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時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~総ての始まりの、始まり~
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第四章「別れと、」―1

今回、育児や授乳に関する記述や場面があります。苦手な方はご注意下さい。また、誤った内容があった場合は、ご指摘頂けると嬉しいです。

 次の日、慣れない手つきでの世話をするしょうの元に、ほうきょうが訪ねて来た。

 そのことに、由梨亜妾だけでなく周りの侍女達も驚いて、あたふたと動き回った。

 何しろ今は、午前九時。

 ちょうど、執務の始まる時間なのである。

 由梨亜妾はそのことにも驚いたが、比較的冷静だった為、峯慶が何か(・・)を抱いているのも分かり、首を傾げた。

「あの……峯慶殿下? 何故、この時間にここへ? それに、その腕に抱いているのは……」

 峯慶は、その問いに苦笑し、歩み寄った。

 それによって、峯慶が何を(・・)抱いているのかが分かり、由梨亜妾は仰天して目を剥いた。

「峯慶殿下っ?! その子は、一体!」

 峯慶が腕に抱いていたのは、何と、赤ん坊だった。

 それに気付いた侍女達が、更なるパニックへと陥る。

 峯慶は、由梨亜妾が半身を起こしていた寝台に腰掛けると、そっと由梨亜妾に赤ん坊を手渡した。

 由梨亜妾は酷く途惑っていたものの、まさか赤ん坊を放っておけるはずもなく、恐る恐る受け取った。

 赤ん坊の頭には、柔らかな金色の産毛が生えている。

 富実樹と見比べてみると、その髪の色しか違いが分からなかった。

「峯慶殿下、この子は、一体……?」

「ああ。その子は、『フルミ』だ」

 あっさりと言われた言葉に、由梨亜妾の思考が停止する。

 由梨亜妾の抱き方が不快だったのか、その赤ん坊はむずかって泣く。

 だが、正気付いた由梨亜妾が抱き直しても、あやすように揺すっても、赤ん坊は泣きやまない。

 むしろ、声は大きくなるばかりだ。

 その赤ん坊を覗き込んだルーシェは、少し途惑ったように口を開いた。

「あの……由梨亜妾様。多分この子、御腹が空いているのではないかと思います。泣き方が、御腹が空いている時の泣き方ですもの」

 実は一児の母であるルーシェの言葉に、由梨亜妾は驚いて目を瞠り、峯慶は苦笑した。

 由梨亜妾が、そっと赤ん坊に乳房を含ませると、途端に泣きやみ、凄い勢いで吸い出す。

 その様子に、由梨亜妾は目を瞠った。

 既に娘である富実樹にもあげたが、ここまでの勢いはなかった。

 やがて、赤ん坊は満足したのか、乳房を離した。

 ルーシェがその赤ん坊を受け取ると、由梨亜妾は服を直し、峯慶に向き直った。

「峯慶殿下。先程、あの赤子のことを『フルミ』と御呼びになりませんでしたか? ならば、あの子は……」

「ああ。の娘だ」

 峯慶はそう言うと、赤ん坊を富実樹の隣に寝かし付けたルーシェ達侍女に目配せをして、退出を促す。

 それを受けて部屋を出て行った侍女達の足音が聞こえなくなってから、ようやく峯慶は口を開いた。

「まず、最初から話した方が良さそうだな」

 そう言って、苦く笑った。

「深沙祇妃が、其方よりも後に子を産んだことは、昨日も言った通りだが……深沙祇妃は、それをあの子が産まれてから知ったのだ。それに、どうやら深沙祇妃は、男の子が欲しかったようでな。産まれた子が女の子で、ただでさえも落胆していたところに、其方が先に女の子を産んだと報せが行ったのだ。――それで、深沙祇妃は激怒したらしい」

 その言葉に、由梨亜妾は頷いた。

 それは、予想していた通りだ。

 けれど、峯慶が続けた言葉は、予想を大きく離れていた。

「昨日、最初に其方の所に行ったが、その時其方はまだ眠っていた。だから、先に深沙祇妃の元に行ったのだ。そうしたら、深沙祇妃に言われた。――自分の娘の方に、第一王位継承権を寄こせ、と」

 由梨亜妾は、大きく目を瞠った。

「まさか……」

「ああ。そのまさかだ。理由は、自分の方が血筋が正しいのだから、だそうだ。自分は王族で、其方は一貴族だから、こちらに寄こせ、と」

 由梨亜妾は、思わず眉を寄せた。

「そのような言い分……到底聞けるものではありませんわ。血筋の高さではなく、性の別ではなく、産まれた順番こそが尊ばれるのです。深沙祇妃の言い分には、理がありませんわ」

 峯慶は、溜息をついた。

「私も、そう言った。……そうしたら、今度はこちらを責め出したからな。恥ずかしい話だが、私はその時、逃げ出すようにして深沙祇妃の部屋から出て行ったのだ。けれど、それも気に入らなかったようでな。……今朝のことだ。驚くべき報せが来た」

「驚くべき報せ、ですか……?」

「ああ。……深沙祇妃が、侍女共々育児放棄をした、と」

 その言葉が由梨亜妾の頭に沁み込むまで、かなりの時間を要した。

「…………育児放棄というのは、子供の世話をしない、という意味でしたように思えるのですが……」

「まさに、その通りだ。その子は、ここに連れて来た時に、酷く御腹が空いていただろう」

「え、ええ……。でも、どうしてこんな……。だって、こんな子供を巻き込む必要なんて、ないでしょう?」

「ああ。今朝、深沙祇妃の所に行ったが……どうも深沙祇妃は、その子に第一王位継承権を認めてもらうまで、世話をしないつもりらしい。しかも、自分の後見人の貴族に働き掛けたようで、深沙祇妃の後見の貴族達は、ほとんどが仕事に来ていない」

 由梨亜妾の顔が、引き攣った。

「そ、そこまで……」

「その通りだ。しかも深沙祇妃は、その子に名前すら与えてやっていない。……『フルミ』という音こそ決まっているが、字はまだ決まっていないのだ。簡単に言ってしまえば、母親としての義務を放棄したのだ、深沙祇妃は」

 由梨亜妾は、溜息をついた。

「本当に……我が子だと言うのに、そこまでやるのですか? ……正気を疑ってしまいます」

「そうだな。それに、その子を深沙祇妃の元に置いておけば、良くないことになる。……だから由梨亜妾、其方に『フルミ』を育ててほしい」

「分かりましたわ。峯慶殿下」

 由梨亜妾は、即答した。

 さすがの温厚な由梨亜妾も、深沙祇妃の仕打ちに頭に来たらしい。

「赤子には、罪はありませんもの。わたくしが、育てます。……でも、いつまでも産みの母親と引き離すのは、どうかと思いますわ」

 峯慶は、少し考えて言った。

「では、そうだな……六歳まで、というのはどうだ? 其方は、『フルミ』が六歳になるまで育てる。それから先は深沙祇妃が、というのでは」

「はい。峯慶殿下」

 由梨亜妾が頷くと、峯慶は微笑した。

「ありがとう、由梨亜妾。……それと、其方のことだ。いつ、どの性別の子が産まれてもいいように、六通り全ての名前は考えてあるのだろう?」

 由梨亜妾は、頬を熱くした。

「え、ええ……。そう、ですわ。確かに、考えてはおりましたけれど……」

「では、その名を、この子に付けてほしい」

 思わず反論しようとした由梨亜妾は、峯慶の、悲しみを含んだ静かな瞳に、言葉を呑み込んで頷いた。

「――分かりましたわ。……では、この子の名は、『』と」

「何故、その名に?」

 由梨亜妾は、小さく息を吸った。

「心を富ませ、豊かな心を持つように、高貴さを表す瑠璃ラピスラズリのように気高い心を持ち、それでいて弱者を思いやる気持ちを持ち、宝石のように美しく、きらきらと光る美しさ、心を持つように」

 一息に言った由梨亜妾は、不安げに峯慶を見上げた。

 峯慶は、堅く強張っていた頬を緩め、そっと富瑠美の頭を撫でた。

「富瑠美、か……。其方は、よい名を貰ったな」

 由梨亜妾は、体から力を抜いた。

「ありがとう御座いますわ、峯慶殿下」

 峯慶は、名残惜しそうに赤ん坊達の頬を撫でたが、勢い良く立ち上がった。

「そろそろ、執務に戻らなければならないな。……由梨亜妾、くれぐれも、無理はしないでくれ」

「はい。……峯慶殿下」

 峯慶は、そっと由梨亜妾の額に口付け、部屋を出て行った。

 由梨亜妾はそれを見送ると、二人並んだ赤ん坊を見詰めた。

 いつの間にか、赤ん坊達の手が触れ合っていた。

 同じ日に産まれた、異母姉妹しまい

 母親である深沙祇妃と由梨亜妾の仲は悪いのだが、この子達は仲良く育ってくれそうだ。

 そう思った由梨亜妾は、顔を曇らせた。

 富実樹の方は、あと一月もしないうちに、地球連邦へ送らなければならないのだ。

 だから、一緒にいられる時間は――

 思わず唇を噛み締めたが、それでもと、思う。

 いつかこの子達は、大きくなった時に、再び出会うことになる。

 その時に、仲が悪くならないでほしいと、そう願った。




 子供達が産まれてから、十日後。

 富実樹と富瑠美を育て、忙しい日々を送っていた由梨亜妾の元に、峯慶が訪ねて来た。

「まあ、峯慶殿下。いらっしゃいませ。……そちらの方は?」

 由梨亜妾は、峯慶の後ろにいる、老女に視線を向ける。

 峯慶の視線を受けて、老女は前に進み出る。

 歳の頃は、七十代か、八十代か。

 かなり歳が行っているのは間違いなさそうだ。

「お初にお目に掛かります、めかけ様。私はミーシャ・ブルーノと申します」

「初めまして。わたくしは、うんきょうですわ」

 由梨亜妾は、困惑に満ちた目で峯慶を見た。

 峯慶は、由梨亜妾に苦笑する。

「由梨亜妾、この方は、つい先日退職なさったが、我が国の魔術師の最高位に立っておられた方だ。……富実樹のことを、任せる方でもある」

「富実樹の……?」

 由梨亜妾は、ミーシャに向き直った。

「ブルーノ様。富実樹を――わたくしの娘を、どうか宜しく御願い致します」

「はい。承知仕りました、妾様」

 ミーシャは礼をすると、そっと富実樹の傍により、その頭を撫でた。

「真、賢そうなお子でいらっしゃいます。この方の命運を背負わせて頂けるのは、ありがたいことです。この目で見ることは叶いませぬが、王になる時が楽しみなことです」

「この目で見るのが、叶わない……?」

 思わず呟いた由梨亜妾に、ミーシャは頷いた。

「ええ。……私は、『時渡り』を致しますので」

「『時渡り』、とは……?」

「文字通り、時を越えることにあります」

 その答えに、由梨亜妾は大きく目を瞠った。

「ま、さか……時間を越えることなど、誰にもできやしませんわ」

 その言葉に、ミーシャは首を振る。

「いいえ。けれど、高度な力を持つ者でなければ、できませぬ。それこそ、五百年に一人、生まれるか生まれないか……。けれど、幸運なことに、私はできる(・・・)者の一人です。富実樹殿下を地球連邦にお届けしたのち、地球連邦の、千年前へと『時渡り』致します」

「そんな! だって、過去は既に定められたこと――科学の力をもってしても、決して成し得なかった、変えることのできない、絶対的なものです! それをっ――」

 絶句する由梨亜妾に、ミーシャは微笑した。

「ええ。普通は、それでよいのです。『時渡り』には、多大なリスクが伴うのですから。……一度『時渡り』をすると、もう元の時代には戻れない、という、大きなリスクが」

 由梨亜妾の体が、震えた。

「ならば……ならば、何故、そんなことをっ……! 何も、過去に戻らなくてもよいではありませんか! 必要性など、どこにもありません!」

「いいえ。必要性ならばあります。……私はこれから、人の記憶を書き換えるのです。そして、富実樹殿下がおうこくに戻られる時にも、記憶を書き換えることが必要です。けれど、それには決して齟齬があってはなりません。絶対に。その為のクッションとして、富実樹殿下と、そして入れ替えられる子供を過去へと運び、記憶を書き換え、そして戻すという必要があります。――確かに、過去であれば、いつでも宜しい。けれど、万が一ということがあります」

「そんな……」

 つまりは、この老女の命と、未来と引き換えなのだ。

 そうしなければ、富実樹は護れないのだろうか?

 いいや、他にも方法があるはずだ。

 けれど、それを言おうとした由梨亜妾を遮って、ミーシャが告げた。

「富実樹殿下と入れ替える少女は、地球連邦の日本州に住まう貴族の娘、ほんじょうに決まりました」

「ニホン……? どこかで、聞いたことのある名前ですわ」

「ええ。そうでしょうね。……花鴬国では、王族のみが使用を許される文字がありますね。その文字は、数百年前に、他国からもたらされた物です。――開国前の、地球連邦が日本州、つまり、当時の日本国から」

 由梨亜妾の瞳が、大きく瞠られた。

「その文字が創られたのは、その隣の州であり、当時は国であった中華国です。ですから、元はその国へと行き着きます。けれど、花鴬国の者が、当時発見したばかりの未開の星へと――しかも、こちらの存在など、欠片たりとも知り得ない野蛮な国に興味を持ち、行き着いたのは日本国の方。ですから、その国がなければ、今とは違った世になっていたことでしょう」

 ミーシャは、由梨亜妾に微笑んだ。

「私は、その国に興味があるのです。許されるならば、行きたいと思っておりました。……けれど、日本国は既になく、あるのは日本州という州です。ですから、許されるのであれば、『時渡り』をしてでも行きたいと思っておりました。けれど、『時渡り』は、厳しく制限されております。このことがなければ、私の夢が叶うことはなかったでしょう。――私は、自ら望んで『時渡り』をするのです。妾様がお気になさることはありません」

 ミーシャはそう言うと、峯慶を振り返り、峯慶が頷くのを確認して由梨亜妾に向き直った。

「妾様。富実樹殿下を地球連邦へお送りするのは、明後日となります」

「あ、さって……? そんなに早く、連れて行くのですか?」

「はい。出生届の期日がありますので、明後日となります」

 由梨亜妾は、富実樹を抱き上げた。

「そう、ですか……分かりました。ありがとう御座いますわ」

「それでは、失礼致します、妾様。また、明後日」

「はい」

「由梨亜妾、私も、執務に戻らねばならない」

「そうですか。峯慶殿下、ありがとう御座いました」

「いいや」

 短く挨拶を交わしたのち、峯慶とミーシャは部屋を出て行った。

 それを無言で見送った由梨亜妾の頬に、一筋、涙が零れた。

 腕の中の富実樹へと、それが伝い落ちる。

 それで目を覚ましたのか、富実樹はむずかって泣き出す。

 けれど、それでも、由梨亜妾の瞳からは、涙が零れ落ち続けた。

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