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―不運な王子の恋愛奇譚―3

「ねえ、あんた達」

 突然()に声を掛けられて、女子達はびくりと体を震わせた。

「な、何よ、あんた!」

「私達、今王子様と話してるのよ?!」

「邪魔しないでよね!」

 口々に声を上げる女子達に、千紗は眉を寄せて言う。

「じゃあ言うけど、今、あたしが、と話してたの。それを邪魔したのはあんた達でしょう? 人の邪魔なんかしないで、さっさとご飯でも食べたら?」

「ちょっと、あんた生意気よっ!」

「邪魔したのはあんたでしょう?!」

「そもそも、王子様のことを名前で呼ぶなんて、不敬だわっ!」

 ぎゃあぎゃあとやかましく喚かれて、千紗は片耳を押さえた。

「あ~、煩い。だから、あたしが先に話してたって言ってんでしょうが。それにあたし、友達は名前で呼ぶ主義なの。ついでに言えば、あたしはこの国の人間じゃないし、友達を名前で呼んで『不敬』って言われる理由が分からないわ。『不敬』って言うなら、そっちの方が不敬でしょ? 人の迷惑も考えないで、勝手にぺらぺらぺらぺらと」

「何ですって?!」

「そっちにそんなことを言われる理由が分からないわよ!」

「そうよ! そもそもあんた、どこの学部の誰よ!」

 やかましく騒ぎ立てられて、元々周囲には人があまりいなかったのに、更にその人数が減った。

「だから言ったでしょ? あたしは外国人だって。ついでに言えば、ここの大学の学生でも何でもない。ただの辺境出身の貴族で、大卒の社会人。何か文句でもある?」

 千紗に睥睨されて、女子達は詰まる。

 恐らく彼女達は庶民出なのだろう、貴族だと言った千紗に、明らかに怯んでいる。

 けれど、威勢を取り戻した一人が更に喚き立てた。

「ちょっと、あんた! じゃあ何、王子様を狙ってでもいるの?! 辺境の貴族ごときが、このおうこくの王家の血筋でも狙ってんの?!」

 その言葉に、他の二人も勢いを取り戻し、ぎゃあぎゃあと喚かれる。

「煩い! ちょっとは黙って人の言うことでも大人しく聞きなさいっ!」

 立ち上がった千紗に怒鳴られて、彼女達は瞬時に黙り込む。

 千紗の気迫に押されたのか、それとも碌に叱られたことがないのか、はたまたその両方か。

 黙り込んだ三人を見渡し、千紗は溜息をついて言った。

「まず一つ。あたしと柚希夜はただの友人同士。二つ。あたしは既に結婚してる。……これで柚希夜を狙ってるとか、浮気になるから無理。あり得ない。そもそもあんた達、人に対する態度がなってないわ」

「で、でも……結婚してる証拠なんて!」

 動揺がそのまま現れているように、その声は震えていた。

 自分が結婚しているということすらも疑われ、千紗は既に溜息も出なかった。

「証拠、証拠ねえ……。まあ、見れば分かりそうなもんだけど?」

 千紗が首を傾げて言うと、少女達は顔を顰めた。

「な、何よ! そんなの分かんないじゃないの! ここは花鴬国なんだから、辺境の風習なんか言われても、分かりっこないし!」

「……そういうことじゃないんだけどなあ。あたし、今妊娠(・・)してるんだけど、見て分かんない? お腹だって、もう出て来てるし」

 その言葉に、少女達は凍り付く。

「だから、あたしが柚希夜を狙ってるとか、そういう見当違いの言い掛かり、やめてほしいのよね。ってことで、さっさとどっか行ったら? あんた達、すっごい目立ってるけど」

 少女達はそれで冷静になったのか、慌てて辺りを見回し、自分達がとても注目されていたことに気付くと、そそくさとその場を立ち去った。

 少女達の姿が見えなくなってから席に着き直した千紗に、柚希夜は疲れたように声を掛けた。

「千紗さん、撃退ありがとうございます。俺だと、いくら言ってもまとわりついて来るばっかりで。……それにしても、やっぱり赤ちゃんいたんですか?」

「え、うん、そうだけど……柚希夜も気付かなかったの? 可笑しいな、もう六ヶ月になってるんだけど……」

「いや、その……マタニティードレスって言うんですか? 凄いゆったりした服を着ているので、ちょっと分かりにくくて……」

「ふうん……もう元気に動くくらい、おっきくなってるのになあ……」

 千紗が口を尖らせて言うと、柚希夜は苦笑して言った。

「妊娠してるのに、よくここまで来ましたね」

「ん? ああ、条件付きだよ? 勿論。ここには後で睦月むつきが迎えに来てくれることになってるし。何も病気じゃないんだからさ。まあ、さすがにもっと後になったら、花鴬国にも来れなかったけど。でも、に『千紗に先を越されるなんて!』って言われた時は、やったって思ったけどね」

 下らないほどに低次元の争いに、さすがに柚希夜も笑いを殺せなかった。

「まあ……そうでしょうね。姉上は負けず嫌いですから。そう言えば、赤ちゃんの性別って、もう分かるんですか?」

 柚希夜が訊ねると、千紗は愛おしそうに笑ってお腹を撫でた。

「うん。男の子だって。凄い元気だよ。まあ、会社にはちょっと申し訳ないけど。だって、入社したのは今年なんだよ? なのに、すぐに産休取ることになっちゃったんだから」

「ええ、そうですね。それにしても……新入社員が、よくこっちに来れるくらいの休暇を取れましたね」

 柚希夜に呆れたように言われ、千紗は頬を膨らませた。

「大丈夫だから来てるんでしょうが。あたし達は、夏休みを長くする代わりに、冬休みを短くしてもらったの!」

「でも、千紗さんの場合、冬休みって産休と被ってませんか? 今は八月だから、六ヶ月ってことは、十二月に産まれるんでしょう?」

「だから、産休に入るのがちょっと遅くなるの。産まれるのは十二月の頭の方だよ。柚希夜とおんなじ月だね。師走しわす生まれ」

 千紗の言葉に、柚希夜は首を傾げる。

「その、『師走』って何ですか?」

「ああ……えっとね、日本州の、むか~しの月の数え方だよ。十二月は師走って言うの。確か……もう、千年以上も前に使われてたんだっけかな。今じゃあ知ってる人も少ないよ」

 そう言って、千紗は肩を竦める。

「え、じゃあ……どうして、千紗さんは知ってるんですか?」

「あのね、『睦月』って、昔の月で『一月』って意味なの。何でも、睦月のお父さんとお母さんは、そういうのが好きだったみたいで。睦月は、一月生まれだから睦月。睦月のお兄さんは、五月生まれだから『皐月さつき』。睦月の妹さんは、三月生まれだから『弥生やよい』。……でも、正直言って、『皐月』って女の子の名前なんだよね。だから、お義兄にいさんはからかわれて大変だったみたい」

 千紗の言葉に、柚希夜は吹き出しそうになったのを懸命に堪えた。

「お、女の子の名前、ですか……?」

「うん。字は違うけど、『さつきちゃん』って、結構そこら辺にいるんだよね。女の子で『さつきちゃん』って子、あたしも二人くらい知ってるし」

 さすがに、千紗も苦笑いだ。

「千紗さんって、八月生まれですよね。じゃあ、八月って何て言うんですか?」

「八月? 葉月はづきだよ。ちょっと素っ気ないけどね」

 千紗はそう言うと、一気に残っていたお茶を飲み干すと、にっこりと笑った。

「じゃあ、あたし、そろそろ行くね。多分、もう睦月が迎えに来てる頃だと思うんだ」

「そうですか……」

 少し寂しそうな顔をする柚希夜に、千紗はくすくすと笑う。

「じゃあ、地球連邦に帰る前にでも、由梨亜達と一緒に寄るよ。……実は今日、これから柚希夜の実家に行かなきゃなんないんだ」

 柚希夜の実家――

 その言葉に、柚希夜は目を丸くした。

「え? 実家って……あの、城に?」

「お城って言うか、後宮? ……ほら、由梨亜のこと、今までは、と柚希夜と、あとは由梨亜の両親しか知らなかったでしょ? でも、もう社会人になったんだし、富瑠美が王様っていうのにも、もうみんな慣れたと思うんだよね。今更、由梨亜を――富実樹を復位させる、なんて話には、ならないと思うんだ。だから、みんなに話すの。……まあ、何で今日これからかって言うと、富瑠美以外の兄弟って、もうみんな王宮を出ちゃってるでしょ? おうだいじんだって、後宮からじゃなくって街から通いだし。そのみんなの都合が付く日が、今日これからなんだよね」

 千紗の言葉に、柚希夜は眉根を寄せて沈黙し――静かな声で言った。

「私の都合は、付きませんけれど?」

「うん、だって、柚希夜はもう知ってるでしょ? それに、昨日の今日で、由梨亜と顔を合わせるのも気まずいだろうし」

 どうやらこれは、千紗の気遣いだったようだ。

 だったら、そんな気遣いは無用だ。

 昨日、気が済むまで飲んで友人に愚痴って、そしてここで、慰めているのだか現実を叩き付けているのだか惚気ているのだか分からないことを千紗に言われて、レオノーラとのことは、もう大体吹っ切れた。

 ……もしかしたら、自分はそれほど、彼女に執着していなかったのかも知れない。

 そう思えるようになったのも、そう言えば昨夜、自分は彼女を追い掛けなかったなと、冷静に考えることができたからだ。

「大丈夫ですよ。……これから、一緒に行きます。久し振りに、他の異母兄上あにうえ異母姉上あねうえ達とも顔を合わせたいですし」

「え? でも、これから講義があるんじゃないの?」

「ありますけど、別に出席が必要なものではありませんし。後でいくらでも取り返せます」

「そう? じゃあ、一緒に行こっか」

 千紗が立ち上がりながら言うと、柚希夜も同じように立ち上がった。

「あ、そう言えば、柚希夜。二日酔いで頭が痛いっていうのは、由梨亜達に言わない方がいいかもね。ほら、過保護だからさ、あの二人。そんなこと言ったら、『今後お酒なんて禁止!』って言われるかもよ?」

 冗談のように千紗は言ったが、これは紛れもない事実だ。

 柚希夜は、忘れていたことを現実に突き付けられて、遠い目をした。

「……そう、ですね。できるだけ、気付かれないように頑張りますよ」

「うん、頑張って~! 大変だねえ、自立心旺盛の末っ子君は」

 千紗に茶化されて、柚希夜はがくりと肩を落とした。

「あ、そう言えば、柚希夜」

 歩き出し掛けていた柚希夜は、怪訝そうに眉を寄せて千紗を見る。

「その喋り方――似合ってるよ。完全敬語より、人間味があって」

 千紗はそう言ってにやっと笑うと、柚希夜を置いて歩いて行く。

 柚希夜はしばし呆然と突っ立っていたが、不意に照れ臭そうな笑みを洩らすと、千紗の後を追って行った。

 ――その後、王宮を訪れた千紗が、元()であるのミアン・ストールと、全く意思の疎通ができなかったのは、また別の話である。



(続)

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