おいでませ魔王城 3
「あちらが第一図書室ですぞ姫君。蔵書数は人間の国とは比べ物になりませんが、つい先日一部を喰われましてなぁ、職員も数人喰われまして修復中です」
それは職員の修復ですか、それとも本の修復ですか…と聞こうにもびゅんびゅんと風のように走り抜けられては振動で舌を噛まないように口を噤むしかありません。
リアーナの寝ぼけ命令に張り切った首無し騎士は現在私を小脇に抱え、ものすごいスピードで城の中を巡っているのですが、あまりに速すぎてよくわかりません。ほぼジェットコースターですね。これはこれで楽しむしかないのではないかと少しグロッキーになりながら思う今日この頃です。
「こちらは開かずの間ですぞ!」
突然急ブレーキをかけられ、胃の中の物が逆流しました。
「うぷっ」
思わず口元を抑えて耐えます。
「おぉっ、これは失礼したっ。少し速かったですかなっ」
がっはっは~とサダオが笑うのでぴょいっと腕の中から飛び降り、腕を組んでべしんばしんと尻尾を床に打ち付けて無言の抗議です。今はリバース注意報中なので口は開けませんよ。
「申し訳ない…」
うむ、よろしい。とばかりに頷き、私は背後の扉を振り返ります。
えぇと、確か…開かずの扉でしたか?
「ここを開けると魑魅魍魎が噴き出すようになっておりましてな、大したことのない低級のいたずら魔物ばかりなのですが、これがまた厄介でして」
笑う首無し騎士は何の気もなく扉に手をかけ、それを引いてしまいました。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
今開けちゃダメみたいな説明してませんでしたか!?
扉の隙間からぶわっと黒い靄が飛び出し、私は慌てて物陰へと非難しました。
チラリと様子を窺えば、靄はすぐ消えたのですが、首無し騎士が扉に手をかけたまま固まっております。
「ハムさ~ん?」
恐る恐る問いかければ、ハムさんがくるりと体ごと振り返りました。どうやら無事のようですね。
『ふははははははは、感謝するぞ変な竜。これで我は自由だっ!』
無事ではなかったようです。さらにおかしくなりましたよ。しかも何気にひどいこと言ってます。変な竜って私のことですかね?
『では、解放ついでに王の元に案内するがいい』
エラそうに私言うと、私の羽の付け根を持って移動します。
猫のようにブラ~ンとぶら下げられた私はそのまま来た道を戻ることになりましたが、何やら城の様子が違いますね。
なぜか遠くから悲鳴が上がっておりますが・・・・お化け屋敷効果が増えてませんかね、コレ?
クロちゃんがいるであろう先ほどの部屋に近づくにつれ、どこにいたのかという人数のメイドや兵士が走り回っております。
しかも、なぜか廊下の下から溢れだした白い人の手に捕えられたり、壁の絵に吸い込まれたりと城の恐怖度が増しており、あちこちで悲鳴が上がっておりますが…やはりこれがいつもの風景というわけではないですよね?
私は自分で歩かなくていい分恐怖は回避です。できるだけ見なければお化け屋敷だって怖くありませんよ。えぇ、見なければいいんです。
そんな風に人の不幸も見ないふりで元の部屋に辿り着きました。
え?ひどい? いやいやひどくないですよ。ぶら下げられた私には何もできませんよ。ここまで案内できたことの方が奇跡です。
「クロちゃ~ん。お土産連れてきました~」
お土産はおかしくなったハムさんです。こうなったのは私を見捨てた罰ですからねっ。クロちゃんに責任とってもらいましょうっ。
開き直って部屋の中を見れば、大惨事でした。
クロちゃんが数人相手に剣を持って戦っております。その周りでは彼を守ろうとする兵士の皆さん。しかし、なぜか守っていた彼等は突然敵に寝返ったり、正気に戻ったりと忙しく、クロちゃんは敵も味方も区別なく吹き飛ばして部屋はめちゃくちゃです。
『貴様が今代の魔王か!』
ハムさんが喜ばしげに声を上げます。表情は髪で見えませんので声で判断ですね。
「リーリア! 何を連れてきたっ」
クロちゃんはお怒りのようです。敵は大したことなさそうですが入れ代わり立ち代わり味方が攻撃してくるのでやりにくそうですね。
「なんでしょうね? ハムちゃんが勝手に開かずの間を開けたんですよ」
「封印されたゴースト共か…」
深いため息が吐き出されました。
「クロちゃん、そろそろ助けてもらえませんか~?」
ぷら~ん、ぷらら~ん
振り子のように揺れながら訴えると、クロちゃんがちらりとこちらを見た後、無視しました
無視! ひどいです!
仕方ないのでここは自力で脱出です。それぐらいは何とかできるはずです。たぶん。
身をよじり、じたばた暴れてハムさんの手を尻尾で叩いて宙に放り出されます。自力で脱出というよりは面倒になったハムさんに投げ飛ばされたというべきでしょう。
現に目の前には例の危険なゴミ箱が口を開けて待っておりました!
「キュワワワワ~!」
食われるっと思ったゴミ箱の底にはピンクの古竜の姿がっ!
すでにお母様が食われてる!
「そこに入っていろっ。安全だっ」
クロちゃんの声が響き、クロちゃんがハムさんと交戦するのが見えました。そして迫る恐怖のゴミ箱の口!
「遠慮します!」
私は空中で身を捻ると、ゴミ箱の横に着地しました。
ですが、この選択は間違いだったのです。
ざわざわとざわめく気配に周りを見れば、にょきにょきと伸びる白い人の手・・・・
恐怖のカーニバルの始まりです!