おいでませ魔王城 1
ふわふわ~ふわふわ~
ふわりふわりと目の前を行ったり来たりするものに、私は口をカパーッと開けて凝視します。
ここは泣く子も黙る魔王城、の二階。私の目の前を行ったり来たりする白いものは、光でも、羽根でも、綿毛でも、はたまた埃でもございません。
ネグリジェを着て、愛らしいぬいぐるみを持ち、くすくす笑いながら行き来する少女―――
そう!
ユ~レイです!
「キョワアアアアアアアアアアアア!」
第一日目の魔王城に私の悲鳴が響き渡りました。
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それは、肉食レディーズの提案により、ウィルシスを襲い、襲われた翌日のこと。
「クロちゃんのところに遊びに行きましょ?」
ピンクの古竜リアーナは、「そうだ、そうしましょう」とぺちぺち手を叩いてくるくるまわり、尻尾をフリフリ振ります。
なんというか…同じ種族で私の母ですが可愛いですねママン。
ついつい一緒になってクルクル回り、手を繋いで踊れば、周りに控えていた騎士、兵士、メイドさんが「うぐっ」と何かを堪えるような声を出します。
悪いもの食べたのでしょうか。気を付けないといけませんね。この世界にも集団食中毒があるかもしれませんし。あ、ですが、この世界にはニガニガワカメがありましたね。食中毒よりも苦しみますが、確実に治るから大丈夫ですね。
うんうんと腕を組んで頷いてみれば、リアーナが首を傾げておりました。
「あ、失礼しました。で、突然なぜクロちゃん?」
「だって、リーリアちゃん魔王城に来たことないわよ~?」
そういえばそうですね。いつも皆がセルニア王国に来てくれるので気にしたことなかったです。
黒髪に黄金の瞳の私の父親であったクロちゃん。以前はつれない態度のクールビューティーでしたが、最近はちょこちょこ甘やかしてくれるマイホームパパです。ですが、やはり住んでいる場所が違うので時々しかあっていません。
たまにはクロちゃんに会いに行くのもよいかもしれません。
決してウィルシスと過ごすのが気まずいとか、心臓破裂しそうだとか、なぜか襲いかかりたくなってしまうとか、ちょっと自分危険かもとか、そういうことじゃないですよっ。
親孝行! そうっ、親孝行です!
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というわけで、クロちゃんを呼び出し、連れてこられたのが魔王城です。
外見はまさに魔王城…というより、私からしてみるとホラーハウスでした。危険信号が点灯したのは言うまでもないです。ですが、可愛い義弟のラス君3歳(推定)に迎えられて、入れないなどと言えましょうかっ。
「部屋は二階に用意した。ラス、連れてってやれ」
「うん。ねねは二階~」
「ウキュキュキュキュ~」
ラス君に手を繋がれた私は、ぶんぶん振り回されながら二階へと連れて行かれます。お姉さまはも少しソフトに扱っていただきたいですよラス君。
流れる景色をチラチラ見やれば、おどろおどろしい絵画や、消えそうで消えない蝋燭。廊下の壁から白い腕など…いやっ、最後のは見間違いですっ。怖さが見せる幻ですっ。絶対!
そして冒頭に戻るのです。
『あら、ラスちゃんお客様かしら?』
ビスクドールのような御嬢さんなのに、話し方はどちらかと言えばお姉さんのようです。まぁ、ラス君からしてみればお姉さんに当たりますね。
私は悲鳴を上げた後、そのまま口をカパーッと開けたままでユーレイさんを見上げておりました。
ユーレイは変わらずふわふわ揺れながら目の前まで降りてきて私達を覗き込みます。
向こうの壁が透けて見えるのが恐ろしいですよ…。
「ねね!」
『あら。お姉さんね。リアーナそっくり』
いや、古竜ですから色以外はほぼ同じですよ。そっくりと言われても見分けつかないですよ、普通。
『私は魔物のテッサというの。ゴーストよ』
いや、見ればわかりますよ。ゴーストというのはよぉぉぉくわかります。
ん? そういえば今このテッサさん、魔物と言いましたね。魔物と言えば、善悪の判断等がわからない知能の低い凶暴な生き物たちを指すのだと思いましたが、テッサは受け答えも状況判断もできているように見えますが。
「テッサ寄っちゃメッ!」
ラス君がしっしっと手を振ります。
こんなビスクドールのような少女になんという仕打ちでしょう。将来が怖いですよラス君。
などと思っていたら、その理由がすぐに知れました。
『ラスちゃん、その子私に齧らせて~』
目の前のテッサの口がぐわっと広がり、そこには鋭く尖った牙が並んでおりますっ。ゴーストだと思ったらエイリアンでした!
「キュアアア!」
ちょこっとだけ知能を付けた魔物であったようです!
食べられるぅぅぅ~!
「えぇい!低能な魔物めが、陛下のご家族にに何をするか!」
ドカッ!
間一髪です。
テッサは叩きつけられた鞘入りの巨大な剣に吹っ飛ばされ、壁にぶつかって消えました。
…幽霊って物で叩けたんですね…びっくりです。
「ご無事か?」
背後から声が返られますが、驚いたままの私はテッサの消えた辺りを呆然と見つめておりました。
「はむ!」
元気なラス君の声にハッと我に返り、お礼をとゆっくり振り返ります。
「あ、ありが・・・」
ひょぉぉぉぉぉぉ~!
振り返った私は声の無い悲鳴をあげましたよ。
「ラス様。私めはデュラハンであってハムではございません」
首っ、首をどこに置いてきたのですかこの全身鎧男さん!
「はむ!」
「あぁ…幼子はわかってくださらぬ。姫様ならば…。姫様?」
私は彼が剣を持つ手とは反対側の小脇に抱えていた荷物をみて、白目をむきました。
そこには、某映画で一躍有名になった、井戸から這い出るお嬢さんの生首男性バージョンがあったのです!
せめて…せめて髪ぐらい切っておいてください首無し騎士さん…
私は、ものぐさで髪の手入れをしていない首無し騎士の頭に突っ込みを入れつつ、視界をブラックアウトさせたのでした…。