―私達の家族―2
「こらあ! 待て、美央菜っ!」
「へっへ~。追い付けてないくせに何を言うの!」
「馬鹿言うな! 確かにあんたの方が足は速いけど、持久力はあたしの方が上なんだからねっ! 時間を掛ければ追い付く! ほ~ら、もう息切れしてるでしょ? はあはあ息の音が聞こえるよ~?」
「げ、この化け物並みの体力持ち、策士!」
「何が『化け物』で『策士』よ! どうせあんたなんか瞬発力しか取り柄ないんだから!」
「~~~もうっ! こうなったら、稟香が追い付く前に路地に入ってやる!」
美央菜は叫ぶと、ぐんと走る速度を上げた。
周りの人は、驚いたように立ち止まって目を瞠っている。
その中を美央菜と稟香は疾走していた。
最早、ほとんど周りなんて見えていない。
それが悪かったのか、美央菜は突然目の前に飛び出して来た女性に正面衝突し、稟香はあと美央菜までもう少しというところで、背後から急に腕を引っ張られて背後にいた人物に寄っ掛かった。
美央菜は正面の女性を、稟香は背後の人物を見て、大きく目を瞠ってほぼ同時に叫んだ。
「お母様っ?!」
「何で、お母様! さっきまで柚希夜小父様の家にいたはずじゃっ!」
「ふふ。あんたがこのお母様を出し抜こうなんざ、百年早いのよ!」
胸を張って言う千紗に、由梨亜が突っ込んだ。
「な~に自分の手柄みたいに威張ってるのよ、千紗。睦月に車回してもらったんでしょうが」
何のことはない種明かしに、稟香は千紗に腕を掴まれたままがくりと肩を落とした。
「なあんだあ……。って言うかお母様、痛いからそろそろ腕放してよ」
「駄目。……あんた達、追い駆けっこしてたわよね? 周りの人のこと、考えないで。だから、美央菜は由梨亜に衝突した訳だし」
その言葉に、二人は押し黙った。
「まあね? もしこれが家とか公園とかだったら、あたしも黙認したけど……ここ、公道だよ? しかも花鴬国の首都、シャンクランの。あんた達の行動が、どんだけ人の迷惑になったと思ってんの? それ、分かってる? 十七歳にもなって、あんた達はまだそんな子供なの?」
母の辛辣な言葉に、二人の眉が下がって行く。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさあい……」
「全く、ちゃんと反省しなさいよ? こんな所で暴走して。ここには斉朗も悠聯も杏璃もいるのに。年上の自覚がないわ」
由梨亜がしたり顔で頷きながら言うと、千紗に呆れたように睨まれた。
「は? 『暴走』って、それこそ由梨亜には言われたくないと思うんだけど? あたし達が大学入る前の、ほら、通信あったじゃない」
「ああ……あれ? ちょっと面白かったけど」
「だから、あそこで由梨亜暴走しまくってたじゃん! あ~んな緊迫した場面だったのに、ウインクするわ爆笑するわ……ほんと、あたしが止めてなかったら放り出されてたよ」
千紗に唇を尖らせて言われ、由梨亜もむっと顔を顰めた。
「別にいいじゃないの。あれくらいの暴走」
「良くないから言ってんじゃん」
二人が睨み合っていると、睦月と香麻に溜息をつかれた。
「お前らこそ好い加減にしろよ? 何でここで喧嘩しなきゃなんないんだよ」
「それに、俺らを引き回してショッピングがしたいって言ったのは一体誰だ? お前らだろうが」
その言葉に、二人は詰まってふいと顔を背ける。
その様子は、娘とそっくりだ。
「本当、富実樹御姉様も千紗さんも、娘さんとそっくりですわ」
ころころと些南美が笑って言うと、千紗も由梨亜も嬉しそうな顔をする。
「へへ。やっぱり似てる?」
すると、何故か些南美ではない違う人物が答えた。
「ええ。特に千紗さん、貴女と稟香は、他人に対する失礼さがとてもそっくりですわ」
千紗は半眼になって振り返ると、目深に帽子を被った女性に不機嫌そうに言った。
「ねえ、何であんたまで来てるの? いいの? ここ、お膝元だけど」
「ええ。だからこそ、分かりにくいように服装と髪型を変えております。これでも、時々は抜け出して来ているのですよ? けれど、一度もばれたことはありませんわ」
「でも、護衛は?」
「ご心配なく。他人からは気付かれない程度に離れてずっと着いて来ておりますから」
その抜かりない答えに、千紗は目を眇めた。
「……へ~。でも、わざわざ王様がこんなとこに来るなんて普通思わないから、いい隠れ蓑になってるのかな?」
「ええ、恐らくは」
富瑠美はそう答えると、由梨亜に向き直った。
「御久し振りです、御異母姉様。暇を作って来てしまいましたわ」
「ふうん? 結構やるじゃない、富瑠美」
由梨亜がにやりと笑うと、富瑠美も悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ええ。だって、御異母姉様と御会いするなんて、一年振りですもの。少しでも早く御会いしたくて、来てしまいましたわ。勿論、杜歩埜にも些南美にも、斉朗にも悠聯にも杏璃にも御会いしたかったのですけれど」
富瑠美ににっこりと微笑まれて、斉朗と悠聯と杏璃はにこりと笑った。
「御久し振りです、富瑠美伯母様」
「ええ、御久し振り。それより……斉朗。『あのこと』なのだけれど……どうかしら? なる気はある? もし貴方になる気がないと言うのなら、強いて勧めはしません。けれど、もし貴方になる気があると言うのならば、わたくしは貴方を推挙致しましょう」
真剣な顔をして斉朗を見詰める富瑠美に、斉朗は迷うように視線を泳がせた。
「……でも、それならば、候補は他にもおられるではありませんか? それに、順番で言えば僕よりも父上の方が先です」
いつの間にか、道端で真剣な会話を交わし出した二人に、他の千紗達も真剣な顔になった。
二人が、一体何を話しているのかが、分かったから。
……まあ、本来は、こんな往来で話すべきことではないのだが。
「ですが、王と鴬大臣は対になるもの。わたくしは、最初は鴬大臣でしたが、のちに御異母姉様から王位を頂きました。そして、わたくしの鴬大臣には異母妹の麻箕華が就きました。……確かに、順序で言えば、次は杜歩埜です。けれど、兄弟で三代も王位を譲り渡すのは、今までにほとんど前例が御座いません。そして、杜歩埜が王になった時、鴬大臣になるべき人物は、いないのです。皆、それぞれに仕事を持っておりますので、突然鴬大臣にされても困るでしょう。だから、わたくしの次は、貴方方甥姪の代となるのですわ」
その言葉に、斉朗は迷うように瞳を揺らした。
「でも……それならば、何も僕じゃなくてもいいじゃないですか。僕より年上の従兄姉だっていますし、そもそもの順序で言えば、僕よりも、莉衣奈や美央菜の方が正統ではないのですか?」
「確かに、順番で言えばそうです。ですが、御異母姉様は今現在も『行方不明』ということになっておりますので、莉衣奈と美央菜は、そもそもの段階で対象外ですわ。そして、甥姪達を見比べた時、血筋的にも能力的にも、次代に相応しいのは、斉朗、貴方ですわ」
富瑠美は、斉朗を強く見据えて言葉を重ねた。
「それに、年齢的にも、貴方の年齢がちょうどよいのです。貴方がもし浪人せずに四年制大学に入学すれば、わたくしが王位にいられる期限のぎりぎり最後の半年前に、貴方は大学を卒業することになりますわ。……貴方よりも年下の、例えば悠聯が王位に即くとなれば、飛び級してもらうか大学を諦めてもらうかのどちらかしか、選択肢は御座いません。……いくら何でも、王様業と学生の両立は不可能ですわ」
その現実的な王の言葉に、斉朗は唇をぎゅっと噛み締めた。
(続)