表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/207

第98話 親子の会話と師匠の迫力

 イリーナとメルメアは黒竜に乗ってエルセインに帰っていった。後は、『エルフ酒』がちゃんと効果を発揮し、ジュリアスの黒竜を解毒できれば問題はない。


「メルメアさんは、ヴェルお母さんに帰ってきてほしいんだね。お母さんの弟さんって、そんなにだめな王様なのかな?」


(ヴェルレーヌに対する憧れが大きかったんだろうな。幼い頃に会って助けてもらったことをずっと覚えていたら、それが理想の魔王の姿だと思うのも無理はない。ヴェルレーヌは弟を信頼してたし、自立を促すために国を出たんだと思うが……)


「……お父さんは、私のこと、しっかりしてほしいからって、離れていったりしない?」


(しないぞ)


「そ、そんなにすぐ答えないで、もっとしっかり考えて」


(ははは……むしろスフィアが大人になって、広い世界を見たくなったりして、俺のとこから離れていきたくなる日が来るかもしれない。それは、俺やみんなのことが嫌いになったからとかじゃなくてな)


「そんなことないよ。私はお父さんと一緒にいるのが一番楽しいんだもん」


(そうか。じゃあ、何も心配する必要はないみたいだな)


「……うん。お父さん、ごめんなさい。変なこと聞いたりして」


 ヴェルレーヌが出奔したあと、エルセインの人々がどれだけ彼女の不在を惜しんだか。


 スフィアはそれを想像して胸を痛めたのだろう。


 ――俺も、師匠から離れたことがある。もしスフィアがその記憶を少しでも引き継いでいるなら、心配するのも無理はない。


(じゃあ、約束するか。俺はどこに行かないし、スフィアもそうするんだ)


 自分に子供ができるなんて想像もしたことがなかったし、どんな親になるのかを考えたこともなかった。


 俺は、過保護な親でいい。スフィアが成長しても、彼女が望まない限りは手元から離そうとは思わない。


 人工精霊だからではなく、こうして彼女に宿っているから、どれだけ俺たちを慕っているのかが理解できるからだ。


 それこそ俺を含め、誰一人として欠けてはならないというほどに。


「私はどこにも行かない。ずっと、お父さんの傍にいたい」


(……スフィア?)


 ――スフィアの瞳から、涙がこぼれた。彼女の視界を借りてしか外界を認識できない俺は、スフィアがどんな顔をしているのかが分からない。


「あ……ううん、何でもない。ねえお父さん、帰ったらもうお父さんの身体、元気になってるかな?」


(どうだろうな……聞いてみないと分からないが。そろそろだと思いたいところだ)


 俺たちの会話に呼応して、バニングがグルル、と唸り声を上げる。威嚇ではなく、ただ喉を鳴らしただけでも低すぎて迫力を感じるだけだ。


「バニングさん、明日は頑張ろうね」


 バニングの首を撫でてスフィアが言う。生まれたばかりで大役を任せることになってしまったが、明日の皆の反応はどうなるのだろう。


 国王、貴族、エルセインからの観戦者――六魔公も来る可能性がある。明日のことが楽しみなようで、親として心配でもあり、実に複雑な気分だ。


   ◆◇◆


 『銀の水瓶亭』に帰ってくると、今日もいつもと違う面子で切り盛りされていた。 


「おまたせしましたー! ご注文のお品になります!」

「あれ、新しい店員さん? 常連さんじゃなかったっけ?」

「今日はお手伝いで入らせてもらいました。ゆっくり楽しんでいってくださいねー」


 アイリーンはその卓越したバランス感覚で、腕全体を使って料理を運んでいる。頭の上にまで酒が乗っている――曲芸師でもなかなかできない芸当だろう。


 熱い料理も何のそので、魔力を練って熱を遮断している。故郷の村が火山の近くにあるので、熱さには強いらしいのだが。


「あ……あぁぁ~!?」 


(なんて声を出してるんだ……仕事中に)


「あのね、アイお母さん。お父さんが、店員さんの服がすごく似合うって」

「ほぁ!? そ、それは、スフィアちゃんに言われるのも嬉しいけど、直接言ってもらった方が嬉しいっていうかね? でもそんなことより、おかえり~。よしよし、かわいいかわいい」

「ふぁ……お、お母さん、みんなの前だと恥ずかしい……」


 アイリーンは何だかんだ言ってスフィアを捕獲し、正面から抱きしめてくる。それを見て、スフィアの親であるみんなが次々と集まってくる――師匠とユマは姿が見えないが、他の五人が店を手伝ってくれていた。


「……スカートが短すぎて恥ずかしい。ディ……あの人がいるのに……」


 シェリーは長い髪を仕事中はリボンで結っている。そしていつもの服より体型が強調され、近づいてこられると思わず意識させられてしまう。


「ごめんなさい、私が長いスカートの制服を取ってしまったから、短いものしか残っていなくて」

「う、ううん……大丈夫。私こそ、急に手伝わせてもらったから……」


 前はマナリナが着ていたロングスカートの制服は、ミラルカが着ている。ではコーディはというと、俺の制服を着こなしていた。袖が余るのか、折ってピンで留めているが。


「コーディおか……コーディお兄さん、お父さんが手伝ってくれてありがとうって言ってます」

「うん、僕こそありがとう。一度、酒場の仕事をしてみたかったんだ。さっきまでカウンターで飲んだりもしていたよ。誰かさんみたいにね」


(楽しんでくれてるなら何よりだが……真似をされるのは、微妙に恥ずかしいぞ)


「僕はいつも君の真似をしてるじゃないか。今さら言うのもなんだけどね」


 男としての振る舞いという意味では、俺のことを参考にしてきたというのは分かっている。


 だが女性と分かった今もそれを続けるというのは、無性に照れるものがある。コーディは楽しそうに笑うと、接客に向かう――腕のリーチは俺の方が長いが、コーディは足がすらっと長いのでズボンの丈があまり余らず、ウェイターの服装がさまになっている。


「店員さーん、オーダーお願いします」

「はい、少々お待ちください。それじゃ、行ってくるよ。また後でね、スフィアちゃん」

「はい! 私、みんなとお話しながら待ってます」


 コーディはスフィアの頭を撫でてから、女性客の元に向かう。こんなに人気があると、コーディがいるかいないかで女性客の入りが変わりそうだ。


 ミラルカとアイリーンも呼ばれてオーダーを取りに行く。残ったシェリーはスフィアを前にして遠慮がちにしていたが、スフィアの方から抱きついた――ちょうど顔のところに胸が来るような身長差なので、俺は意識を無にせざるを得なくなる。


「……おかえり。お父さんと一緒で、楽しかった?」

「凄く楽しかったです。いっぱい冒険もしたので、後でお話してもいいですか?」

「うん……私も聞きたい。今日は、ロッテに遅くなるって言ってきたから……」


 姉の不在にギルドを切り盛りするロッテ――彼女も大変そうなので、また機会があったら労いの機会を設けたい。


 ヴェルレーヌもそろそろ仕事に戻らなければならないが、その前にスフィアの前で膝を曲げて屈み、耳打ちをしてきた。


「スフィアのために明日の壮行会を開こうと思って、待っていたのだ。その前に、まずリムセリット殿に食事を持っていってもらえるか。ご主人様の傍につきっきりで、食事を摂れていないのでな」

「はい、分かりました。リムお母さん、食べなくても平気って言ってたけど心配です」


 厨房でハレ姐さんから夕食の乗ったトレイを受け取り、二階に上がる。師匠は肉をあまり食べないので野菜や穀類を使ったメニューだが、ハレ姐さんの工夫で食べごたえのある内容に仕上がり、香辛料の食欲をそそる香りがする。これなら力がつきそうだ。


「お父さん、リムお母さんに外に出てきてもらっても大丈夫かな?」


(この建物内なら、俺に対する術式は維持できるって言ってたから大丈夫だろう)


 居間のテーブルにトレイを置いて、スフィアは寝室に近づく――前は気配を消して近づいたが、どうも寝室に近づくのは緊張させられる。


 そんなことを考えていて、気づくのが遅れた。寝室のドアが少し開いている。


(っ……待て、スフィア、一応開いててもノックを……!)


「「え……?」」


 慌てて止めたときには、もうドアが開いていて――中にいた師匠の姿が、しっかり目に入る。


 なぜそうなったのか、全く理解ができない。いや、考えてみれば分かるのだろうが、今は理解してはいけない。


 端的に言うと、師匠はシャツ一枚だけを着ていた――そして、なぜかちょうど、下着を脱ごうとするところだった。


 シャツの前のボタンが全部開いていて、少し動くだけで危険な、予断の許されない状況になっている。


「……お、お母さん、ごはんできたから、こっちで食べませんか?」 

「……う、うん。ありがとう、スフィアちゃん」


(よ、よし。ちゃんと呼んだから、何事もなかったように、俺たちは撤退を……)


 そんなふうに何事もなかったように振る舞おうなどと、許されるわけもなく。後ろからすっとスフィアの肩に手をかけられる。


「ディー君、後でちょっとお話していい? 大事な話があるから」

「あ、あの……お父さんのこと、怒りませんか?」


 スフィアが心配そうに聞くと、師匠はシャツの前を引き寄せて隠しつつ言った。


「スフィアちゃん、ディー君はどんなこと考えてる? それを教えてくれたら、私はそれでいいかなって」


(や、やめてくれ……俺の感想を娘に語らせないでくれ……!)


(言っちゃだめなの? お父さん、お母さんのこときれいって思ってるのに)


 そんなことより、師匠にはシャツの下に何か穿いて欲しい。脱ぎかけていたのであって、脱いでないのでまだいいが、少しタイミングが遅れたら致命的だった。


 おそらく魔力の供与をするときに邪魔になる服を脱いだのだろう――しかし今の師匠には、そのことに関して全く質問を許さない迫力があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ