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第99話 彼女の釈明と夜の歓談

 肉を摂らない主義の人は王都では珍しいが、そういった客にも対応するべく、一時期肉や魚を使わないメニューを開発したことがあった。


 豆や根菜の類を煮込むことでダシを取り、塩で味付けすればスープはできるし、香辛料を使えば味の印象を様々に変えられるのだが、それだけでは『旨み』がどうしても薄くなりがちである。


 そこで重宝するのが、豆を醸すことで作られる調味料である。元々は塩漬けにして保存していた豆が変化して発見されたらしいが、豆を醸すと旨味が強まり、さらにそれを搾ったり、濃縮したりすることで、肉や魚に匹敵する旨みが得られる。


 それはハレ姐さんがうちの店にもたらしてくれたものである。味付けは塩と香辛料だけで、あとは素材の質だけで料理の味が決まると思っていた俺には、それは大きな衝撃だった。砂糖が王都に流通してさらに王都の住民の味覚の幅は広がることになるが、うちの店では極力精製された砂糖を使わず、自然の甘味を使うことにしている。


「あ……美味しい。今日もお肉以外で作ってくれたんだ。大変じゃなかった?」

「お父さんは、いつも店でも出してるのでそんなでもないって言ってます」

「そうなんだよね、ディー君ってお客さんのことすごく考えてて偉いよね」


 師匠は髪がかからないように後ろでまとめて、スープを口に運ぶ。


 不老不死である彼女は、普通の人と比べてかなり少食である。空気と水だけで生きていけると言っていたこともあったが、ここに住むようになってからは、食事をすることに興味を持つようになっていた。


「……ディー君、それはそれとして……さっきのこと、誤解しないでね。寝てるディー君に変なことしようなんてしてないよ、ちょっと事情があって……」


(あ、ああ、分かってる。治療のために必要なことだから、仕方なく……っていうことだよな)


「仕方なくじゃなくて、私は他の子たちがするのを見てるのならいいけど、私はディー君にそういうことしちゃいけないから、治療の時に触るのも控えめにしてたし、あんまりディー君の身体も見てないし、眠くなっても椅子で寝てたよ」


 俺に対して、あくまでも淑女として接してくれたことにはお礼を言いたい。


 だが、何かスフィアがそわそわしている。何か言わずにいられないことがあるようだ。 


(あ、あのね……ちょっと前にね、リムお母さんの様子を見に行ったら、他のお母さんたちと同じふうにしてたよ。お父さんと本当に仲良しなんだなって思って、嬉しかった)


(お、同じって、どんなふうに、何をしてたんだ?)


(シェリーお母さんみたいに服を脱いでね、お父さんと一緒に毛布に入って、えっと……あたためてたみたい)


 温める――というか、やはり俺の治療に協力してくれているのだろうが。


 俺の本体が羨ましい、と詮無きことを思う。そして、控えめにしていると言いつつもシェリーと同じように身体を張ってくれた師匠のことを、まともに正面から見られなくなる。


「……ディー君? 私の言うことを疑ってるの?」


(い、いや、疑ってはいないというか……師匠には、本当に世話になっているなと思って)


「えっ……あ、あれ? 私、何もしてないって言ったよね?」


 師匠は食事をする手を止めて、こちらを見る。ずっとそわそわしていたスフィアが、止める間もなく、ついに口を開いてしまった。


「あ、あの……リムお母さん、さっきもお父さんのこと、あたためてあげてたんだよね?」

「んんっ……!? けほっ、けほっ!」


(だ、大丈夫か!? スフィア、師匠に水を!)


「う、うんっ……ごめんなさいお母さん、びっくりさせちゃって」

「……ち、違……違うのそれは、ディー君もわかってると思うけど、ディー君の身体の中の、私たちの魔力のバランスを取らないといけないから、服を脱がないとミラルカちゃんに怒られるから……っ、そ、そう、みんなが見てるところでしかしてないからね。本当だよ? 何を疑うことがあるのかな? 見られたのは恥ずかしかったけど、治療だからね。私が個人的にしたいからしたとか、そんなことをどう証明するの?」


(わ、分かってる、分かってるから。まさか師匠が、みんなのいないうちに服を脱いで俺の治療に励んでいたなんて、そんなことは絶対にないよな)


「でもリムお母さん、他のお母さんたちはみんな下でお仕事してたよ?」

「……スフィアちゃん、勘のいい子はね、お母さん大好きだよ」

「ふぁぁ……っ、わ、私も、私もお母さんのことが大好きです!」


 つまりみんなが仕事をしている間、師匠は服を脱ぎ、俺の治療に励んでいたわけで。


 みんなが見ているところでしかしてないというのは、彼女の建前というか――いや、これ以上追及すると頭が茹で上がりそうだ。


 そんなことを考えているうちに、スフィアは師匠の膝の上に移動し、髪を手櫛で梳かされていた。


「ふふっ……スフィアちゃんのこと見てると、ちょっとくらいのことはいいかなって思えちゃう。ディー君、そういうことでいい?」


(この状況だと、俺も撫でられてるようなものなんだが……)


「……やっぱり、だめかな。私は、ずっとそうしたいと思ってたんだけど……」


「お父さん、もう少しだけ……私はお母さんの膝の上、好きだから……」


「ふふっ、ちょっと抱っこするには大きいけどね。スフィアちゃんは、私たちの……私の、可愛い娘だから。大切な人との間にできた、世界で一番大事な子」


「……お母さん」


 その言葉をそのままの意味に受け取っていいのか――なんてことは言わない。師匠はスフィアのことを偶然に生まれた人工精霊ではなく、自分の娘だと思っている。


「私たちはね、スフィアちゃんのことが大好きだよ。いつも傍についてるからね」

「……あの、お母さん、お父さんが胸が当たってるって言ってます」

「……ディー君? こういうときくらいは、当たっても気にしないの」


(ま、まあ……気にしなくてもいいのなら、俺はそれに準ずるけどな。スフィアも何でも言っちゃいけないぞ)


「あ……もしかしてスフィアちゃん、照れてるの? それで話をそらしちゃったとか」

「えへへ……お父さんにはもっと、お母さんに思ってることを言ってもらいたいなって」


(い、いや……思っても、言ってはいけないこともあるからな)


「ディー君ったら、堅物なんだから。私のことはいいけど、他の子たちのことはもっと考えてあげなきゃ、愛想尽かされちゃうよ?」

「ううん、リムお母さんのことも考えてくれなきゃだめ。お父さん、分かった?」


(俺なりに考えてはいるんだけどな……なかなか難しいな)


 そんな俺のぼやきに呆れるわけでもなく、師匠は笑っているようだった。


 俺一人では、師匠のこんな笑顔は引き出せない。そんなことを考えているうちに閉店の時間になり、仕事を終えたみんなが上がってきた。


「みんな、お疲れ様。ごめんね、私だけゆっくりしてて」

「気にすることはない、師匠殿は外に出る時間も取れていないのだからな」

「やっぱり、リムセさんに一番似ているわね……少し悔しくなるくらい……」

「こうなったら、私たち一人ひとりがそれぞれスフィアちゃんにきょうだいを作ってあげて……なんて言ったら、ディックは何ていうと思う?」


(な、何ていうと言われてもだな……)


「ひぁっ……い、今のは気にしないでっ、てっきりいないと思って、その……た、例え話っていうか、何ていうかっ……」

「見てるこちらも心臓に悪いんだけど……やはり、一刻も早くディックには復帰を願いたいね」

「……一人ひとりが……じゃあ、私もその中に入ったら……」

「やはり鬼娘……いや、アイリーン殿が最も自分に正直だな。私も見習わなければなるまい」

「そ、そういうことはディックがいないところで話しなさい。もう……それもこれも、ディックがずっと寝ているからいけないんでしょう。早く起きなさい」


 ミラルカには申し訳ないが、俺の意志ではまだ自分の身体に戻れない。もう少しだ、という予感は何となくしているのだが。


 そして皆が揃ったので、今から少し飲みながら話をするらしい。ここに俺がいたら、酔ったみんながどんな話を始めるか分かったものではない――聞きたいが、聞いたら後に引けなくなる気がする。


「大丈夫だよ、ディー君。スフィアちゃんはおねむだから逃がしてあげる」


 師匠の温情が身にしみる。しかし俺がいないうちに皆がどんな話をするのかは、やはり気になってしまうところだった。


「ふぁ……はふ。お父さん、お風呂に入ってもいい?」


(ああ、そうするか)


 明日の騎竜戦に備えて風呂に浸かり、ゆっくり休む。皆も同じように朝早く移動することになっているが、すでに話が弾んでおり、夜の談話は当分終わりそうになかった。


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