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ぷろろーぐ

 ――その日の俺は妙にむしゃくしゃしていて、人の居ない夜道を全力で爆走していた。

「あっはっはっはっはっはぁああ!」

 夜風が身体を打つ。愛機が軋みを上げる。段々と良い気分になってくる。たとえ今乗っているのが、ただの自転車だとしても。

 ……だって仕方がないだろ。バイクなんて持ってないし、盗んだバイクで走りだすような年齢でもないし。そもそも免許も持ってないから、事故っても危ないし。

「あっはっはっはっは!!」

 ……それでも、上がり続けたテンションは際限がなく。車が走っていないのを良いことに車道の真ん中を走ってみたりして。

「はぁーっはっはっはっは!!」

 高笑いをしながらペダルを踏み続ける。他人に見られたら最高に恥ずかしいどころか、下手したら警察を呼ばれかねない。それでも、目的も無く走り続ける。

 ……理由なんて無かった。単にむしゃくしゃしただけだ。

 どうしようもないのは、その苛立ちに対して意味が無いという事で。

 どうあっても変えられない人生にむしゃくしゃすることは、人として良くあること……なのかもしれない。

 人生は、理不尽だ。

 別に、自分が不幸だなんて思わない。むしろ世間一般から見れば、かなり幸福な方だろう。そんなドラマチックな悲劇は、幸か不幸か、俺は持ち合わせていない。

 ……それでもわかる。

 俺の人生は、平凡だ。

それを不幸と嘆くのは、実際に悲劇のただ中に居る人から見れば、あまりにも無神経で、あまりにも失礼だと思う。

 ……だけど、日常は変わらない。変えようとしても、変えられない。新しい日常を手に入れても、それは結局、新しい日常でしか無くて。新鮮なのは最初だけ……結局、変わり映えのない毎日が、待っている。

 楽しくもなんともない日々。不幸ではないのかもしれないが、幸福も感じられない日々。変えられない生活。そうして……何時しか、生きている意味さえ見失う。

 ……わかってる。こんなのただの、子供の戯言でしかない。

 大人になったら……自分で食いぶちを稼ぐようになったら、そんなこと言ってられないのだろう。

 日々の生活に追われて――生きることに追われて、生きている意味なんて、考える余裕すら無くて。

 それはそれで充実した生活……なのかもしれないけれど。

 ……人生は、理不尽だ。

 足掻いても変えられないなら、それは十分に、理不尽といっても良いのじゃないだろうか。

 ……なんて。やっぱり、子供の戯言なんだけど。

「……あぁぁああああああああああっはっはっはぁぁ!」

 苛立ちを吐きだすようにペダルを踏み続ける。このむしゃくしゃはどうしようもない。発散の仕様がないから……こうやって気を紛らわせるしかなかったわけで。

「はっはっはっはっはっは!!」

 ……ほんと、どうしようもない。

 だって、気を紛らわすためなら、他に方法はいくらでもある。発散したいならカラオケに行けばいいし、気持ちを入れ替えるなら趣味にでも没頭すればいい。……寝てしまうっていうのも、ひとつの手だ。

 だというのに、どうして俺がこんなにアホくさくて、無意味で、子供じみた事をしているのかと問われれば……それは、こうやって誰も居ない夜の道をふらつけば、何か、漫画みたいな非日常に出会えるかもしれない……なんて。馬鹿な期待を、しているからなのだから。

「――――っ」

 突然車道に飛び出してきた人影に、俺は慌ててブレーキを掛ける。

「っ!!」

 さっさと渡りきってくれたなら良かったのに、飛び出してきた人影はその場で立ち竦んでしまった。タイヤが擦れる音がする。なまじ勢いを出していた所為で、中々スピードが落ちない。

「――――っとぉお!?」

 ハンドルを切り、車体を傾けることで慣性を殺し、俺の自転車はどうにか人影の手前で止まった。

「…………ふう」

 ……ハンドルに身体を預けて、思いっきりため息を吐いた。あっぶねぇ。さすがに傷害罪は困る。

「……あ」

 今更状況を理解したのか、人影はぺたんと音を立ててその場に座り込んだ。……っと、安心してる場合じゃねえや。

「おいアンタ、怪我は無かったか?」

 視線を落として問い掛ける。……すると、そこには――

「え……あ、はい……大丈夫……です……」

 ――見目麗しい、絶世の美少女が――

「……って程でもねぇな」

「はい?」

「……いや、なんでもない」

 口に出すには流石に失礼過ぎるそれを、頭を振って打ち消した。……うん。まあ、絶世のは流石に言い過ぎだけど、少し幼すぎることを除けば普通に可愛い女の子だ。

「……というか、だね。君、中学生だよね。中学生がこんな時間に何やってんのさ」

「うえ……」

 俺の質問に、少女はあからさまに顔を青くする。……どうやら痛いところだったらしい。

「……えっと、わ、私、中学生じゃありません!」

「いや……その服装、さ」

 ばればれのしらを切ろうとする少女に呆れつつ、俺は少女の来ているセーラー服を指し示す。

「……! こ、これは……その、高校ので……私、高校生ですし」

「いやー。その制服さ、俺の母校の制服なんだわ」

 というか、高校生でも深夜徘徊は補導対象じゃなかったか? ……いや、俺も人の事言えないけど。

「……えっと……ほら、似ているだけという事も。こんな制服なんてどこにでもありますし」

「うん、そう言うなら、せめて校章は隠そう」

「…………」

「…………」

 無言。少女は答えることなく視線を逸らしている。……沈黙が、気まずい。

 ……しかし、この様子じゃ夜遊びって感じじゃなさそうだ。そもそもこの辺は街はずれで遊べるような所は無いし、夜中に遊びまわるにしては、余りにも彼女は大人しい雰囲気で……というより、正直芋っぽい。

「……はぁ」

 微妙な空気を吹き飛ばすように、俺はため息を一つ吐いた。

「まあ、良いや。まあ、もう遅いよ。1時も回ってるし。送ってやるから、さっさと帰れ」

「え……っ!?」

 顔を上げる少女の顔は、若干の焦りと恐怖が浮かんでいる。……ああ。まあ、見知らぬ男に送ってやるとか言われたら、そりゃビビるか。

「いや、別に手を出すとか送り狼とか、そう言う事を考えてるわけじゃなくてだな。……いや、でもその警戒は正しい。むしろ偉いと思うんだけど、今は俺を信じてほしいというか。まあ、なんだ。未遂とはいえ危うく引きかけるところだったんだし、一応責任って言うか……?」

 ……なんか、言えば言うほど嘘っぽくなって来ている気がするが、しかし実際、そんな気なんて更々ないのだ。だって童貞だもん。女性の扱いとか分かんないし! そんな上手い駆け引きとかわかんねぇし!

「いえ、別にそういう事じゃ無くてですね」

「あ、そうなの……それは良かった」

 ……いや、それはそれで問題なんだけど。少しは警戒しようぜ女の子。

「そうじゃなくてですね……その……」

 少女は視線を再び床に落として、悲痛な面持ちで、何とも言い難そうに言葉を続けた。

「……家には、帰りたくないというか……」

「……あー……」

 なんとなく事情が掴めた。

「要するに、家出少女ってことですか?君は」

「…………」

 こくりと頷く少女に、俺はもう一度ため息を吐いた。




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