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―赦せない人―2

 が適当に言い訳をして自室に戻ると、そこには既にがいた。

 唇はきつく引き結ばれて、顔色も悪い。

 けれど、そこには堅い意志が現れていた。

「些南美」

「富瑠美御異母姉様(おねえさま)……」

 富瑠美の姿に気付いた些南美は、少し肩から力を抜く。

 やはり、緊張しているのだろうか。

「些南美。……やはり、貴女は気付いたのね?」

 主語のない言葉。

 けれど、本当に気付いているならば、これで分かる。

「ええ……」

しゅうさいだいじんのことも、御父様のことも」

「ええ……富瑠美御異母姉様」

 些南美は頷くと、震える声で囁いた。

「宗賽大臣が……御父様を暗殺しようと企て、そして、その罪を御祖父様達に被せたのですよね……?」

 富瑠美は些南美と視線を合わせ、はっきりと頷いた。

「そうですわ。けれど――証拠が、御座いません。彼が何をやったのかは、全て分かってはいるのです。でも……その証拠が、どこにもないのです。シュールが、きょかいきょうの結果を意図的に変えたのも、分かっております。ですが、誰にそれを指示したのかも分からずじまいで……。まあ、それが分かったところで、どうせその人物はシュールの味方。わたくしに、どうこうできる訳ないのですけれど……」

 富瑠美は自嘲し、異母妹いもうとと目を合わせているのが耐えられずに顔を伏せた。

「ですが……もしそれが分かって、その人物の弱みでも握ることができれば、いずれは、逆転できるのではありませんか? 富瑠美御異母姉様」

 些南美の強い言葉に、富瑠美は俯いていた顔を上げた。

「些南美……」

「これを、富瑠美御異母姉様」

 些南美に渡された紙には、おうしょうに勤める、ある官吏の略歴が記されていた。

「オルフォース・テレーゼ・レイシャート?」

 富瑠美がその名を呟くと、些南美はこくりと頷いた。

「ええ。の後見役を務める、レイシャート家の次男ですわ。……次男ですから、大変難しい国家試験を受けて官吏になった人物です。けれど彼の異母兄あには、かんほう貴族として難しい試験を受けずに官吏となっているので、オルフォース様は、異母兄上様あにうえさまを大変恨んでおられるようです。それに、花鴬省は……このような言い方は大変申し訳ないのですが、魔族の力を御持ちではない方にとっては、閑職のような扱いですし」

 富瑠美は思わずうなった。

「なるほど……。それで、立身出世が難しいと、異母兄を恨んだのですね」

「はい。けれど、恨むだけでは出世はなりません。そこで、何とかしようと、自分の第一妻の父である、シュール・リリーシャ・ウィレットを頼ったのですわ。……そして恐らく、その見返りを要求された」

 些南美の言葉に、富瑠美は瞠目した。

「些南美……この人物が……」

「はい。去解鏡の結果を書き換えた人物ですわ」

 些南美は頷くと、もう一枚の紙を渡す。

「ここに纏めましたが、オルフォースは元から、去解鏡に携わって来た人物です。そして、その付き合いから発展したのか、オルフォースの娘の一人が、ジョゼフ・マティルデ・ルメールという名の、去解鏡を視る、特に強い力に恵まれた官吏と結婚しております。ジョゼフは、特にその能力を買われ、富実樹御姉様の失踪事件も、そして――御父様の暗殺未遂事件も、彼が去解鏡を視るのを担当致しましたそうです」

「そう、ですか……。わたくしは、当時(おう)だいじんでありましたが、それは知りませんでしたわ」

 富瑠美は、悔しさに唇を噛む。

 自分は、花鴬省の長官だったのだ。

 けれど、異母兄を憎んでシュールと手を組んだというオルフォースのことも、優れた能力を持っているというジョゼフのことも、富瑠美は知らなかった。

 だから、オルフォースがシュールの娘婿だったということも知らなかったし、ましてやそのオルフォースの娘婿がジョゼフだということも知りようがなかった。

「娘婿、という繋がりで、あの事件を起こしたなんて……。確かに、貴族は数が多いので、直系を辿るだけで精一杯ですわ。娘婿の娘婿なんて、辿りにくい関係だこと。……けれど、これは、まずわたくしが見付けなければならないことでしたわ。いくらややこしい道筋でも。自分の妻に泣き付かれでもしたら、もしくは立身出世の為であったら、権力のある義父ちちに従わない訳にはいかぬでしょうね」

「ええ。己の出世も掛かっているのですもの。二人とも、シュールの言うことならばその通りになさるでしょうね。……ですが、わたくし、これに掛かりきりになって、もう半年以上が経っておりますの」

 その言葉に、富瑠美は目を瞠った。

「まあ、半年も? そんなに掛かったのです?」

「ええ。何しろ、オルフォースもジョゼフも、親戚関係を表沙汰にしていないのです。彼らとシュールの関係を浮き彫りにするのは、少々骨でしたわ」

「ですが、それにしたって、半年以上も……。よく気力が続きましたわね」

 富瑠美が感心したように言うと、些南美はくすぐったそうに肩を竦めた。

「だって、わたくしにできることなんて、これくらいしかありませんでしたもの。……わたくし、御姉様が何故いなくなられてしまったのか、御父様が誰に、何故殺され掛かったのか、ずっと知りたかったのです。富実樹御姉様のことを調べるのは、わたくしよりも国の方がやっておりますでしょう? ですが、御父様のことは、御祖父様方が犯人だとして、誰も真相解明をしようとしない。でしたら、わたくしはこちらに集中した方が宜しいかと思いまして……」

「最高ですわ。些南美。これさえ分かれば、後は弱みを探すだけ……」

「……ですが、それが難しいのでは? 本当に、これには証拠がないのです。わたくしの、当てずっぽうと勘ですの」

 そう言って視線を落とす些南美に、富瑠美は笑って首を振った。

「いいえ。些南美、『勘』はあまり侮れませんわよ? わたくし自身、勘によって何度か救われてきておりますから。それに、証拠がないくらいが何です。適当な理由でもでっち上げて、信頼できる人物に去解鏡を視てもらえば、それで済む話ですわ。去解鏡の正しい結果こそが、わたくし達の証拠です」

「ですが……今、去解鏡を視ることのできる人は、皆シュールに属しているのです」

「何ですって?」

 思わず、富瑠美の顔色が変わった。

「辛うじて、シュールに属していない方もおります。ですが、そういった方達は、花鴬省の中でも閑職においやられていて、到底去解鏡を視られない状態だとか。……恐らく、富瑠美御異母姉様を警戒してのことと思われますが……」

 些南美の言葉に、富瑠美は深い溜息をついた。

「何てこと……。やはり、わたくしがのんびりしていたからですわね。もっと早くに行動していれば……」

 きつく唇を噛み締める富瑠美に、些南美は静かに首を振った。

「いいえ、富瑠美御異母姉様。富瑠美御異母姉様は、今やこのおうこくの国王。政務が多忙なのは、仕方のないことですわ。――それに、この情報が無益という訳でも御座いませんでしょう? 少なくとも、誰を問い詰めればよいのかが絞れたのですから」

「ええ、それはそうですわね……。ですが、どちらにしろ、その二人はシュールと縁が近いですわ。簡単には、こちらにも尻尾を掴ませないでしょうし、難しいことには違いありません」

 富瑠美は断言すると、些南美に微笑んだ。

「ありがとう御座いますわ、些南美。このような情報を頂けて、本当に助かりました」

 些南美も、富瑠美の微笑みを受けてにっこりと笑い返した。

「ふふ。富瑠美御異母姉様にそう仰って頂けるなんて、光栄ですわ。では、わたくし、これで失礼させて頂きます。と夕御飯を共に頂くと、約束しているのです」

「まあ、そうだったのですか。では、柚希夜を待たせてはいけませんわ。早く御行きなさいな」

「はい。失礼致しました」

 些南美が部屋から出て行っても、富瑠美の顔には笑みが浮かんでいた。

「さて……。わたくしも、動かなければなりませんわね」

 富瑠美は、些南美が置いて行った二枚の紙を取り上げると、それを分厚くファイリングされた他の紙の間に挟み込み、紛れ込ませる。

 これは、富瑠美の趣味の野鳥について、多岐に渡って纏めてある。

 けれどこれは、わざわざ印刷してファイリングしなくてもいい。

 実際、ここまで大量の資料を作らなくても、端末にデータとして入れている物もあるのだ。

 ――富瑠美がこうしているのは、こういった隠さなければならない書類を隠す為だ。

 使用頻度はそれほど高くはないが、木を隠すには森の中、紙を隠すには書類の山だ。

 実際、こうしてカムフラージュしておけば、ほとんどの確率でばれなかった。

「御異母姉様……。これで、正しいのでしょうか? わたくし……些南美まで、巻き込んでしまいました。こんなので……これから先、国を率いてゆけるのでしょうか?」

(ああ、でも……今、花鴬国の実権は、シュールが握っている……。そう、わたくしは、御飾りの王様でしかない。……けれど、せめて、被害を減らせれば……シュールを押し留められれば……!)

 富瑠美は、自嘲の笑みを浮かべた。

「全部、希望でしかないわ……。わたくし、どうしたら、いいのかしら……」

 富瑠美は、ぐっと唇を引き結ぶと、パンと両頬を叩いた。

「弱気では駄目ですわ。今、わたくしができることを、少しでもやる。『やりたい』では駄目。絶対に、やらなくては」

(オルフォース・テレーゼ・レイシャートと、ジョゼフ・マティルデ・ルメール。いくら何でも、絶対に弱みがあるはずですわ。少なくとも、世間に隠しておきたい失態の一つや二つは。だから、それを探す。探して、それをネタに二人を揺らがせて、こちらに寝返らせる。そして、シュールを揺らがせられれば……!)

 いつの間にか、富瑠美は不敵な笑みを浮かべていた。

(時間は掛かるでしょうけれど……絶対にやりますわ!)

 富瑠美は、深呼吸をして、背筋を凛と伸ばした。

 こうすると、自然と気持ちも引き締まる。

 遊び半分ではなく真剣に行動を起こすには、まず自分を落ち着け、冷静にならなければ何も得られないのだ。

 どれくらい時間が掛かるのかも分からない。

 でもそれこそが、娘として、王としてやらなければならないことだった。

 ――実際、彼女がシュールを揺らがす情報と、その確たる証拠を得るのは、これから半年近くも先のことである。

 けれど、それは諦めなかったから、得られたのだろう。

 絶対に、父を殺そうとした人を赦せない――赦さない。

 ただ、その強い思いがあったからこそ。




 ――けれど、のちにこの『情報提供をした』という事実によって、

『わたくしを信用なさってはおられなかったのですね』

『あの時、情報を御渡ししなければ良かったですわ』

『わたくしも御一緒してはいけませんか?』

 と些南美に強請られて、最終的に地球連邦まで一緒に連れて行く羽目になるなんて、この時の富瑠美には、いくら何でも思いも寄らなかったのであった。



(終)

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