忘れたのか? 君には失望したよ」

「……貴様、何者だ……どうやって、この中に……っ!?」


(予め、入り込んでいたのか……ジュリアスか、あるいは俺たちを狙うために)


「ジュリアスさん、回復魔法で血を止めるので、刃を抜いてください!」

「頼む……ぐぅっ!!」


 バニングが続けて牽制し、黒竜がジュリアスをかばっているうちに、スフィアが快癒の光(リカバーライト)でジュリアスの傷を癒やす。


(あいつ……独力で飛んでる……いや、あの靴だ。あれは飛行を可能にする魔道具だ)


(お父さん、どうすればいい?)


 こんなとき、皆とパーティで戦えれば――いや、俺の身体に戻れれば、スフィアを危険に晒すこともない。しかし、現状ではそれは無いものねだりだ。


 外に状況が伝わっていれば、何らかの方法で仲間たちがここに来る。そうでなくとも、襲撃者を倒さなければならない。


(スフィア……入れ替わるぞ。お父さんに任せてくれるか)


(うんっ!)


 スフィアが身体の操作を俺に譲り渡す。五感が戻って、一瞬全身がしびれるような鮮烈な感覚を味わうが、瞬時に気を取り直す。


「ジュリアス、黒竜に乗れ! 常に動き続けて、回避に徹しろ!」

「っ……了解した!」


 急に口調が変わったことに驚いたようだが、ジュリアスは指示通りに動く。黒竜に乗る瞬間を敵が狙ってくる――物理防御壁ディフェンシブウォールを使うことも考えたが、暗闇で視界を確保することも兼ね、コーディの大技を使わせてもらった。


 ――光剣(ライトブレード)光弾幕(バレットカーテン)――


 この視界の悪さでは、投擲する瞬間を見切るのが難しい。しかし、剣精による自動反撃ならば、視認できない攻撃を撃ち落とすことができる。


「ただの娘ではない……その髪の色、そして姿。『遺された民』というやつか……!」


 『遺された民』のことを知っている。スフィアの容姿を一瞬でそこに結びつける奴は、一体何をどこまで知っているのか――。


 俺はショートスピアを抜き、敵の放つ鋼の刃を剣精の自動反撃で撃ち落としながら、バニングと共に体当たりを仕掛ける。


「――おぉぉぉぉぉっ!」


 敵は吼えながら、背中に負っていた剣を抜く。暗殺用の投刃だけではない――この太刀筋は、手練の剣士だ。それも、SSランクを越えている――!


「っ……お前はっ……!!」


 剣で槍を受けて滑らせ、バニングの体当たりの勢いを逸らす――そんな芸当を可能にできる男を、俺は一人知っている。


 ――ルガード=バレンスタイン。『寂寞たる埋葬者』の異名を持つ、アルベイン王国で最も多くの『悪党』を手にかけた冒険者。


 しかしあまりに多くの悪人を殺しすぎたがゆえに、彼はこの国で居場所を無くしていった。彼は、依頼者に恐れられるほどに『悪人』と断じた人間を屠ることに躊躇がなく、依頼するために接触することすら恐れられるようになっていった。


 どのような個人・組織からも依頼を受けられなくなり、ギルドの所属も外れていたルガードは、一年ほど前に突如として王都から姿を消した。彼は自分を知らない人間から依頼を受けるため、国内を放浪していると考えられていた――実際に俺のギルドでも、彼の目撃情報はいくつか掴んでいる。


 そのルガードがここに現れ、ジュリアスの命を狙った。今も殺意を向け、俺たちの体当たりを受けたあとも投刃を放ち、執拗にジュリアスを狙う――光弾幕に守られながら、ジュリアスは腕が動かせることを確かめると、辛うじて体勢を整えた。


「――グォオォォッ!」

「残念ながら……その竜の攻撃は、私には通じない」


 バニングは切り返しながら閃火の息を放つが、ルガードはそれを手で受け止める。俺はそこで気がつく――飛行するために魔道具を使っているように、ブレスを受けるためにも、奴は魔道具を使っているのだと。


 閃火の息を吸収する瞬間、光を浴びたその相貌が見えた。ぞっとするほど生気のない青ざめた肌に、白い髪。優男のような容姿ではあるが、その目には深い闇を湛えている――見ていると、胸が悪くなるほどに。


 まさに、死神。どれほどの力を持っているのか興味を持ったことはあったが、こうして実際に戦って分かった――奴は強い。視界が悪いとはいえ、SSランクのジュリアスに気づくこともさせずに投刃を浴びせているのだから。


「その竜も面白いが……乗っている娘はより興味深いな。愚劣な王を痛めつける前に、遊んでやることにしよう」


 挑発には乗らない。だが、スフィアの身体の弱点を初めて自覚する――俺の身体と違い、筋力と魔力強化の相乗効果によって生み出せるような破壊力を、瞬間的に叩き出すことができない。


(お父さん、怖い……あの人の目、お父さんと、その奥にいる私を見てた……)


「大丈夫だ、必ず切り抜ける。娘一人も守れないで、どうして父親を名乗れるんだ」


(……お父さん、頑張って。私、逃げないで見てるから……絶対にあの人をやっつけて……!)


 銀色の髪をなびかせ、俺はスフィアのまだ大きくなりきっていない手でショートスピアの柄を握りしめる。


「勇ましい顔だ。そういう顔をする娘は、死ぬときも心地よい叫びを上げる」

「……埋葬者というより、死神だと思ったが。どうやらもっと(たち)が悪いらしいな」

「愛らしい姿をして、強い言葉を使う。オレがいないうちに、アルベインも随分と面白くなったものだ」

「自分から出ていったんじゃないのか? ラトクリスを奪うために……ルガード=バレンスタインッ!」


(……この人はメルメアさんの後についてきて、エルセインの王様を、ひどい目に遭わせようとしたの……?)


 メルメアがルガードに泳がされていたか、それともメルメアがルガードに従わされているのか。


 ――おそらくは、前者だ。メルメアは、俺達が洞窟に入るときに全力で警告していた。


「勘がいい娘だ……いや、誰かに吹き込まれたか。ならば、裏にいる人物を何としてでも吐いてもらわなければな……!」


 ルガードの瞳が狂気を宿し、凄絶な殺意を放つ。それを跳ね返すように、バニングは勇ましく咆哮を上げた。


「グォォォォォォッ!!」

「――懐に入るのが怖いか。どのような形でも、オレには通じんと言っている!」


 ならば、通じるまであらゆる攻撃を繰り出してやる。本人と同じだけ引き出すことはできないとはいえ、スフィアの身体には俺も含めて、八人分の力が宿っているのだ。


 『閃火の息』をルガードに何十発も連続で打ち込み、両手を防御に使わせる。その間に『貫通強化スピリット・ピアシング』の魔法を発動させ、高速で突進しながら槍を突き出す。


「――はぁぁっ!」


 ルガードの胴体に向けて繰り出した槍は、確実に奴の身体に突き立っていた――だが、『効いている』という感覚がない。


長槍パイクならば、もっと深く抉れたものを。子供の腕で『届く』と思うな」

「……人間をやめたおかげで、痛みがないだけだろう。いつからだ?」


 ルガードの身体には、赤い血が流れていない。代わりに流れているのは、闇を凝り固めたような(くら)い色の何かだった。


 この手応えは、人間を攻撃したときのものではない――まるで、土塊でできた人形のような感触。


「貴様も魔族の血を啜れば分かる。魔族とは、人間に利用されるために生まれた種なのだと」

「――貴様ぁぁっ!」


 ジュリアスが黒竜と同調し、槍を振り抜く。渾身の魔力を込めた黒雷弾が放たれると同時に、ルガードは何かを投げつけて応じる――それは黒い液体のようなものだった。


「なっ……!?」

「闇霊よ、我に仇なす者に報復せよ。反転する闇(リバース・ダーク)


 光の弾幕は、俺やジュリアスを標的とした攻撃に反応する。


 その唯一の欠陥は、ジュリアスの放った攻撃を反射したときには反応しないということ。


(お父さん、あの人、自分の血を使って……っ!)


「――間に合えぇっ!!」


 ――光剣(ライトブレード)光速連弾アサルトバレット――


 ジュリアスの放った攻撃を、ルガードが血を使って展開した防御壁が、倍増させて反射する――そこに光剣の刃を打ち込んで割り込み、少しでも威力を半減させる。


「くっ……うぁ……!!」


 雷撃が乱れ飛ぶが、ジュリアスと黒竜は辛うじて直撃を避ける。しかし体勢を崩したところに、すかさず追撃の投刃を放つ――それも、捌ききることなど不可能なほどの数を。


 相手が何をしてくるか分からない。後出しで対応するしかない戦いでも、俺は常に勝ってきた――それは、俺と同等の強さを持つ仲間がいてくれたからだ。


 人間であることを捨てたルガードは、俺たちの領域に到達しようとしている。王国で五人しかいない、SSSランクの領域に。


「――必要なのは、優秀な魔族の血のみ。散れ、魔王ジュリアス」


 ジュリアスの瞳に諦念がよぎる。この闇の中、一本の投刃でも見切れなかった――今も、ルガードが仕掛けている攻撃が何なのかすら、彼には理解できていない。


 魔法で刃を操り、闇の精霊魔法で暗闇に刃を潜ませ、不可視の攻撃を行う。ルガードは、そのためにこの闇に俺たちを引きずり込んだのだ。


「――剣精ラグナよ、俺達のことはいい! ジュリアスを守れ!」

「っ……馬鹿な! そのようなことをすれば、お前たちが……!」


 不可視の刃の嵐がジュリアスを襲う――だがその全てが、光弾幕によって防がれる。


 ――だが、剣精の力を支えているのは、スフィア自身を構成する魔力――スフィアの命そのものだ。


(……っ、お父、さん……から、だが……っ)


 スフィアの身体が薄れ始める。このまま魔力を失い続ければ、スフィアは――。


 ルガードが投刃を放つ動作すら見えなくなる。魔力を失うことで、これほどの速さで能力が低下してしまうと、俺は今の今まで知らなかった。


 俺がここに来るべきだった。スフィアをここに来させるべきではなかった。


 ――後悔が胸を覆い尽くそうとする。ルガードはジュリアスではなく、こちらを向いて笑っていたのだ。


「無力な王を守るために、力を失ったのか。これは都合がいい……おまえは連れ帰ってやろう。奴の餌にするには勿体無い、オレに仕えさせてやる」

「……あいにく、この子はどこにもやるつもりはないんでな。このままお引き取り願おうか」


(……お父さん)


 俺が諦めればそれで終わりだ。ルガードが想像を超えた力を持っていても、そんなことは関係ない。


(俺の魂を力に変える。スフィア……ごめんな。苦しい思いをさせた)


(っ……だめっ、お父さん! そんなことしたら、お父さんが……!)


(俺は消えない。必ず奴を倒す……そして、皆のところに……)


 ――それこそ、我が主。よく持ちこたえてくれた……!


 ひどく懐かしく感じる声が、念話で伝わってくる。

 もう二度と聞けないかもしれないと、一瞬でも考えた自分を笑いたくなる。それほどに不遜で、聞くものを勇気づける、魔王の声。


(ヴェルレーヌお母さん……っ!)


(私だけではない。ミラルカ殿、頼む!)


 ――『広域殲滅型百ニ十七式・地裂岩砕消滅陣』――


 漆黒の闇が、割れる。


 洞窟の天井が砕け、そして岩が粒子切断されて消滅していく――そして広がった、眩しすぎるほどの光で埋め尽くされた空に、二つの竜の影が浮かんでいる。


「お母さん竜と、子どもたちで来てあげたわよ……ディック、スフィア! 無事でいるわね!」


 ミラルカが声を張る。彼女と一緒に母竜に乗り、騎乗しているのは――師匠。


 そして師匠の背中に縛りつけられ、竜に乗せられているのは、俺の本体。ミラルカは、さらにその後ろからしがみつくようにしていた。


 その隣にいるのは、イリーナの竜に同乗したヴェルレーヌ。コーディ、アイリーン、ユマは観戦場に残し、俺たちを救助に来てくれたのだ。


「……あの男が、この崩落を仕組んだ……どうやら、敵は定まったようだな」

「ディー君、やっと身体の中の魔力が安定したの! 苦労したんだからね!」


(お父さん、こっちは大丈夫! お父さんが来てくれるまで、持ちこたえるから!)


「頼む……っ!」


 何も意識しなくとも、『戻りたい』と願うだけで、今まで決して戻ることのできなかった場所に、意識が吸い寄せられる。


 自分の肉体というものが、これほど自分の意志に鋭く追従するものだとは思わなかった。師匠と結び付けられた紐を外し、師匠とミラルカの姿勢を崩さないように配慮し、母火竜の背から飛び立って、疑似転移を発動させる。


「魔王討伐隊……だが、もう遅い。オレは既に目的を達して、」

「――そいつは、気が早すぎるんじゃないか?」


 ――『修羅残影剣・転移瞬烈』――

 

「がっ……あ……?」

「――お父さんっ!」


 ジュリアスを守る剣精を押し切り、余力でスフィアを狙おうとしていたルガードだが、俺にはその動きが止まって見えていた。


 久しぶりの身体が馴染まず、上手く動けないということも覚悟していた――だが、違っていた。師匠は俺の肉体が衰えず、最高の状態を維持できるように、昼夜休まずつきっきりで調整してくれていたのだ。


 ルガードに接近しながら繰り出した、コーディに借りた剣を魔力で強化したものによる一閃は――ルガードの黒い血が流れる腕を切り飛ばしていた。


「ぐぅっ……ぁぁ……痛み……そうか、これが痛みか……久しく忘れていた……」


 風精霊の力を借りて空中を駆け、俺はバニングの上に着陸し、腕の中にスフィアを抱きとめた。


 温かく、柔らかい――しかし鉄仮面の後頭部は無骨で、早く素顔が見たいところではある。


「もう勝負はついた……というわけにもいかないな。お前には聞きたいことが山ほどある」

「……SSSランクの冒険者か。分かっているつもりで、分かっていなかった……俺がいつまで人間を続けたところで、勝てる存在ではなかった。まだ、その時は来ていない」

「――待てっ!」


 ルガードは眼下を流れる河に身を投げる――いや、激流の中で生き延びられるからこそ、水中に逃げることを選んだのだ。


 このまま逃げられるわけにはいかないが、激流に飛び込むわけにもいかない。ヴェルレーヌは『精霊王の王笏』をその手の中に呼び出すと、水の流れる方向に沿い、呪文を唱え始めた。


「はるか源流より彼方に至る水の流れに、その雄大なる巨躯をうねらせ、我が敵を追え……『揺蕩う者』」


 『満たされぬ者』とは違う、水中専用の固有召喚。水の中に巨大な魚影のようなものが生じて、ザザザ、と背びれで水を割りながら凄まじい速度で泳いでいく。崩落した岩もものともせず、体当たりで砕き、弾き飛ばしながら。


 これで捕らえられるかは分からないが、簡単に逃がすことはないだろう。


「……お父さん……っ、よかった……元に戻れて、よかった……っ」


 スフィアは仮面を脱いで、俺の胸に顔を埋める。ぎゅっと強くしがみつかれて、さらに元の身体に戻れたという実感が広がる。


「ああ……心配かけたな。俺の魔力を分けるから、スフィアもすぐ元気になるさ」

「うん……お父さん、あったかい……」


 バニングはゆっくりと羽ばたき、眩しそうに空に顔を向ける。火竜の親子がやってきて、子竜たちはバニングの周りを嬉しそうにピィピィと飛び回る。


「……大丈夫だと思ってはいたけれど。あまり心配させないで」

「無事を喜びたいところだが……ご主人様、これからどうするのだ?」

「ディー君は戦いたいって言ってるよ。ううん……一緒に、最後まで飛びたいのかな」


 ジュリアスはヴェルレーヌの姿を見て、なんとも言えない顔をしている。感激しているのに、それを素直に声にできる状況でもない。


 ヴェルレーヌは弟を甘やかさなかった。真剣そのものの声で、彼女は言う。


「魔王を継いだ者ならば、最後まで誇りを持って飛ぶがいい。私の主人と共に」

「……貴方は……いつも、勝手だ。勝手にいなくなって、昔の姉よりも、生き生きとして……本当に……いつも、僕の知らないところで……」


 ジュリアスは声を震わせる。魔王が一人の少年に戻り、姉と向かい合っている。


 ――最後まで、ヴェルレーヌは笑わないのかとも思った。しかし、それは違っていた。


「……おまえは、私がいなくとも強くなった。しかし、もっと強くなれる。王にふさわしく、皆に信じられる存在になってほしい」

「……分かっている。そんなことは……貴方に言われなくても」


 姉の言葉を、払い除けたのではない。ジュリアスは、確かに笑っていた。


 俺はスフィアを残して、自分は母竜に飛び移る。


 選手二人で、この渓谷の終端まで飛ぶところを見届ける――勝負が無効になるとしても、俺たちはそう決めていた。

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