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エピローグ『二歩下がる』

 ――と。文字通りの現実逃避を行った所で、この物語は幕を閉じる。

 あの後……俺と結城は、当たり前のようにお縄となった。

 男――結城の父親は、俺と結城が逃げた後、感情的に追うわけでもなく、冷静に警察に連絡したらしい。

 警察の動きが速かったのか、俺達が間抜けだったのか。普通に駅のホームで電車を待っていた俺達は、その場で止む無く御免。もともと捜索願が出ていたこともあり、後の展開は早かった。

 一応は事の経緯を説明したのだけれど、結局俺は未成年と言う事で、警察から寮へと連絡が入り、呼び出された寮監様が説明と責任を取ることで、事態は決着が付く。

 ……あれだけ巻き込みたくないと言っておきながら、結局最後には全て任せっきりになってしまったのは、何とも間抜けで、非常に心苦しくはあったのだけど。

 その旨を伝えると、寮監様は俺の頭を一発殴ると、

「ガキが変な気の使い方をするな」

 そう言って、笑った。

 結局、最後にはこうなるであろう事も、何もかもお見通しだったらしい。

 ……何ともまあ。結局の所、最初から最後まで、俺はただの子供でしかなかったわけだ。

 ――で、そんな寮監様は、結城の父親にいやにお礼を言われていた。やっぱり、俺みたいな胡散臭いガキよりも、寮監様のような頼りがいのある大人の女性の方が、よっぽど信頼できるらしい。……当たり前か。

 ……まあ、それはそれとしても。

 警察に厄介になっている間の対応とか、寮監様への丁寧なお礼だとか、結城の父親は、思ったほど悪い人ではなかった。

 と言うか、確かに厳しい人ではあったのだが、どちらかと言うと結城の事を凄く思っているような、かなり良いお父さんだ。悪魔だのなんだのと言われていたのは、結城という思春期の少女にとって、父親が分かりやすい『理不尽の象徴』だったからで。

 ……まあ、確かに人の話を聞かない所はあるのだけど、その辺は娘も娘だったので、結局はどっちもどっちというか、似たもの親子と言うべきか。

 結城は父親の許可を貰い、俺と寮監様にお礼を言うと、そのまま父親と一緒に帰って行った。

 そんなわけで。俺と結城の物語は、ぐだぐだなままでお終いだ。

 決着を付けたわけでもない。解決したわけでもない。――そもそも、何を解決すればいいのかすら分かっていない。

 収拾を付けたのすら、俺達以外の大人で。俺や結城は、消化不良なモヤモヤを抱えたまま、それぞれの日常へと戻って行った。

 ……それぞれの、どうしようもない日常へ。



「……あー」

 ……そんなわけで、休日。

 朝から惰眠を貪っていた俺は、規則正しいノックの音に目を覚ました。

「麻上ー?」

 俺の返事を待つことなく部屋の戸が開く。ひょこりと顔を出したのは、相川のハニーフェイスだった。

「なんだ起きてるじゃん。ねえ麻上、今暇?」

「…………暇じゃない。寝るのに忙しい」

 呆れ口調の相川から逃げるように、寝返りを打って背を向ける。対して相川は「暇なんだね」と勝手に納得して、そのまま話を続けた。

「暇ならちょっと頼みがあるんだけど。欲しい本があるんだけど今日は荷物が届くから僕は外出が出来なくてね。かわりに買ってきて欲しいんだ」

「……何で俺がそんなことせにゃならん」

 毛布を被ったまま、顔だけ相川の方に向けると、相川は苦笑しながら肩を竦める。

「頼むよ。おつりは自由に使って良いから」

「そんなガキのお使いみたいな……」

「今まで君が僕に作った借り、今ここで数え上げてあげようか?」

「……何の本だよ」

 笑顔のままで恐ろしい事を言う相川に、俺は毛布から這いずり出て身体を起こす。そうすると、相川は笑顔をますます緩ませてベッドの近くまで歩み寄ると、ポケットから折りたたんだ紙を出して俺に向けた。

「……はいはい」

 頭を掻きながらそれを受け取ると、相川は満足げに首を縦に振る。

「うんうん。最近の君は何時にもまして引きこもりがちだったからね。たまには外出すべきだよ」

「やかましい」

 相川の言葉に適当に返しながら、俺は紙に目を落とした。そこに書かれているのは、聞いた事のある今週発売の雑誌の名前が幾つか書かれている。これなら、遠出しなくとも近くの小さな書店やコンビニでも買えるだろう。

「頼むよ」

 そう言い残して、気の置けない友人は俺の部屋から出て行った。

 それを見送ってから、俺は一度、大きくため息を吐いた。



 目当ての書店は本当に近いので、わざわざ自転車を持ち出す必要もないだろう。適当に服装を整えて、寝ぐせもそのままに、俺は寮を出た。

「…………」

 寝起きのぼんやりとした頭のままで、日中の街中を歩く。

 日光に照らされた街中は、輪郭をはっきりと浮かび上がらせていて、あの日、走った幻想的な雰囲気など、微塵もない。

 当たり前だ。だってこれは、現実なんだから。

「あ、」

「え……」

 ふと見知った顔が、向いから歩いて来ていた。

 フードの付いたワンピースに、スキニーのジーンズスニーカー。可愛いとか似合うとか、そんな気のきいた感想の前に、そう言えば、はじめて私服を見たなぁ。なんて、間の抜けた考えが頭に浮かび。

「……あの、鈴太さん?」

「あ、悪い」

 その所為で、少しだけ挨拶が遅れてしまった。

「久しぶり、結城。調子はどうだ?」

「まあまあです」

 そう言って苦笑する結城の顔は――前よりも少しだけ、輝いて見える。

 だから、俺も苦笑しながら、結城に問う。

「……で、あの後どうよ」

「どうって、変わりませんよ。つまらなくて、どうしようもなくて――」

 でも、と結城は言葉を続け。

「前より少しだけ、楽になりました」

「……そっか」

 ……まあ、それならそれで、良いか。

 俺が勝手に納得していると、結城は小さく笑いながら口を開いた。

「ありがとうございます。鈴太さん。鈴太さんは、本当にわたしの救世主でした」

「んなこたない。俺なんて狂言回しが精一杯だ」

 結局のところ、俺は何もしていない。あの事態を収拾したのも俺じゃないし、それで結城の生活が、ほんの少しだけ良くなったとしても、それは、やっぱり俺とは無関係な事だろう。

「でも、わたしを匿ってくれたのは鈴太さんです。わたしの話を聞いてくれたのも鈴太さんです。わたしの事を、どうにかしようとしてくれたのは、鈴太さんだけです。だから、鈴太さんのおかげです」

 結城は一度言葉を切ると、俺に深々と、頭を下げて。

「――本当に、ありがとうございました」

「……こちらこそ、どういたしまして」

 どう答えれば良いのかわからなくて、とりあえず頬を掻きながら、素っ気なく答える。顔を上げた結城は、そんな俺を見て、苦笑した。

「それじゃあ、わたしはこの辺で」

「ああ。じゃあ、元気でな」

 結城は軽く会釈すると、手を上げた俺の横を通り抜けて、歩き出す。それをしばらく見送ってから、俺も前を向いて歩きだした。

「――鈴太さんっ」

 暫くして。

 不意に弾むような結城の声が、後ろから掛かる。

 振り向くと、結城は、満面の笑顔を浮かべながら。

「それじゃあ、またっ!」

 片手を大きく振って、結城は踵を返すと、走り去って行った。

「……ああ、また」

 それを見送ってから、俺はもう一度、前を向く。

 風景に変わりは無い。何一つ不思議の無い、何時も通りの風景だ。

 当たり前だ。ふと目を離した隙に急変するようなおかしな非日常、この世界には存在しない。

 足を踏み出す。

望もうが望むまいが、この目に映る風景は変わらない。

 それがこの、つまらなくてどうしようもない……俺達の生きる、現実だ。

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