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第8話 火竜の生態と討伐指南

 ティミス、ライア、マッキンリー。この三人の関係性は、ライアはティミスに三年前から護衛として雇われ、マッキンリーは今回の討伐作戦のために、もともと傭兵ギルドの出身であるライアが、ツテを使って傭兵ギルドから雇ったとのことだった。


 傭兵ギルドは冒険者ギルドとは違い、戦争に関与することもある。冒険者ギルドに国が協力を要請することはめったにないが、傭兵ギルドは各地の戦場に傭兵を送り込んで収益を得ている。金さえ払えば相応の仕事はする、それが傭兵ギルドである。


 そういう理由もあって、彼らは冒険者ギルドに依頼を持ち込むことができない。冒険者ギルドと傭兵ギルドの縄張りは明確に仕切られており、一つの仕事に二つのギルドが関わることは、よほどの事情がなければありえないことだからだ。


 ティミスたちが軽い事情説明を終えたあと、ヴェルレーヌから今回の作戦についての話が始まった。


「まず、皆さんに確認させていただきますが、火竜の生態について、どれくらいご存じでしょうか?」

「生態など、知りようがないのではないですか? 元は危険な火山帯に生息する魔物ですし、観察するだけでも相応の危険が伴います」


 知らなくて当然、と言わんばかりのティミス。確かに彼女の言う通り、火竜の生態は広く知られていない。

 Aランク以上の冒険者を集めて、力押しで討伐されたことは過去に何度もある。しかし、それは本当にゴリ押しというやつで、戦術も何もない火力の勝負でしかなかった。


 ならば、そこに戦術を持ち込めばどうなるか。その有効性を、ティミスたちに理解してもらわなければならない。


 ヴェルレーヌは羊皮紙のノートを一冊取り出す。そして、ティミスにその表紙を見せた。

 

「……『誰にでもわかる 火竜を討伐する方法』……?」

「っ……ティミスお嬢様を愚弄しているのか。こんなノート一冊、火竜を倒すための何の助けになる!」


 ライアは思ったよりも熱くなりやすいようで、がたんと席を立ってヴェルレーヌに詰め寄る。しかし元魔王もさるもので、全く動じずにライアの視線を受け止める。


「このノートを執筆した人物……デューク・ソルバーは、間違いなくこの国における、火竜研究の第一人者です。彼はこのノートを用いて、Bランク冒険者たちの力だけで火竜討伐を成功させています」

「……デューク・ソルバー……知らない名ですね」

「Bランク冒険者が火竜に勝つなど……そんなことが可能なら、その研究者……デューク・ソルバーはもっと有名になっているはず。そして、そのノートも公に出回っているはずだ」


 ライアは納得がいかない様子でヴェルレーヌに食い下がる。

 しかしそのノートが公に出回るわけなどないのである――デューク・ソルバーという人物を探しても、見つかりはしないだろう。


 隣で冷静に飲んでいるのが難しくなるので、もっと凝った偽名をつけるべきだった。デューク・ソルバーという名を聞くたびに、変なところに酒が入りそうになる。


「……そのデューク・ソルバーって人は、一人で火竜を討伐できる力を持っているんじゃ?」


 ここでマッキンリーが初めて口を開いた。寡黙なので硬派な口調かと思ったが、普通に若者らしい喋り方だ。人というのは見た目によらない。


「だとしたら、彼の力を借りたい……と言いたいところだけど、それは無理ですかね。お嬢に功績を上げていただくためには、その方法は使えない」

「マッキンリー、『様』をつけろ。ティミスお嬢様だと何度言えばわかる」

「ええはい、お嬢様です。性根が不躾で申し訳ない」


 ライアは生真面目で、マッキンリーは適度に肩の力が抜けているようだ。彼は今になってようやくフードを外す。灰色と黒の中間のような髪色をした、それなりに整った面立ちの男だった。


 ティミスはリボンを取り出すと口にくわえ、黒く豊かな髪をかき上げ、後ろで結い上げる。それは彼女なりの気合いを入れる儀式らしく、真剣そのものの顔でノートを受け取り、ページを開いた。


 ――そのページをめくる手が震える。そして、止まらなくなる――。


「これは……こ、こんなことを、どうやって調べたというのです……?」


 ティミスはあるページを開くと、隣に座るライアに見せる。それを見たライアの目が、大きく見開かれた。


「……火竜は、一日に三回、必ず決まった時間に水を飲む……水場は限られていて、ある特定の鉱物が含まれている地下水しか飲まない。火竜の鱗は皮膚のようなものであり、新陳代謝によって定期的に新たなものに変わるため、新しい鱗を作るために鉱物が栄養素として必須となると考えられる……」


 ライアは口に出して読まずにはいられない、という様子だった。それだけ内容に感銘を受けたのだろう。それは、横から見ていたマッキンリーも同じだった。


「こいつは凄い……デューク・ソルバー、一体何者なんだ。徹底的に火竜を観察し、一見して討伐に必要のないように見える部分まで分析して、有用なヒントを割り出している。こんな人物が、名前を知られることもなく、火竜研究をこのギルドのために上奏したっていうのか……?」


 デューク・ソルバーの評価が三人の中でうなぎ上りになっていく。こんなノートはデタラメだ、と言われてしまうとまた説得が面倒なので、ここまでは順調だ。


「お分かりいただけましたか? 火竜の生態を知ることで、森のどの場所から討伐作戦を開始すればよいのか、火竜がどの時間帯にどの場所にいるのか、実際の戦闘において気をつけることは何か――これらを知ると知らないとでは、討伐の成功率は雲泥の差となります」

「……正直を言うと、これほどとは思っていませんでした。このギルドは、火竜討伐専門のギルドなのですか? それとも、大物の魔物を専門にしているとか……」

「いえ、あくまでも私どもは、持ち込まれる依頼を達成するのみであり、何かを専門にしているということはございません。火竜についてのノウハウがあるのは、幸運な偶然とも言えましょう」


 実際、前回の討伐で火竜の動きを研究していなければ、あのノートは存在しなかった。


 二年前、まだBランクだったギルド員4名を、多少荒っぽい方法ではあるが、一皮剥けさせるために俺が行った指導――それは、火竜を彼らに『倒させる』ことだった。


 同じやり方が通用するかは、下調べのときに確認している。火竜が水を飲む時刻が少しずれていたのと、森の地形が多少変わっていたことをノートに反映してあるので、あのノートは今回の作戦専用のものとなっている。


 しかしCランクのティミスがそのまま参加し、無傷で生きて帰れるほど甘くはない。戦闘評価1840の彼女を、評価3000――Bランクにまでは上げておく必要がある。


「店主、『とっておきの』ミルクをくれ。それと、もう二つだ」

「かしこまりました」


 とっておきのミルク――それは、マナリナに飲んでもらったものよりも一つ上のランクのものになる。

 巨獣ベヒーモスのミルク。乳でありながら、ベヒーモスの凄まじい生命力に由来する高い保存性を持ち、俺の強化魔法を媒介するミルクの中では最高のものである。これを使わないと、戦闘評価を1500上げることはできない。


「……ミルク? 他にお酒を頼んでいるのに……」

「お嬢様、酔っ払いの考えることなど気になさらぬほうが。今は依頼の件に集中しましょう」

「あんたらにもおごってやろう。カリカリしてちゃ、思うようにいかないもんだ」


 俺はマッキンリーに『隠密ザクロのシロップ漬け』で風味をつけたラムを、そしてライアには『サラマンダーの骨酒』、そしてティミスにはベヒーモスのミルクをそれぞれ出した。


 テーブルの上を滑ってきたグラスを見て、マッキンリーは『おお』と小さく声を上げ、ライアは何事かという顔をし、ティミスは――姉とは違い、俺の方を見て笑ってみせた。


「私の年齢を考えて、ミルクというわけですか。騎士団では、年齢など関係ありませんが」

「お嬢さんにはまだ酒は早いな。代わりに、『クッキー』でも食べるといい」

「……無礼な男だ。酒場ならば無礼講とでも思っているのか?」

「まあ、いいんじゃないですか。この店は信頼できそうだし、そこの客が毒を入れてくるってこともないでしょう。俺が毒味をしてもいいですが、どうします?」

「……いえ。これがこの酒場の流儀というならば、郷に入っては郷に従いましょう」


 ティミスは言って、ミルクに口をつける。流儀ということはないが、飲んでもらわなければ始まらないので、初めの過程は突破できた――魔法をかけた俺にしか分からないが、彼女は元の彼女よりも、二倍ほど強くなっている。それでもこのパーティでは一番弱く、前衛で盾役を務めるには荷が重い。


 しかし、そのためにクッキーをつけてある。火炎クルミは、炒り続けていると香ばしさが増し、辛みが消える。その火炎クルミをペーストにして練りこんだマーブルクッキー――その味の良さもさることながら、食事効果としては、ただ火炎クルミを摂取する場合とは全く違う。


「クッキー……食べるのは久しぶりですね。お話の途中ですが、一枚だけいただきます……んっ……」


 思ったよりも素直な娘なのかもしれない、と見ていて思う。それとも、若さゆえに、先ほどのノートの情報量だけでこの店を完全に信頼したのか。それにしても、見ず知らずの俺を信用するかは別問題なのだが。


「……美味しい。これはクルミのクッキーですか? でも、食べたことがない味です。すごく香ばしくて、少しほろ苦くて……」

「お気に召したようで何よりです、お客様」


 にっこりとヴェルレーヌが微笑む。ティミスが率先して口にするのならばと、護衛たちもそれに倣う――マッキンリーは少し嬉しそうに、ライアは厳しい顔のままだが、酒に口をつける瞬間だけは緊張がゆるむ。


「くぅ、五臓六腑にしみわたる……すっきりとした甘さだ。こういう酒もたまにはいいもんですね」

「……辛口で、なかなか良い酒だな」


 虎獣人は氷雪吹きすさぶ高山に住んでいることが多く、身体を温めるためにドワーフから火酒を分けてもらったり、自分たちで酒精の強い酒を作ったりもする。それゆえか、俺が飲んでも喉が燃えるほどのサラマンダーの骨酒を飲んでも、ライアはけろりとしていた。それどころか、きゅぅぅ、と飲み干してしまう。


「ライア、そんなに一気に……いつも言っていますが、体を壊しますよ」

「恐れ入ります、お嬢様。しかし、思ったよりもこのお酒が上質で……」


 酒好きなのは酒場としては歓迎すべきことだ。悪酔いさえしなければ、いくらでも酔ってもらって構わない。


 依頼の場である以上、必要量だけにしておく方が良いだろうが、適度な酒は舌のすべりを良くして、交渉をスムーズに進ませる効果もある。事実、ライアの顔が赤らんできて、雰囲気が柔らかくなりつつあった。酒を分解する力も強いはずだが、回りも早いようだ。


「……我々は、酒を飲みに来たわけではない。火竜討伐のために、このノートを読めばいいのか?」

「はい、基本的には。しかし一つご忠告しますと、このノートの方法で火竜を討伐できるのは、今回限りです。森の環境は常に変化しますので」

「分かりました。一度でも討伐することができれば、それで十分です」


 これで依頼は成立――というわけにはいかない。

 俺は火竜の素材に興味があるので、火竜をただ倒してしまうのは惜しい。


「もうひとつ条件がございます。この作戦では討伐するのではなく、捕獲を試みます。ティミス様には火竜撃退の証拠として、鱗を持ち帰っていただきます。捕獲した火竜の処遇については、当ギルドにお任せください」


 火竜を撃退さえできれば、ティミスの勲功は相当なものとなる。そして、騎士団は魔物の素材にはあまり興味を持たない――ならば、ティミスたちはこの条件を飲む。

 その読みどおりに、ティミスは頷き、ヴェルレーヌが提示した契約書にサインをした。


「私は火竜がどんな魔物か、知らずに挑もうとしていた……その無知を訂正していただけたことに、感謝しています。ライアが強くても、私はまだ未熟……騎士団の同年代の中で負ける気はありませんが、驕りで身を滅ぼすところでした」

「……デューク・ソルバーという人物には、一度会ってみたい。このページに書いてある、火竜の動きについての文章など、武人でなければこれほど細やかに書けるものではない。間違いなく、これを書いた人物は、恐ろしいほどの武術を身につけている」

「世界は広いですね。デュークさんという方は、この店に時々来られているんですか?」


 マッキンリーの質問に、ヴェルレーヌは一瞬だけ言葉に詰まるが――俺の方を見たりすることはなく、長い睫毛に縁取られた瞳を細め、みやびやかに微笑んで答えた。


「ええ、よく来られます。とてもお酒が好きですが、安上がりなお酒ばかり飲んでいらっしゃいますよ」


 そんな言い方をされると、さらにデューク・ソルバーの評価が上がってしまう。ティミスたちの中では、高い能力を持っているのに驕らない人物として、かなり美化されてしまっているようだった。


 ――だがひとつ断っておくが、もちろんノートは基礎知識と手順の指南であり、それだけで平穏無事に火竜討伐が済めば苦労はしない。


 彼らはこれから、ベルフォーンの森で知ることになる。

 『デューク・ソルバー』の組んだ『討伐計画』に書かれた筋書きは、あらゆる手段を使い、絶対に記述通りに遂行されるのだということを。

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