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―牢獄の中の宿敵(ライバル)―

本編第Ⅰ部~それぞれの居場所~と第Ⅱ部~戦いの幕開け~の間に当たる、富実樹の祖父である元戦祝大臣のノワールと、それと犬猿の仲の元政財大臣のフォリュシェアが主人公の話です。

 ポロン、ポロンと、雅やかな竪琴の音が、狭い室内に響く。

 それと、どこか苛々とした、こつこつという足音も響く。

 けれど、竪琴をつま弾く人物は、歩き回る人物を歯牙にも掛けず、うっとりとした表情で竪琴を奏でる。

 やがて、堪忍袋の緒が切れたのか――

「ノワール殿っ! そうのんびりとなさっておられる場合ではないぞっ! こうしている間にも、一体外がどうなっているか、先王陛下の御容体が如何様なのか、貴様は心配ではおらぬのかっ!」

 いきり立った言葉に、ノワールは煩そうに眉を顰めた。

「全く、そういきり立つな、フォリュシェア殿。耳障りだ」

 すると、すぐさまフォリュシェアの顔面に血が昇った。

 わなわなと身を震わせ、拳を握り締めると、フォリュシェアはノワールに食って掛かった。

「みっ……耳障りだとっ?!」

「そうだ。そう騒いでいては、私の竪琴の音が聞こえぬではないか」

 そう言って、ノワールは竪琴を掻き鳴らした。

「な、何っ……!」

 顔を真っ赤にしたフォリュシェアは、怒りのあまりに言葉が続かないようで、まるで酸欠の金魚のように口をパクパクさせている。

「それに、ここで我々が騒いだとして、どうしようもない。そもそも、我らに掛けられておる嫌疑は『先王陛下暗殺未遂』だ。王家に関する犯罪は、しゅうさいしょうが裁判を受け持つ慣例。……よりにもよって、あの省なのだ。どうしようもない」

 ノワールは、それまでの優雅な様子をかなぐり捨て、吐き捨てた。

「……ノワール殿?」

 ノワールの変わりように途惑ったフォリュシェアは、眉根を寄せた。

「何故、宗賽省がいけないのか? 宗賽大臣は、あのシュール殿だぞ? あの温厚なシュール殿であれば、公正な裁判が期待されよう。そもそも、我らの嫌疑はただの冤罪なのだから」

 そう言って胸を張るフォリュシェアに、ノワールは心の底から深い溜息をついた。

「……御主は、本当に阿呆としか言いようがないな」

「何を抜かすかっ!」

 肩を怒らせてノワールを睨むフォリュシェアに、ノワールも竪琴を置いて立ち上がると、面と向かって言い切った。

「何度でも言うわ。御主は阿呆だ。大馬鹿者だ。一体誰が、我らを陥れたのだと考えておるのだ? シュールに決まっておるだろう」

「何、を……下らぬ、戯言をっ……!」

 フォリュシェアは、蒼褪めた顔でノワールに詰め寄った。

「戯言ではない。先王陛下は、陛下を大変可愛がっておられる。それ故、一時期手元から離されたほどだ。無論、おうだいじん殿下も実子であることに違いはないし、愛情も注がれておられたことではあろう。だが、先王陛下が陛下寄りだと思われてしまうのに無理はない。その先王陛下がそうひょうかいに出席されるか否かということは、投票の結果をも左右するだろう。出席なされば、陛下に有利に。欠席なされば、陛下に不利に」

 その言葉に、フォリュシェアは眉を顰めた。

「確かに、先日の総票会に、先王陛下としょうは御出席なさらなかったが……まさか、そのような下らぬ理由で、先王陛下を暗殺しようと思い立ったと? それでは、いささか無理があるのではないか」

 その言葉に、ノワールは思わず顔を背けてしまった。

 ノワールは、シュールが先王を暗殺しようとしたことと、その手口は知っていたが、動機をはっきりと知っている訳ではなかったのだ。

 ノワールは、誤魔化すように咳払いをする。

「まあ……貴殿の言う通り、確たる理由は掴めないが……自身が権力を握りたかった、もしくは先王陛下への恨みつらみが溜まっていたと考えれば、納得はゆくだろう。……けれど、シュールが先王陛下を暗殺しようとしたのは事実だ。少なくとも、奴が毒見役をする中級侍女を魔力で操って毒を盛り、その侍女を拳銃自殺させたのは間違いない」

 ノワールは吐き捨てると、どさりと椅子に腰掛けた。

 そのノワールの様子に、フォリュシェアは訝しげに訊ねた。

「だが……ノワール殿。それを、貴殿は如何様にして知り得たのだ? 証拠がないだろう」

 ノワールは、暢気なことを言うフォリュシェアに対し、強い怒りが込み上げて来た。

 けれど、ノワールは努めて怒りを押し殺す。

 彼は、何も知らないのだ。

「……証拠ならば、きょかいきょうを視ればよい。私は、そうやって真実を知り得た」

 簡潔な言葉に、フォリュシェアは眉を寄せた。

「しかし、貴殿にはその資格があるまい。あれを視るのは、おうしょうだぞ。国内に去解鏡があるのも、また花鴬省のみだ」

「…………そうだったな」

 ノワールは、思わず目を逸らした。

 確かに、今自分は、うっかり機密事項を喋ってしまった。

 けれど、息子が自分の指示を守ってくれているなら、もう家に去解鏡はないはずだ。

 だったら、今ここで話しても平気だろう。

「……実は以前、陛下が去解鏡を御創りになられてな……」

「はぁっ?!」

 さすがにフォリュシェアも、驚愕のあまりに目が飛び出そうなほどに見開かれている。

「それで、私は真実を見た。今頃は、シャーウィンが――息子が、壊してくれているはずだ。去解鏡は、割れてしまえばただの鏡だからな」

「し、しかし……その、陛下が御創りになられたという去解鏡のことはさて置き、公式な去解鏡であれば、既に花鴬省が視ておるのではないか?」

「馬鹿を申せ。それならば、我らは既に釈放され、代わりにシュールが投獄されておるわ」

 ノワールは舌打ちを洩らすと、盛大な溜息をついた。

「な、なるほど……そうか……。しかし、先王陛下の暗殺未遂などという大事、去解鏡が使用されないとは考えられぬが……」

「どうせ、花鴬省の人間を買収したのだろう。花鴬省は役職柄、貴族出身者が多い。勿論、去解鏡の担当者にも、シュールのウィレット家や、その縁戚がいることだろう。そうなれば、より操作は容易い」

 ノワールは吐き捨て、長椅子に身を投げ出した。

「……大方、私の想像は当たっているだろうな。だからこそ、我らはここに閉じ込められたままだ。――恐らく、一生な。だからこそ、謀反を起こしたと思われておるにも拘らず、二人で三部屋も使える好待遇なのだろう」

「いや、しかし……ノワール殿。貴殿の言うことには、一理ある。一理あるが……確証はない。そうだろう? 全て、状況証拠に過ぎない。貴殿は去解鏡を視たと言うが、私にその真偽を測ることもできぬ。それで、一体どうやって貴殿を信じろと?」

 フォリュシェアに睨まれて、ノワールは苛立たしげに溜息をついた。

「何も私は、信じろとは一言も言っておらぬわ。ただ、私の言っていることは、あながち間違いでもないだろう。先王陛下が意識不明となられ、我らが捕らえられて、もう一年近くが経つだろう? あの総票会が行われたのが五月、今は、もう年が明けて二月だ。いくら取り調べに時間が掛かっても、これほど長い期間、一つ所に拘束するというのは可笑しいだろう」

「それは……」

 言い淀むフォリュシェアを見もせず、ノワールは卓に肘を付き、鉄格子の嵌められた小さな窓から外を眺めた。

「きっと、もう我らの刑はほぼ確定しているだろうな。そう遠くないうちに、結果が伝えられるはずだ。終身刑か、重くて――死罪か。どちらかだろうな。我らがここから出られる時は、死刑を受ける為か、死ぬ時だろう。……それか、先王陛下が御目覚めになり、我らの冤罪を晴らして下されば……」

 その時、壁に埋め込まれていた端末が突如として起動し、二人とも驚いて身を起こした。

 何故ならその端末は、今までの一年近く、一度も起動したことがなかったのだ。

「何……?」

 そして、そこに映し出された顔に、フォリュシェアは困惑し、ノワールははっきりと顔を顰めた。

「一体何の用だ、シュール」

 刺々しいノワールの言葉に、シュールは余裕の笑みを浮かべる。

『罪人風情が、仮にも宗賽大臣を呼び捨てにするとはな。身の程を知るがいい』

 ノワールは鼻を鳴らすと、背もたれに寄り掛かって足を組んだ。

「身の程を知るのはそちらの方だ、シュール・リリーシャ・ウィレット。人の道を外れた極悪人が。先王陛下を暗殺しようと企んだ罪、そしてそれを隠す為に重ねた犯罪。それらの咎は重いぞ」

 その言葉に、シュールはクックと笑声を洩らた。

『先王陛下? 先王陛下は、行方不明になられておられるが? ……そうか、其方らは、ずっとそこに入っていたのだな。世俗のことは知るまい』

「シュール殿? 一体、何を言っておられる」

 フォリュシェアが眉を寄せて抗議すると、シュールは嫌な笑みを浮かべる。

先王陛下は、昨年の五月に行方不明となられて以来、どこにおられるのか知れない。故に、六月、殿下が第百五十四代()おうこく国王として即位なされた。今は富瑠美陛下の御代だ。うんきょうほうきょうは、先王ではなく先々王となった。クク……本当に、面白いように邪魔者が消えよるわ。現陛下も、若い大臣ではなく私を頼ることもあり、真、操りやすくて堪らぬわ。これからは私の世だ。この私の栄華、そこで指を咥えて見ておるがよい』

 ノワールは立ち上がると、端末の埋め込まれている壁を殴った。

「貴様っ……富実樹に一体何をしたっ?!」

 ノワールの剣幕に、シュールは怯える様子も見せずにただ笑う。

『おお、怖い怖い。あの「感動癖」を持つ前(せん)しゅくだいじんも、孫のこととなれば人格が変わるか。……まあ、御前が心配するようなことは、何もしてはおらぬぞ? 私は、先王陛下のことには何ら関わっておらぬ。まあ、いなくなられて安心はしたが。これで、心置きなく地球連邦を攻められる』

「待てっ! 総票会の結果では、話し合いによって連盟加盟を求めるとなったはずだっ!」

『しかし、それは地球連邦が加盟に応じた場合。応じなかった場合、武力行使となる』

 そう言って上機嫌に笑うシュールに、ノワールの顔から表情が消えた。

「……そうか、御前が企んだのか? わざと、地球連邦が応じないように話を持ち掛けたのだろう? 戦端を開く為に」

『は。何とでも言うがいい。……そうそう、御前の息子は優秀だぞ? 新たな兵器の開発に、実に手際良く働いてくれる』

 再び、ノワールの顔に憎悪の色が浮かぶ。

「貴様っ……! 息子に――シャーウィンに何をしたっ!」

『別に、何も? 私はただ、命じただけだ。疚しいことなど何もない』

 シュールはそう言うと、立ち上がって画面に近付いた。

『そうそう、言い忘れるところであった。貴様らは、残念なことに終身刑となった。そこで一生幽閉の身だ。……来年には、地球連邦との戦となっているだろう。そこで指を咥えて見ているがいい。獄中の貴様らには、何もできないのだからな』

「待てっ!」

『何、心配しなくてもよい。外は、貴様らがいなくても順調に回っている』

 シュールのその言葉を最後に、通信が途切れた。

 何とか再び繋ぎたくても、この端末に備わっているのは音量の調節と画面、スピーカーにカメラだけで、こちらから外部に連絡を取る機能は付いていない。

 ノワールは、やり切れない怒りに支配され、手近な椅子の肘置きを殴った。

 結果は、ただ自分の手が真っ赤になっただけだった。

「ノワール殿……」

 事の深刻さを察してか、フォリュシェアも顔が険しい。

「……謝罪する。貴殿の述べたことは、嘘偽りがなかったようだ」

「別に、信じなくてもよいとは言った。……だが、謝罪は受け入れよう」

 ノワールはそう言うと、はあと大きく溜息をついた。

「詰まるところ、我らがここで何をしても、意味がない。我々には、ここからでは何もできない。……斯くなる上は、先王陛下――いや、先々王か。峯慶陛下が、一刻も早く御目覚めになることを願うばかりだ。峯慶陛下が御目覚めになれば、シュールの悪事を暴くこともできようし、富瑠美殿下――いや、陛下の補佐もしてくれよう。そうなった時には、我らもここから出られようし、そうなった時こそ、我らの出番とも言える。それまでは……雌伏の時だ」

「……そうだな。しかし、それまでは、ノワール殿と二人きりか……。我が人生最大の宿敵である、貴様と」

 その言葉に、ノワールは竪琴を取り上げてにやりと笑った。

「そうだ。だが、いがみ合いはなしにしようではないか。過去を蒸し返すのも。一体何ヶ月掛かるか、何年掛かるかも分からぬ。下手をすれば、十年、二十年……。そんな長い間、共に過ごすのだ。諍いは、ない方がよいであろう? だから、私が竪琴をのんびり弾くのも見逃すがよい」

 ノワールの都合のよい言葉に、フォリュシェアは眉を上げる。

「何だとっ?! この際だから言うが、貴様には緊張感というものがなさ過ぎる! このような極限状態で、何ゆえ楽を奏でられるのだっ!」

「おお、怖い怖い。フォリュシェア殿、私はたった今、いがみ合いはなしにしようと申したではないか。だと言うのに、早速いちゃもんを付けるのか?」

「いっ……! 何だと?! 貴様っ!」

「ああ、そのように切れていては、血圧が上がって脳の血管が千切れてしまうぞ? それでは長生きできぬではないか。ああ、恐ろしい。さて、私はそろそろ部屋に戻らせてもらうぞ」

「なっ、だ、誰のせいだと思っておる! 貴様っ! おい、待て! ノワール! ノワール・エリア・スウェールっ!」

 自分の寝室に充てている部屋の扉を開けたノワールは、部屋の中まで乗り込みそうな勢いのフォリュシェアの眼前に手を上げた。

「ここまでだ、フォリュシェア殿。それぞれの寝室の中には踏み込まないと言うのが、暗黙の了解。そうであろう? フォリュシェア・アメリア・シャリク殿」

 顔を真っ赤にするフォリュシェアを尻目に、ノワールは扉を閉めた。

 そして、寝台の上に腰掛けると、再び竪琴を奏で始める。

 この狭い空間――情報すらも遮られた空間では、本を読むか、竪琴を奏でるか、フォリュシェアをからかうしかやることがない。

 本当に暇な上に、外がどうなっているのかも分からないし、正直気が狂いそうになる。

 けれど、今はそれを抑え、待つ時なのだ。

 気が遠くなるほど長い期間かも知れないし、そんな時は永遠に訪れないかも知れないが、それでもノワールは、臣下として待たなければならなかった。

 真の忠誠を誓った王が目覚める時を。



(終)

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