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3 ~おとぎ話~

 結局今日の料理はエレとユディタの母親がいつもの夕飯が少し豪華になったくらいのものをお客様用のお皿に出して振る舞うことが決まった頃。

「これは……っ!!」

 会合がまだ始まってさえいないというのに、ユディタの父親から話を聞いて飛んできた学者は目を見開いてユディタの頭の上でくつろぐその何かを見ていた。

「何かわかるのかい?」

「わかるなんてものじゃないぞ!? なんでここに女神の使いがいらっしゃる!?」

 突拍子もないその大声に今度はユディタが身を縮めた。

「そっ、その女神の使いというのは……?」

「今君の頭に乗っているそちらは……」

 一瞬学者は目を閉じると興奮気味に大きく深呼吸した。

「ユディタ、君もこの世界には様々な精霊がいることは知っているね?」

 学者に問われ、ユディタはこくんと一つ頷いた。小さい頃から両親は子守唄のようにこの世界に住むと言う精霊たちの話をしてくれていた。火を灯せばそこには“レイ”という精霊が宿り、温かく見守ってくれる。大地を流れる水には“コーラン”という精霊がいて冷静さを持ち秩序を見ているという。土には“ガラン”が力強く生命を守っている。

 中でもユディタが気に入っていたのは風の精霊“ヘレーム”だ。自由気ままに空を飛び回り、様々な精霊たちと話をしながら世界を渡り歩くという。ユディタはこの話を母親から聞いた時、どれほどまでにその姿を見たい、話しを聞きたいと思ったことだろうか。

「実はね、その精霊たちというのは実在するんだ。ただのおとぎ話でもない。彼らは人の目の届かぬ所で静かにこの世界の流れを見守っていてそれを女神様へお伝えする責務を持っているんだ」

「女神様って……?」

 まだ聞いたことの無いそのお話にユディタは目を輝かせて学者を見る。興味津々な視線を受けながら学者はユディタの目とユディタの頭に乗るそれを交互に見てから口を開いた。

「精霊たちのリーダーをしているんだ。世界の秩序を守り、時に崩すことで世界の発展と維持をしているんだ。……女神の名は“アロバス”」

 学者が口にしたそれはユディタにも聞き覚えがあった。それは他でもない。今自分たちが暮らしているこの国の名前だったのだから。

「女神アロバスの祝福を受けた国、それがこのアロバス国だと言われているよ。実際この国が建国された時、美しい光を受けたと有名だね」

「そ、それで女神の使いってさっき……!!」

 さっき学者はその女神の使いがここにいると言っていた。ということはもしかしたら。逸る気持ちを必死に抑えながらユディタは身を乗り出す。

「そう、もう気が付いたね? 今ユディタの頭に乗っているのは風の精霊“ヘレーム”。普段は空気と光の中に身を隠し、空を飛び、群れで行動するはずの者たちだよ」

 ヘレーム。その響きにユディタは驚きで全身が射抜かれるような衝撃を感じた。小さい頃憧れた精霊が今、無邪気にユディタの頭の上でくつろいでいるなんて……。

「そんな嘘のような話、本当なのかい?」

「本当さ! 何といってもこの国の学者たちの間では精霊たちについての研究がすすんでいるんだ。本当にヘレームで間違いないよ」

 疑いの目を向けるユディタの父親はそれでも呆れたように溜息をついた。

「だって彼らは群れで暮らすんだろ? なのになんで大切な卵をぽつんと残してきてしまうんだ?」

 確かに、とユディタは思うと学者へ不安げに視線を向ける。群れで暮らしているのなら折角の大事な卵を一つだけ取り残してその場を去るなんてことしないはずだ。ましてや精霊とまで言われている彼らなのに。

「ああ。本来であれば、ね」

 学者は急に表情を曇らせると宙を仰いだ。

「悲しい話だよ。僕ら学者たちの中にも単なる好奇心のせいか精霊を捕まえたいと願う者たちがいるんだ。精霊は確かにいる。なら、捕まえて調べようとかする奴らがね。今では精霊狩りなんて言われているけれどそいつらが精霊たちを攻撃したのかもしれない。そのせいでこの子は群れからはぐれた可能性もある」

 学者いわく、なんでもヘレームと言えど嵐の日にはその姿があらわになってしまうのだと言う。光がなく、女神が命の循環のために生み出す強風と雷はヘレームたちの隊列を乱してしまいうまく隠れることが出来なくなるのだという。そんな時は静かな森で姿を隠し、嵐が去るのを待つのだが、その好機を精霊狩りが見逃すはずがないのだそうだ。

「じゃあこの子の仲間たちはこの子を置いてどこかへ逃げてしまったのね?」

「きっとそうだろうね。何といっても昨日の嵐はすさまじかったから」

 ユディタは暗く視線を落とすとゆっくりと頭の上にいるヘレームへと手を当てた。木々の間から吹くそよ風のようにひんやりとしているが、その奥からトクン、トクンと温かな波動が伝わってきた。

「そこでなんだけど、とりあえずここにいればいつその狩人に見つかるかわからない。だからここより安全な場所……。王都へその子を避難させてはどうかな?」

 突然の学者からの提案にユディタはばっと顔をあげた。この子を未知な場所へ?

「安心して。王都には強い騎士たちがいて守りも厚い。きっとそこなら安全に過ごせるし、その間に群れの場所を探して返してあげられるだろうしね」

 その言葉にユディタは小さく頷いた。確かにここに居てはその狩人から狙われてしまうかもしれない。それに群れへいつか帰れるのならきっとこのヘレームだって幸せなはずだろう。

「よし、決まりだ。迎えは呼んでおくからそれが来るまでこのヘレームを世話してあげてくれないかな?」

 一応群れに帰るまでは君がお母さん代わりなんだよ。学者からそう言われユディタは胸のあたりがぽっと温かくなるのを感じた。

「私がお母さん……?」

「そう、この子にとって信頼できるのは今、君だけだ」

 そう笑顔で言われ、ユディタはヘレームを優しく撫でると嬉しそうにすり寄ってくる姿にそっと笑みをこぼした。

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