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―不運な王子の恋愛奇譚―2

「あ、見付けた! ん? あれ、? どうしたの? 頭痛?」

 お昼時、大学の学食で昼食を摂っていた柚希夜は、ひょっこりと顔を覗き込まれ、思わず眉を寄せた。

「ただの二日酔いですよ、さん」

「ふ~ん? 昨日はお疲れ様」

 にやにやと笑って言われて、柚希夜は眉間の皺を深める。

「……だったら、どうして昨日止めてくれなかったんですか? 姉上達の暴走」

 じとっと暗い目で睨まれて、千紗は視線を泳がせた。

「いやあ……だって、あのだよ? あたしが止めれる訳ないでしょうが。睦月むつきこうもそれが分かってたから、傍観に徹してたんだし」

「じゃあ、それが原因で俺が振られたのも別に関係ないってことですか?!」

 さすがにそれには、千紗も気まずそうな顔になった。

「ふ、振られちゃったんだ? 柚希夜」

「そうですよ! こんな規格外に常識外れな家族がいる人とは、これ以上付き合えないってっ……!」

 大声を上げたのが頭に響いたのか、柚希夜は顔を顰めた。

「あ~、確かに、由梨亜もも、凄い暴走してたもんね。も止められてなかったっけ。……ん? 富瑠美も暴走しそうなもんだけど、そう言えば、傍観側に回ってたような……」

 顎に指を当てて考え込む千紗に、柚希夜はどうでも良さそうに言った。

「ああ……富瑠美異母姉上(あねうえ)は、そこまでブラコンじゃなかったんでしょうね」

「あはは、ブラコンって……確かに、由梨亜も些南美も、兄弟を大事にしてるもんねえ。振られちゃったのは、ご愁傷様。でもさ、自分のお姉ちゃん達が、そういう風に過保護だって分かってるんだったら、そういうのに耐性がある彼女を選ばないとねえ。そういう意味では、柚希夜の選択がまずかったってことでもあるかな」

 ばっさり切り捨てられて、柚希夜は情けない顔になった。

「選択が、まずいって……」

「ん、そう。ただの恋愛って言うか、遊びだったらいいんだけどさ、それでも、やっぱりお姉ちゃん達にはばれないように気は遣うべきだったよ。特にその相手に本気だったなら」

 千紗はそう言うと、手に持っていたお茶を飲んだ。

「本気、だったつもりなんですけどね……」

「うん……ま、そうだろうけどね。柚希夜って、真面目だからさ。特に、柚希夜って王子様でしょ? それだけで、結構大変だと思うんだよね。身分が高い分、周りからたかられるか、敬遠されるんだから。……ほら、今だってそうでしょ? あたし達の周りには、今誰もいない。みんな遠巻きにしてる」

 千紗の言葉に、柚希夜は眉を寄せた。

 確かに、自分の『第七王子』という立場を意識してか、大学に入って以来、周りに寄って来るのは欲に目の眩んだ女ばかりで、友人だって、留学生のラルスくらいだ。

「千紗さん達の家も……確か、地球連邦だと身分が高いんですよね」

「うん。全体だと、上の中くらいかな? まあ、細かく見れば、上の中の中でも下の方なんだけどね。うち、商売は成功してて身分はあるけど、王族とか貴族とか、そういう昔ながらの『血筋』って奴はないから。でも、特に日本州って限れば、うちより身分が高いのは、それこそ天皇家くらいじゃないかな? でも、それがどうしたの?」

「その……千紗さんも姉上も、去年の終わりに、大学を卒業した後、結婚しましたよね? でも、どちらの旦那さんも、元はと言えば庶民で……どうして、結婚できたんですか?」

 その言葉に、千紗は目を伏せた。

「どうして、かあ……。まあ、諦めなかったから、かな。あたし達じゃなくって、向こうが。特に睦月なんて、両親がもういなくて……だから、余計に反対されるような境遇だったのにね、絶対に諦めなかったの。香麻だってそう。お父様は、結構最後の方まで粘ってたんだけど、それにも負けなかった。……男女の違いって、あるのかも知れないけどさ。やっぱり、結婚って一生の問題で、家族関係とも深く関わって来るでしょ? だったら、そこで粘れるような人じゃないと、早々に破綻するのは目に見えてるよ。やっぱりそういう相手とは、恋人止まりが正解かなあ」

「恋人止まり、って……その恋人に、振られたんですけどね」

 柚希夜が肩を竦めて言うと、千紗は苦笑した。

「そりゃそうだよ。そういう粘れない人だったから、柚希夜は振られたんだから。逆を言えば、そういう風に粘れる強い(・・)人を見付けたら、絶対に手放さない。そういう人を逃したら、もう一回の機会なんて、回って来ないかも知れないんだから。だから、あたしも由梨亜も、それに睦月も香麻も、その機会をしっかり掴んで、逃さなかったの」

 くすくすと笑って言う千紗に、柚希夜は目を細めた。

「……お幸せそうですね、千紗さん」

「そりゃあねえ。だって、まだ結婚してから一年も経ってないし? 由梨亜だってそうだよ」

「じゃあ……その幸せな富実樹姉上は――些南美姉上もですけど、どうして弟の恋愛を邪魔しようとするんでしょうね……」

 遠い目をして言う柚希夜に、千紗は思わず目を逸らした。

「それ、は……うん、それはそれ、これはこれ、なんじゃないかな? 自分は自分、でも、弟が悪い女に引っ掛からないか、とか……うん、何か、説得力ないね」

 柚希夜はしっかりしているし、そんな変な人間に引っ掛かるような余地はないということは、由梨亜も些南美も、特にずっと一緒にいた些南美はよく知っているだろう。

「結局、俺は弟でしかないってことですよね。子供じゃないんですから、放っておいてくれたらいいのに。少なくとも俺は、些南美姉上よりはしっかりしている自信はありますよ」

「あ~、うん……。そうだねえ。でも、弟だから、やっぱり心配なんだよ。……大事に思われてる間は、まだいいって思わなきゃ。あたしには兄弟とかいないから、よく分かんないんだけど……でも、心配してくれる人がいるっていいよ? やっぱり」

「じゃあ、俺の恋愛はどうしたらいいんですか?」

 情けない顔で、それでも真剣に訊いて来る柚希夜に、千紗は考え込んだ。

「う~ん、そうだねえ……やっぱり、自立するしかないよ。お姉ちゃん達に過干渉されないように、自分は大丈夫だって示して。それと、徹底的な秘密主義かな? それこそ、入籍するまでは隠し通すとか」

 千紗は冗談めかして言ったのだが、本気で考え込む様子の柚希夜に、慌てて声を掛ける。

「あ、柚希夜? 今のは例って言うか、ただの冗談だからね? そう本気に考え込まない方が……」

「でも、方法の一つではあるんですよね?」

「まあ……。あ、あたしは知らないからね? 柚希夜、そのつもりで!」

「はい。ご教授ありがとうございます」

 柚希夜が真面目くさった顔で言った後、二人ともそれが面白くて、顔を見合わせて吹き出した。

 その時、

「あ~! 王子様! こんな所にいたんですかあ?」

 やけに甲高い声を掛けられて、千紗は眉を顰め、柚希夜はぴくりと頬を引き攣らせた直後、それを覚られないように笑みを顔に張り付ける。

「こんにちは。マリサ」

「やあん、かっこいい!」

 柚希夜の挨拶に返事もせず、何故だか甲高い声を上げる女子達に、千紗は怪訝気な顔をして柚希夜を見る。

 柚希夜が、横目で懇願するように千紗を見て来るのを見て、千紗は何となく事情を悟った。

「ねえ、王子様。どうして学食でご飯なんか食べてるんですか?」

 目をきらきらとさせて訊ねて来る女子に、柚希夜は当たり障りのない言葉を返した。

「私が学食でお昼を食べていたら、可笑しいですか?」

「え~、だって、王子様でしょう? おうちのシェフにでも、お昼を作らせてるのかと思ってえ」

「おや、私の家にはシェフなんておりませんよ? それに、この後も講義があるのに、わざわざ家に帰る理由もありませんし」

「でも、ちょっとレストランに行って外食したりとかあ!」

「いえ、まさか。そんな時間はありませんし、御金も勿体ないですよ」

「いや~ん、庶民的!」

「え、じゃあじゃあ、おうちにシェフがいないってことは、いっつもご飯ってどうしてるんですかあ?」

「どうって……学食で食べたり、時間がない時はどこかに寄って買ったりしますが、基本的には自炊ですけれど」

「え~、やだ、家庭的~!」

 きゃあきゃあと盛り上がる女子達に、周囲の良識ある人達は眉を寄せる。



(続)

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