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眠りの国の王子  作者: 貴遊あきら
奥村紗枝編
6/60

6

 始めはカラオケに行こうという話だった。でも、気がつくと合コンしようという話になって。とにかく女子高校生というものは話題がころころ変わるし、目移りが早い人が多い。それはわたしも例外ではない。

 合コン云々の話は昼休みに行われた。恭子とわたしと佳也子(かやこ)由香里(ゆかり)の四人で机を寄せ合ってお昼を食べる。佳也子と由香里は同じクラスの友達で、それぞれ時生(ときお)佳也子、岸野(きしの)由香里と言う。ときどき苗字を忘れることがあって、授業中彼女たちが当てられて驚くことがあるけれど、それでも彼女たちとは気が置けない間柄だ。言いたいことは言う。現に、わたしの髪色にも恭子と同じように率直な感想を述べた。「思い切ったわね」と由香里に言われ、「あんたのその金髪はなんなのよ」と返した。そうすると、「私の思い切りにはかなわないわね」と自慢げに言われた。「私も思い切ろうかな」と佳也子がその艶々とした黒髪を手にしたので、わたしたちは「あんたはそれが一番可愛い!」と必死で止めた。

 最初にカラオケに行こうと言い出したのは、パンを片手に持った由香里だった。まあ、いつものことだけれど。それに続いたのは佳也子。お弁当を箸でつついていた。

「あ、カラオケって言葉で思い出したんだけど! この前中学のときの友達に出会ってね、合コンしないかって!」

 興奮気味でそう言い、それから恭子にご飯粒を指摘され少し顔を赤くする。

「合コン?友達って、男?」由香里が怪訝そうに言う。

「そ。そいつ幼馴染で!」

「あー、なるほど」と恭子。わたしも内心そう頷いていた。合コン。実は一度も参加したことがない。

「上手くいけば彼氏、できるかも!」期待に満ちた目で佳也子は言った。

「彼氏ねえ……」気乗りしない声を上げたのは恭子だった。多分この中で一番その手のことに慎重なのは彼女だろう。由香里は少し前まで彼氏がいたけれど、今はフリータイムなのと豪語していた。

「紗枝は?紗枝はどう思う?」と佳也子。

「うーん」そう唸るわたしを見、恭子はふと思い出したように言う。

「そういやあんた、トキメキが欲しいって言ってなかったっけ」

「へ、そうなの?へえ、紗枝もとうとう人肌恋しくなったわけねー」

「由香里、あんたが言うとなんだかエロいよ」恭子は軽く笑った。わたしもははは、と笑う。すると突然佳也子が立ち上がった。

「よし!行こう!」

 そういうわけで、私たちは合コンに行くことになった。日時はあっと言う間に決まって。今週の土曜日三時に第一公園に集合!と佳也子は言った。



「よーっす、紗枝!」

 家に帰る途中、自転車のシャーっという音と聞き慣れた声が聞こえた。振り返らなくても分かる。松田だ。立ち止まって振り返ると、キキッとブレーキがかかる音がした。

「よっす!」と松田は手を顔の前に上げ、にかっと笑った。

「よっす」テンションは低めにそう返した。

「うわー、暗ぇ。っていうか何、その頭」

「今頃気がついたわけ?」

「いやー、なんていうか言うタイミング?それを逃した感じ?ていうか何その色」

「アプリコットブラウンだって」

 そう言ってやると、松田は「へえ」と適当な返事をした。

「聞いたことねえ、そんな色」同感だった。

「何、心境の変化?思い切ったなー」しげしげと髪と顔を行ったり来たりする松田の視線。

「文句があるわけ?」

「いや、似合ってるなーって」

 そう言って、手をトンとわたしの頭に乗せ、髪の間に指を滑り込ませる。その顔があまりにも嬉しそうというか、楽しそうというか、とにかく満足げなので。何考えてこういうことをしてくるのだろうと思ってしまう。スキンシップ過多なのだろうか。私でこれなら、彼女とは一体どうなっているんだろうと余計なことを考えてしまう。甘い声で「ハニー」と呼ぶ。松田ならやりそうだ。冗談交じりで、でも真剣に、そんなことを臆面もなくやってしまいそうな雰囲気がこの男にはあった。彼女はそんな甘い雰囲気に浸っているのだろうか。うっとりとした目を向け、「けいすけー」と呼ぶ。「けいちゃん」かもしれない。「まつだ」かもしれない。どうなのだろう。ああ、そういえば松田の下の名前は啓介(けいすけ)。松田啓介が彼の名前だ。

「啓介って呼ばれてるわけ?」

 なんのけなしにそう尋ねてみた。すると松田は一瞬動きを止める。目がこれ以上無理という辺りまで見開かれていた。

「は?え?何、突然」

「あ、いや、啓介って」

「だあーっ!」

「だー?」突然どうしたのだろう。松田は頭をガシガシと掻いた。じっと疑わしい視線を向けると、松田ははっとして動きを止めた。

「あ、いや、なんでもないから。その話はまた今度で!」

 なぜそんなことを言うのか良く分からなかったが、とりあえず頷いておいた。松田は、本当にどうしたのだろう、「今日はこれで!じゃあな!」と自転車に乗って走り去っていった。気付けばそこは、わたしのマンションの前だった。


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