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―不運な王子の恋愛奇譚―5

「え、ってことは……もしかして、国王陛下ってお姉様なんですか?!」

 ……今更、気付いたらしい。

「ええ、そうですよ。腹違いの姉です。それに、先王である姉上とは、母も同じです」

 の血筋が実はとんでもなく高いことを理解したのか、フェミーアの顔が蒼褪める。

「え、わ、私……」

 がたがたと震え出すフェミーアに、柚希夜が声を掛ける前にラルスが先に声を掛けた。

「大丈夫だって、フェミーア! こいつ、そういうの気にしない奴だから! むしろ王子扱いされるの嫌がる奴だし。そもそも、こいつが目立ちたくないって言ったり名前をぼかしてほしいって言ったりするのも、王族だってのが必要以上に広まりたくないだけなんだからさ」

 ……どうやら、いつの間にか復活していたらしい。

 起き上がったラルスを、柚希夜は呆れたように見上げた。

「ラルス、お前な……」

「だって、事実だろ? それに、何てったっけ? 名前忘れたけど、大学時代の女の子達からきゃあきゃあ言われまくってんのにさ、お前ずうっと仏頂面か作り笑顔だったろ? あれじゃあこっちも分かるっつうの」

「……皆が皆、お前みたいだったら、どんなに楽だったろうな」

 柚希夜は、聞き取れないくらいの小さな声で漏らす。

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何も」

 そう言い、柚希夜は微笑む。

 ラルスも、姉やその親友達も、同じような人間なのだ。

 相手を身分や姿形で見ない。

 けれど、大多数の人間は違った。

 ほとんどの人間――特に女達は、柚希夜の『王子』という身分で盛り上がり、整った顔立ちに歓声を上げた。

 もし、柚希夜がただの庶民だったら――そして、ここまで顔立ちが整っていなかったら、こんなに人が近付いて来ることも、必要以上に遠巻きにされることはなかっただろう。

 それを思うと、自分の血筋さえ苦々しく思う。

 けれど、それは仕方のないことであるし、否定しようとも思わない。

 今、柚希夜は自分の収入で暮らしているが、子供の頃には国でも最上の生活ができていた。

 そしてそれは、王室の財産の為ではあったのだが、その元手は、辿って行けば回りまわって国民の血税であるのだ。

 つまり、王家の血筋を否定することは、自身の子供時代の全てと、両親達及び祖先を否定するということになる上に、搾取された国民を愚弄するようなことになりかねないのだ。

 柚希夜は、この血筋に産まれたことは若干恨んではいたが、家族のことは愛していたので、それだけは――否定することだけは、決してする気になれなかった。

「んじゃ、取材大丈夫ってことでいいよな?」

 少し思索に耽っているうちに、ラルスとフェミーアの間で話がまとまったらしい。

「あ、ああ。構わない。ラルス、俺の連絡先を彼女に教えておいてくれ」

「ああ、分かった……って、お前名刺は?」

「面倒だから刷ってない。あんなのを、特に女に渡せば、どこに洩れるかも分からないからな」

 柚希夜が吐き捨てるように言うと、ラルスは顔を引き攣らせた。

「……お前、それでよく今までやってこれたよな……」

「別に、俺はただの助教だし、大して問題はない。それに、どうしても必要な時は、大学名と俺の名前だけ入れた名刺を渡してる。但し、連絡先は一切入れてないから、今ここで渡したって何の意味もないだろう?」

 あっさりと言い切った柚希夜に、ラルスもフェミーアも絶句した。

「……随分と、徹底してるんだな」

「当たり前だ。一度くらいストーカーされてみれば、俺の言ってることが分かるだろうよ。ああいう女の執念は本当に怖いんだからな。しかも、一人いなくなったと思ったら二人増えてる、なんてのが日常茶飯事だし。ゴミですら拾い集めるんだから、おちおちゴミも捨てられない上に、抜けた髪の毛の処理まで気に掛かって来る。それに、俺が何度か引っ越ししたのも、そういう奴らに家を付き止められて、しかもそいつらが集団で、徹底的なストーキング体制を敷いたからだ」

 その壮絶な言葉に、ラルスは目を逸らした。

「あー、やけに神経質だと思ってたら、そんな裏事情があった訳か……?」

「ああ。ついでに言うと、お前にやたらとたかってた女達。あれ、お前目当てじゃなくって俺目当てだったぞ。あわよくば、お前から俺の情報や連絡先が洩れて来ないかって狙ってた」

 その言葉に、ラルスは絶句して凍り付いた。

「…………マジ?」

「マジだ」

 柚希夜が断言すると、ラルスはその場に崩れ落ちた。

「俺のモテ期…………」

「残念だったな。純粋にお前目当てに近付いた女を、遺憾ながら俺は知らない。……用事は済んだだろう? とっとと帰れ。――キャメロンさん。では、また」

「あ、はい。失礼しました。後でご連絡させて頂きますので、宜しくお願いします」

 フェミーアはぺこりと頭を下げると、そそくさと部屋を出て行った。

「全く……お前は帰らないのか?」

 柚希夜が呆れたように睨んでも、どこ吹く風でラルスは飄々としている。

「ああ、うん。後で、教授陣に挨拶でもしようかなって思ってたからさ」

 その言葉に、柚希夜の眉が跳ね上がる。

「後でって、まだ居座る気か?」

「おう。今日は直帰で大丈夫って許可貰ったからな。それに、今日の報告もフェミーアに任せたし。……この世界で有名な若手のお前と繋ぎを取れたんだ、これでも俺、結構部内の評価は上がってるんだぞ?」

「はあ……友人を売るのか? お前」

「何とでも言え! 俺は、俺の評価を上げる為には手段を選ばない!」

 ばんと胸を張って宣言するラルスに、柚希夜は苦笑する。

『手段を選ばない』とは言っても、ラルスが連れて来たのは、柚希夜の身分や顔で一喜一憂する子ではなかった。

 いくら計画の発案者でも、そんな少数派(・・・)の子をわざわざ連れて来たのだから、だいぶ柚希夜に気を遣っているというのは分かってしまう。

 だが、それをわざわざ言うほど柚希夜は幼くなかったし、自尊心も低くはなかった。

 だから、別のことを言った。

「それにしても、どうしてお前がわざわざ連れて来たんだ? 敢えてお前が来なくても、彼女にやらせれば良かっただろうに。俺よりも若いだろうけど、入社したてではないんだろう? 企画を任せられるくらいなんだから」

 わざと呆れたように言えば、ラルスは胸を張って柚希夜を見下ろした。

「勿論、俺の評価を上げる為に決まってる! この世界、文章力と人脈と愛嬌さえあればのし上がれるんだからな。ここで俺の人脈力を示しておいて、損はないだろう?」

「そんなことかよ……」

 柚希夜は額を押さえた。

「だーってなあ、いいか? 王子のお前と知り合いってことは、もしかしたら、俺とお前を通した上で、他の王族に独占取材できるかも知れねえじゃねえか! 俺、お前と知り合いだーって言った時から、芸能関係の部長から勧誘が掛かりまくりだし!」

 柚希夜は、胡乱気な目でラルスを見上げる。

「……お前、そっちに移籍する気か?」

 もし、彼がそのつもりなら――

「まっさかあ! 俺は今まで、経済一本でやってきたんだぞ? 今更畑違いに移っても、失敗するのは目に見えてるさ。特に、『経済』と『芸能』なんて、全く別物だろ? まだ環境系なら分かるんだけどなあ。俺に芸能は無理さ」

「……そうか」

 どうやら、ただの自分の杞憂だったようだ。

 もし、誰かが自分を利用して兄姉達に繋ぎを取ろうというのであれば、それが誰であろうとも袂を分かつ覚悟があった。

 一体何が、彼らの害になるのかも分からないのだ。

 特に、二番目の異母姉あねであるは、国王ということもあり、彼女に繋ぎを取ってくれと言い出す人間は、冗談半分の者も含めれば数え切れない。

「何だ? 俺、そんなに信用ないのかよ。確かにお前が警戒すんのも、仕方ないっちゃあ仕方ないけどさあ。それにお前、もしフェミーアだけが来て俺が付いて来なかったら、取材受けようとしなかったろ? どんなに善人に見えたって、中までそうとは限んないしさ。お前が、見ず知らずの人間を簡単に信用するとも思えない」

 やけに真剣な顔に、柚希夜は思わず顔を逸らした。

 確かに、自分は用心深い。

 それは、足元を掬われたくないからだ。

 自分の父の仇とも言える男に騙されたというのも、そのきっかけの一つであろうか。

 それに、それが他人から見れば『神経質』に見えるのも、柚希夜は知っていた。

 けれども、直そうとは思わない。

 だって、それがなければ、自分はただハイエナ達に利用されるだけの存在に成り下がるだろうから。

 そうなるくらいだったら、自分は他人に良く思われない方を選ぶ。

 それが柚希夜の自衛手段であり、兄姉達を護る手段でもあるのだ。

「……別に、それの何が悪いんだよ」

 不貞腐れたように呟くと、ラルスは可笑しそうに笑った。

「いいや? 別に悪くなんかないさ。お前みたいに女にもてる奴は、自己防衛も必要だろう?」

 その言葉に、柚希夜は渋面を作った。

 確かにその通りではあるのだが、他人に言われると、何故か気に食わない。

「さて、と。んじゃ、久し振りに飲みにでも行くか?」

 脈絡のない言葉に、柚希夜は唖然とする。

「……何だよ、いきなり」

「だってさあ、久し振りだろ? こうして会うのも。だから、飲みに行かねえか? フェミーアも呼ぶし。ほら、親交を深めた方が、よりインタビューがやりやすくなるだろ?」

「……何でそうなる」

 顔を引き攣らせる柚希夜に、ラルスはにやりと笑った。

「いいじゃんかよ。とにかく楽しめればそれでいいんだ! じゃ、お前の仕事が終わるまで、俺はちょっと教授達に挨拶でもしてくるかなあー。あ、じゃあ飲み会は決定でいいよな? フェミーアには俺から連絡するからな。報告で戻ってるから、まだ会社かな?」

 ラルスはぶつぶつと呟きながら部屋を出て行ってしまった。

 柚希夜は、しばらく呆然とそれを見送っていたが、自身の机に目を戻した時、やりかけの仕事を思い出して真っ蒼になった。

 レイヴェル教授はしょっちゅう仕事を押し付けて来る上に、それが完璧でないと拗ねる(・・・)のだ。

 いい大人――どころか、既に老齢に差し掛かっている年齢なのに、彼は一度拗ねると機嫌を取るのがとても大変で、柚希夜も何度かお菓子を買いに走らされた。

 そして、それが気に入らないと言われ、何度も駄菓子屋やスーパーを往復したのは、今でも苦い思い出だ。

 唯一ましなのは、柚希夜が買って来たお菓子の代金は、全てレイヴェル教授の自費になったということだろうか。

 いや、それくらい向こうが持ってくれないと、やってられないと思うのも仕方ないだろう。

 うん、そうだ、自分はどこも可笑しくない。

 柚希夜は冷や汗を掻きながら深い溜息をつくと、再びコンピューターを立ち上げて、ミスをしないよう慎重に、けれども素早く仕事を進めていった。



(続)

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