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―私達の家族―1

本編第Ⅲ部~心の置き場所は~終章の後の話です。

 明るい陽射しが燦々と降り注ぐ、休日の朝。

 そんなのどかな空気に、少女の怒声が響いた。

「待ちなさい、っ! あんた、何仕出かしてくれてんのよ!」

「待てって言われて大人しく待つ人なんていないでしょ? 馬鹿なお姉様~」

 美央菜はふざけたように笑いながら、手すりを飛び越えて階段を飛び下りた。

 スカートの下にレギンスを履いているから、下に人がいても気にすることはない。

 それに対して、の方はワンピースを着ていて、美央菜のように階段を飛び下りることができない。

 いや、仮に下に何かを履いていたとしても、莉衣奈の性格上、このかなりの段数の階段を飛び下りることは躊躇しただろう。

 そして、そこまで活発でないのだから、仮に飛び降りたとしても怪我をするのが関の山だ。

「あ、こら、美央菜っ! どこ行くのよ!」

 扉を押し開く美央菜に、莉衣奈が階段の上から怒鳴る。

「えっへっへ~。意地悪なお姉様には秘密! ゆう兄様といちゃこらしてればいいのよ!」

「なっ……!」

 妹の暴言に莉衣奈が唖然としているうちに、もう姿が見えなくなってしまった。

「あんの……マセガキがっ! まだ十七歳のくせにっ……!」

 ほんじょう家のご令嬢が発するには、あまりにも汚い言葉である。

 けれど、莉衣奈の言葉を聞く人は、ここには誰もいなかった。




「……いくら姉上の娘でも、そうここを避難所にされたら困るんだけどね……」

 深い溜息をついて言う壮年の男性に、美央菜はにっこりと微笑んだ。

「いいでしょ? 叔父様。それに、フェミシアとルーレンにも会いたかったんだもん。わ~、フェミシア、おっきくなったねえ! ルーレンも! 前に来た時は、まだ歩けるか歩けないかってくらいだったのに!」

「それはそうよ、美央菜姉様。ルーレン、前に姉様達と会った時、まだ一歳になってなかったもん。ルーレン、今は二歳なのよ? 歩けるもん」

 八歳になったフェミシアが胸を張って言うのに、美央菜は思わず笑みを洩らした。

「そうだよねえ、もう一年以上前だもんね、前に会ったの。しっかりお姉ちゃんやってる?」

「うん。そうよ。私、お姉様なんだもん」

 そう言って益々胸を張ってお姉さん振るフェミシアに、美央菜だけではなく、柚希夜もフェミーアも微笑んだ。

「そう、その調子よフェミシア。ちゃ~んと弟の面倒見てあげるんだからね?」

「うん、分かった!」

「それに、ルーレンって凄い可愛いでしょ? 変質者とか、柚希夜叔父様の地位に目が眩んだ間抜けに浚われないように、頑張って護身術を身に付けなきゃね?」

「分かった、頑張る!」

「そう、そう! フェミシアだって可愛いんだもん。変な男が近寄ってきたら、問答無用で股間蹴っ飛ばして逃げるのよ?」

 美央菜の言葉に、フェミシアはきょとんと目を瞬いた。

「コカン?」

「うん。お腹もいいけど、鍛えてる人とかぶくぶく太った人だとあんまり意味ないし、脛もいいけどあんまり威力がないの。男を黙らせるには、股を蹴っ飛ばすのが一番よっ!」

「分かった! でも、そんなに痛いの?」

「ええ、痛いらしいわ。詳しくは柚希夜叔父様に訊いてみるといいかもね」

 その言葉に、柚希夜の顔が引き攣った。

「うん、後で聞いてみる!」

「あ、それと、ルーレンがおっきくなった時は、女にも気を付けなきゃ! ルーレンが女の人に襲われないように、ちゃんとフェミシアが護ってあげるんだよ?」

「うん。でも、どうして女の人に襲われるの?」

「えっとね、柚希夜叔父様もだけど、ルーレンって叔父様に似て、顔が綺麗でしょ? 女の人って、そういう人と付き合いたいって思うの。でも、大抵そういう人って顔しか見てない最悪な人間だから、ちゃんとお姉様が護ってあげなきゃ駄目なの! でも、フェミーア叔母様みたいな人は、遠ざけなくっていいからね? むしろ、そういう人をルーレンに紹介するのよ。それがお姉様としての義務よ!」

「うん、分かったっ!」

 どんどんと違う方向へと暴走する会話に、柚希夜もフェミーアも顔が引き攣り、浮かべる笑みもぎこちない。

 唯一、何も分かっていない様子で、フェミーアの膝の上に乗ったルーレンは、きょとんと目を瞬いている。

 フェミシアは、きりっとした顔でルーレンの前に立つ。

「ねえちゃ?」

 ルーレンは、そびえ立つ姉を不思議そうに見上げる。

 そのルーレンを、フェミシアはがしっと抱き上げた。

「ルーレン! 私、頑張るから! ルーレン護るから!」

 そして、ルーレンを抱き上げたままぐるぐると回り出す。

 それを見て、慌てて柚希夜は傍の椅子やコップを退けた。

「こら、フェミシア! 危険だろう!」

 柚希夜が声を上げても、フェミシアは全く聞かず、広いスペースに躍り出ると、益々ぐるぐると回った。

 ぐるぐると回されるルーレンからは、きゃー、やー、という歓声が上がる。

 やがて回り過ぎたのか、フェミシアがその場にへばった。

「うー、気持ち悪いぃ……」

 そう言いながらも、弟はぎゅっと腹の上で抱き締めて手放さないのはむしろ天晴れだ。

 ルーレンは、大好きな姉に遊んでもらえたのが嬉しかったのか、目を回した様子も見せず、きゃあきゃあと声を上げて手足をばたつかせた。

 どうやら、もう一回やってほしいようで、しきりにフェミシアを呼びながら叩く。

 それを見兼ねたフェミーアは、娘の腕から息子を取り上げた。

「あー!」

「やー!」

 フェミシアは目を回して臥せったまま、ルーレンは母の腕に抱き上げられた状態で声を上げた。

「もう好い加減にしなさい。もしうっかり落としたりぶつけたりして、怪我をしたらどうするつもりだったの?」

 声は荒げてはいないが、しっかりと厳しい母親の声に、フェミシアは不貞腐れたように頬を膨らませた。

「だってえ……」

「だってじゃないの。フェミシア?」

「…………ごめんなさい。ちゃんと気を付けます」

 小さな声で言ってそっぽを向く娘に、フェミーアはにっこりと微笑んで膝を付いた。

「うん、いい子ね、フェミシア」

 柚希夜も、フェミシアの頭の近くにしゃがみ込んだ。

「ほら、フェミシア。そろそろ起きなさい。ずっと寝てたら背中が痛いだろ? ほら……。ああ、全く、服が汚れてるじゃないか。これからは気を付けなさい。いいな?」

「は~い……」

 フェミシアは、父に抱き上げられた状態で頬を膨らませた。

 けれど、しっかりと柚希夜に抱き付いているところを見ると、彼女は父が嫌いな訳ではないのだろう。

「ああ、それと。美央菜」

 いきなり柚希夜の矛先が向かって来て、美央菜は目を白黒させた。

「どうしてお前はフェミシアを煽ったんだ? そんなことをして何になる。面白半分に子供をからかうな。子供に冗談は通用しないんだ。全部完全に本気に取られたら、そして何かが起こったら、お前はどういう風に責任が取れるんだ?」

「柚希夜叔父様、それは…」

 美央菜は、思わず唇を噛んだ。

「取れないだろう? もっとちゃんと考えてから行動しろ」

 三十代という若さにして大学教授になった柚希夜は、ちょうど美央菜くらいの年齢の子供のあしらい方が完璧で、決して柚希夜を論破できない美央菜は唇を尖らせた。

「や~、凄いねえ。柚希夜。しっかりお父さんだよ。柚希夜がちゃんと『お父さん』やれてるかどうかちょっと心配だったけど、杞憂だったみたいだね」

 突然声を掛けられて、美央菜達は驚いた。

「あれ、小母様? いつの間に来てたんですか?」

 美央菜が目を瞬くと、千紗はにっこりと笑った。

「う~ん、美央菜がフェミシアに高説を垂れていた頃からかな?」

 その言葉に、美央菜の顔が引き攣った。

「ってそれ、ほぼ最初っからじゃないですか! でも千紗小母様、今日はお母様や叔母様と一緒にお買い物するんじゃなかったんですか?」

「ん~? そうだよ? あたしはちょっと抜け出して来ただけ。りんに連絡貰ったからね」

 言われてみれば、確かに稟香も出掛けていなかったような気がする。

 莉衣奈をやり込めた時には見掛けなかったから、恐らく部屋で聞いていたのだろう。

「んもう、稟香ったら……!」

「あたしが何か?」

 ひょっこりと千紗の背後から稟香が顔を覗かせ、美央菜は絶句する。

「ちょ、稟香?! あんたまで来てたのっ?」

「うん。だって、あたしがいなくなったら、あそこにはお兄様と莉衣奈姉様だけになるでしょ? 莉衣奈姉様はお兄様が好きだし、お兄様だって、ポーカーフェイスだけど満更でもなさそうだし。だったら、二人っきりにしてあげた方がいいんじゃないかなって」

「稟香、いい! 気が利いてるじゃん!」

 美央菜が誉めると、稟香は胸を逸らしてえばった。

「へっへ~。頑張ったでしょ! ついでにお兄様に、『これで莉衣奈姉様と二人っきりだね』って言って来たんだ~」

「何よ、やるじゃない稟香!」

「そうでしょ、もっと誉めて誉めて~!」

「うん、稟香にしては(・・・・・・)、よくやったわよね」

 美央菜の言葉に、稟香は額に青筋を立てる。

「うん? 今、何て言った?」

「だから、稟香にしては(・・・・・・)、よくやったわねって言ったの」

あたしにしては(・・・・・・・)……? ふうん、美央菜、あたしに喧嘩売ってんの?」

「ふふ?」

 意味深な笑みを浮かべる美央菜に、稟香はにっこりと笑った。

「ふうん? あんなに柚希夜小父様に叱られといて、そんなことするんだ。ふうん……?」

 その言葉に、美央菜の顔が引き攣る。

 恐らく、稟香は千紗と一緒に来たのだろうから、自分が柚希夜に叱られたところも見られたということだ。

 そのことが、酷く癪に障る。

 二人は、すぐに睨み合いに入った。

「……ねえ、美央菜。ここじゃ、狭いよね?」

 稟香の不気味に静かな言葉に、美央菜も応えて皮肉気な笑みを浮かべる。

「……じゃあ、稟香。あんた、私を捕まえられるかしら? 私の方が足も速いんだもの。捕まえられる訳ないわよね? 所詮、稟香だもの」

 美央菜はそう言うと、ぱっと身を翻して駆け出した。

「あ、こら、待って! 美央菜っ!」

 稟香は怒鳴ると、慌てて美央菜の後を追い掛けて行く。

 その様子を見て、千紗は腹を抱えて笑い転げた。

 そのあまりにも緊張感のない様子に、柚希夜はやきもきして声を上げる。

「……いいんですか? 行かせて。ここは地球連邦ではなくておうこくですよ? もし迷ったら……」

「はは。大丈夫大丈夫! あの子達だって、何もこっちに来るのが初めてじゃないんだし。そもそも、迷ったら人に訊けばいいのよ。それが分かんないくらいの子供じゃないし。まあ、一応()達に回収頼んどいた方がいいかな?」

 千紗はそう言うと、携帯端末を取り出し、メールを打つとそのまま仕舞った。

 柚希夜は、そのあまりにも無造作な態度に、頭を抱える。

「……返事、確認しなくてもいいんですか?」

「ん? 大丈夫だよ。由梨亜も些南美もいるし、いざとなったら睦月むつきこうが回収してくれるもん。まあ、周りの人に怪我がない程度に収めてくれればいいなあ……。稟香も美央菜も、ああなったら周りが見えなくなっちゃうから」

「……それ、二人も富実樹姉上と千紗さんには言われたくないと思いますが……」

「ん? 何か、言った? 柚希夜」

 千紗が凄みを利かせてにっこりと笑うと、柚希夜は顔を凍り付かせて目を逸らした。

「いいえ、何にも……」

 そう、どうしても、本当にどうしても、柚希夜はこの千紗と由梨亜には、不退転の覚悟と意地を持たない限り、なかなか逆らうことができないのだった。

 そして、内心深い溜息をつく。

 この非常識な姉やその親友や子供達と一緒にいると、自分が唯一の常識人で突っ込み要因に思えてならない。

 しかも、かなりこちらの精神力が擦り減ってしまうのだ。

 妻のフェミーアは自分と同じように常識人属性なので、一緒に暮らしていても心労はないのだが、この頃娘のフェミシアが、稟香や美央菜の(嫌な)教育にどっぷりとのめり込んでしまっていて、どんどん二人と同じようなトラブルメーカーになってしまいそうで怖い――と言うか、既にその片鱗が見え始めているのが恐怖だ。

 そして――言い掛かりかも知れないが、その遠因は、稟香の母親でもある千紗にもあると思えてならない。

「そう? ならいいけど。じゃ、そろそろあたしも行くわ。由梨亜達には前から回り込んでもらって、あたしは後ろから回り込むって約束なのよ。じゃあまたね、柚希夜、フェミーア。フェミシアとルーレンも、またね」

 千紗に頭を撫でられて、フェミシアとルーレンは嬉しそうに笑った。

「ねえ、千紗小母様! 明日、遊びに行ってもいい?」

 フェミシアに目を輝かせながら訊ねられて、千紗は少し考えた後に頷いた。

「うん、いいよ。みんなには、残ってるように言っとくから。ちゃ~んとお父様に連れてってもらうんだよ? 一人で来ようとは思わないこと。危ないからね?」

「は~い! ね、みんな、あのお屋敷にいるんだよね? え~っと、小母様達の……べ、べっ……」

「別荘?」

「そう、それ!」

「うん、そうだよ」

 千紗は、にっこりと微笑んだ。

 千紗達は、大学生の頃からしょっちゅうこちらに来ていた。

 時にはうんきょう家の面々と会う為に、時には商談の為に。

 けれど、そのたびにホテルを取っていたのでは非効率だということで、家を一つ買っていた。

 勿論、しょっちゅうこちらにいるという訳ではないので、短期の滞在者を泊めて賃貸料を取り、有効活用しているのだが。

「じゃ、またね」

 千紗はそう言って柚希夜の家を出ると、うんと伸びをした。

「さ~てと。我儘娘達の回収にでも行きますか」

 そして、焦る様子もなく歩き出した。



(続)

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