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―不運な王子の恋愛奇譚―6

、おめでとう。乾杯」

 フェミーアににっこりと微笑まれながら言われて、柚希夜も頬を緩めた。

「ありがとう、フェミーア」

「ふふ、どう致しまして。でも、凄いじゃない。まだ三十歳になったばかりなのに、准教授って」

「そんなに凄くないよ。俺よりも若くして准教授になった奴なんて、それこそ世界中に沢山いるさ」

 柚希夜が肩を竦めて言うと、フェミーアは頬を膨らませた。

「それでも! 私が柚希夜を褒めたいんだから、大人しく受け取ってよね? それにしても、今日ラルスが来れなかったのは残念だわ。折角のお祝いなのに」

 不貞腐れたように言うフェミーアに、柚希夜は苦笑した。

「いや……俺は、どっちかって言うと、あいつには来てほしくなかったな。今日は、フェミーアとのお祝いだから。あいつがいたら、台無しになるだろう?」

「そうかも知れないけど、お祝いは大人数で楽しい方がいいじゃない。ラルスだって、きっとそう言うはずだわ」

「……まあ、あいつが言いそうなことだな……」

 柚希夜は呟くと、フェミーアと顔を見合わせて吹き出した。

 その笑いが一通り落ち着くと、柚希夜はふと首を傾げた。

「そう言えば、フェミーア。ラルスのこと、この前まで『ラルス先輩』って呼んでなかったか? 何で、いきなり呼び捨てに?」

「え? だって私、昇進してラルスと同じポジションになったんだもん。いくら向こうの方の入社が早くって年上でも、地位で見れば同僚でしょ? それに、ラルスは友達だし、『先輩』って付けるのが馬鹿らしくなっちゃったの」

 そう言ってくすくすと笑うフェミーアは、欲目を差し引いても可愛らしい。

 いつもは利用しない高級なレストランだから、ここの客層はそこそこ上であるはずなのに、ちらちらとこちらを窺う視線を感じるくらいなのだ。

 柚希夜は、可愛らしく笑うフェミーアを見て、益々頬を緩めた。

 他人とは違って、柚希夜だけは、いつまでも彼女を見ていたって咎められることはない。

 何故なら、フェミーアは、自分の彼女(・・)なのだから。

 柚希夜は、フェミーアと付き合いだした当初を思い出して、思わず遠い目をした。

 取材を切っ掛けとして仲良くなった柚希夜とラルスとフェミーアは、三人で頻繁に遊びに出掛けていた。

 出会ったきっかけはよく憶えてはいるが、恋に落ちたきっかけは、よく憶えていない。

 いや、むしろ、少しずつ積もったような感じだから、具体的なきっかけなどはないのかも知れない。

 強いて言えば、彼女の言動や行動、仕草なのだろうか。

 そして、それは向こうも同じだったらしく、二年ほど前から付き合うようになった。

 だから、こうやって二人が出逢うきっかけを作ってくれたラルスには、本当に感謝していた。

 ……まあ、口に出して言えば絶対に調子に乗るのが分かっているから、決して本人には言わないが。

 それに、二人が付き合い始めた頃、二人を見てやけににやにやしているラルスを見て、柚希夜が不審に思って強く問い詰めたところ、

『いやあ、だってお前、何年彼女いないんだよ! フェミーアだったらお前と気が合うかなあって思っただけだって! 上手く行けば彼女になるし、駄目でもいい友達になるだろっ? むしろ、きっかけを作ってやった俺様に感謝しろっ!』

 と言われたので、問答無用でぶっ飛ばしてしまったほどに苛立ったということも、ラルスに本心を言えない理由の一つである。

「柚希夜……柚希夜、どうしたの?」

 フェミーアに顔を覗き込まれ、柚希夜ははっと目を瞬いた。

 こんな大事な日に嫌なことを思い出してしまったなんて、空し過ぎる。

「あ、いや、何でもないよ。……でも、お前が昇進したなんて、俺一言も聞いてないぞ? 何で言ってくれないんだよ」

「え? だって驚かせたかったから――て、あ! 私、今言っちゃったよね? あ~、驚かせたかったのになあ。柚希夜は昇格したけど、私も昇進したんだよって」

 唇を尖らせて唸るフェミーアに、柚希夜はくすくすと笑う。

「そういうのが、お前らしいよな」

「もう、折角驚かせたかったのにぃ。あ~、失敗。今日、あんなの聞いちゃったから、色々と飛んじゃったのかなあ」

 フェミーアの言葉に、柚希夜は首を傾げた。

「あんなのって?」

「ん? あのね、私の後輩の女の子が、でき婚で寿退職するんだって。もうそんな年齢なのかなあって思ったら、ちょっと落ち込んじゃった」

 そう言って肩を竦めるフェミーアに、柚希夜は苦笑した。

「そんな年齢って、フェミーアは二十七歳だろう? まだ充分若いじゃないか」

「だから、その私よりも若い二十五歳の子が結婚するんだよ? ちょっとショックだったなあ」

「――じゃあ、俺らも結婚する?」

 言葉としては短く、語調も気軽だ。

 けれど、その短い言葉を言うだけで、柚希夜の背に多量の汗が流れた。

「え……?」

 驚いたフェミーアは、大きく目を瞠る。

 柚希夜は、手に冷や汗を握って、真剣な顔でフェミーアの言葉を待った。

 ……こんな時なのに、何故か、の言葉が思い出される。

 そう、あれは、確か自分が大学生で、最初の彼女と別れた直後。

 好きになった人と結婚でき、子供までできた千紗が羨ましくて、そして、その時の言葉が印象的だったから、今でも憶えている。

『――逆を言えば、そういう風に粘れる強い(・・)人を見付けたら、絶対に手放さない。そういう人を逃したら、もう一回の機会なんて、回って来ないかも知れないんだから――』

 そう、フェミーアは、千紗の言葉を借りれば()かった。

 付き合った時は、そこまで踏ん張らなくても、彼女を手に入れることができた。

 けれど、それと結婚はイコールではない。

 付き合ったけれど結婚しなかった相手なんて、一体この世界にどれくらいいるのだろうか。

 恐らく、一国どころか一地方に限ったとしても、数えるのも馬鹿らしくなるほどの人数がいる。

 だから、柚希夜は必死だった。

 嫌になることに、自分の好みはラルスもよく分かっている。

 彼女は、見事にそこへ合致したのだ。

 もう逃したくないと、真剣に願った。

 フェミーアを、『彼女』として捕まえることはできた。

 二年間――友達でいた期間も含めれば、三年間も一緒にいたから、互いのことはよく知っている。

 その長い付き合いでも、柚希夜は彼女と別れたいとは思わなかった。

 だから、粘ら(・・)なくてはならない。

 手放してはいけない。

 何故なら、その機会は、もう二度と来ないかも知れないのだから。



(続)

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