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―キビシイ試練―1

本編第Ⅰ部~それぞれの居場所~第五章の後の話で、舞台は花鴬国です。

御異母姉様おねえさま! ですから、そのようにすたすたと御歩きにならないで下さいませ! もっとゆったりと! 優雅に!」

「は、はい!」

 そこで速さを落とせば、またもや叱責が飛んだ。

「ああ、それでは遅過ぎますわ! そこまで遅いと、のろまに見えてしまいます!」

「え、じゃあっ……きゃっ!」

 は、ドレスの裾を踏んでしまった。

 そのまま倒れ伏してしまう富実樹に、は慌てて駆け寄る。

「御異母姉様! 御無事でしょうか?」

「いたた……大丈夫よ、富瑠美。ちょっと躓いただけだから……」

 すると、富実樹の言葉遣いに、富瑠美が眉を上げる。

「御異母姉様? 言葉遣いがなっておりませんわよ」

「あ、ごめんなさい! えっと、少し躓いてしまっただけですわ」

「……まあ、一応及第点としておきましょう」

「ありがとう御座います……」

 富実樹は、若干目を逸らして言った。

 相変わらず、この異母妹いもうとは厳しく怖く容赦がない。

 富瑠美は富実樹が立ち上がるのに手を貸すと、溜息をついた。

「御異母姉様は、背筋はぴんと伸びておりますし、立ち姿も悪くはありません。ただ、御歩きになられる速さと歩幅の問題ですのに……何故、そこで御転びになってしまわれるのですか? しかも毎回」

 富瑠美に白い目で見られて、富実樹は思わず目を逸らす。

「あ~、それは……その、あまり、こういった裾の長いドレスに慣れていないから、感覚が掴めなくて……」

「なるほど……そういった問題でしたのね。ですがそれは、着て慣れるしかないでしょうね。そういった問題の場合、『習うより慣れろ』としか言いようが御座いませんわ」

「そう、ですよね……」

 富実樹は、肩を落として落ち込んだ。

 その様子に慌てたのは富瑠美だ。

「お、御異母姉様、しっかりなさって下さいませ! そうですわ。もう随分と長く練習なさっておりますし、そろそろ休憩になさいませんか?」

「え、ええ……そうね」

「それでは、わたくし、を呼んで参りますわ。御茶に致しましょう」

 そう言って富瑠美が出て行くと、富実樹は深い溜息をついた。

 本当は頭も掻き毟りたいところだが、そんなことをしてしまっては、綺麗にセットされた髪が崩れてしまい、それがばれたらまた富瑠美に雷を落とされてしまう。

 富実樹は、こっそりと裾を持ち上げた。

 おうこくで、王侯貴族が普段着として使っているすっきりとしたラインのドレスなら、富実樹も普通に着られるようになった。

 問題は、式典など公の場で着る、やけにスカートが膨らんだこのドレスだ。

 地球連邦では、こんな衣装などを着ているのは、結婚式に臨む花嫁くらいしかいないだろう。

「確か、プリンセスラインって言うんだったかしら……」

 富実樹は盛大に溜息をつく。

 富実樹は何度か結婚式に出席したことがあり、そこでこれと似たようなドレスを着た花嫁も見たことがあるのだが、こんなにスカートが広がっていて歩きにくいなんて、想像もしなかった。

 何しろ、嫌になるほど裾が広がっている上に長くもあり、床を引きずる裾を歩みと同じ早さで進める膂力、そしてその裾に躓かないように歩く高等技能が必要な服であるのだ。

 おまけに、誰も見ていないというのに靴はハイヒールであり、歩きにくいことこの上ない。

「一生に一度くらいだったら、着てもいいんだろうけど……やっぱり、あっちの服に慣れちゃうと、こんなのはうんざりするわね……」

 富実樹は裾を持ち上げ、そのまま椅子に腰掛けた。

 要は、裾が長くてもこもこしているから踏むのだ。

 だから、裾を持ち上げてしまえば、何の問題もなく歩ける。

 問題は、花鴬国の貴族以上の身分の女性は、運動をする時やプールに入る時以外で、足をさらさないということだ。

 真夏でも、ドレス自体は肌が透けない程度に薄手になるのだが、長さは短くてもふくらはぎが半分見えるか見えないか程度で、膝下丈のドレスを着るのは子供か侍女くらいなのだ。

 こんなロングドレスを滅多に着たことのなかった富実樹にとって、これを毎日着なければならないというだけで地獄だった。

「失礼致します。富実樹御姉様? 本日は、もう練習は宜しいのですか?」

 十一歳になった妹の些南美が、富実樹の部屋に顔を出した。

「いいえ。まだです。少しの間、休憩のだけで……」

 富実樹がそう言って苦笑すると、些南美は面白そうにくすりと笑った。

「まあ。富瑠美御異母姉様は、御厳しいですからね」

「ええ、本当に……」

 富実樹はそう言って溜息をつくと、卓に肘を付いた。

 すると、その肘を些南美に叩かれる。

「富実樹御姉様? 御行儀が悪いですわ」

「あ……申し訳ありません」

 富実樹は、慌てて背筋を伸ばして膝に手を置く。

「ええ、宜しいですわ」

 そう言ってにっこりと笑う些南美に、富実樹はこっそりと溜息をつく。

 富瑠美もなかなか厳しい教師ではあるが、この些南美も、富実樹がうっかり気を抜いた時に容赦なく正して来るのだ。

 ふと、富実樹は些南美の背後に柚希夜の姿がないことに気付くと、首を傾げた。

「あら? ねえ、些南美。柚希夜は? 富瑠美は、貴女と柚希夜を呼びに行くと言っていたのだけれど。些南美の部屋と柚希夜の部屋って、わたくしの部屋の隣だし……」

 その疑問に、些南美は小首を傾げて言った。

「ええ。柚希夜はとても勉強熱心なので、御異母兄様おにいさまに勉強を教わりに参っているのですわ。いつも、午前中は教師に教わったり、兄弟で過ごしたりしているのですけれど、午後は自由でしょう? 柚希夜はその時間に、よく杜歩埜御異母兄様の所で勉強を教わっているのです。他にも、御異母姉様やほうれんは官吏になりたいと考えていらっしゃるので、その二人の所に通っておりますわ。あと、の所にも。富瑠美御異母姉様の次に頭がよいのは、璃枝菜御異母姉様達を除けば麻箕華ですから。あの子、本当に勉強熱心ですのよ?」

「そうなの……。じゃあ、杜歩埜も呼んで来るのかしら?」

「そうではないでしょうか? 杜歩埜御異母兄様の御部屋まで柚希夜を呼びに行くのに、その部屋の主である杜歩埜御異母兄様を御誘いにならないのであれば、それは大変に失礼なことで御座いますもの」

「ええ、そうよね……」

 富実樹はそう言うと、僅かに視線を逸らした。

 正直、富実樹は途惑いがあった。

 将来、自分は花鴬国の王位に即く。

 それは受け入れていたし、納得もしていた。

 富実樹が理解できないのは、自分の婚約者が杜歩埜だということだ。

 杜歩埜は、一日違いで産まれたとはいえ、間違いなく自分の異母弟おとうとなのだ。

 しかも、彼の母親はこうで、沙樹奈后は父親であるほうきょうの異母妹でもある。

 つまり、富実樹にとって沙樹奈后は、父の妻であるという意味の義理の母であり、婚約者の母親という意味の義母ははでもあり、そして血の繋がった叔母でもあるのだ。

 沙樹奈后自身の母親はであったとはいえ、近親相姦で産まれた異母弟と結婚するのは、いくら何でも納得できない。

 しかも、富実樹の異母弟妹ていまいは十四人もいるのだが、そのうち沙樹奈后としゃの子供達は、富実樹にとって異母弟妹であると同時に従弟妹や再従弟妹や三従弟妹みいとこでもあり、他にも遡ればもっと様々な血縁関係が出て来る。

 地球連邦では、こんな事態は考えられない。

 州ごとに違うが、それでも、地球連邦では大抵三親等か四親等以内での婚姻は認められておらず、その意味でも嫌悪感は残る。

 ほど過剰に嫌がっている訳ではないし、郷に入っては郷に従った方が利口なのも理解しているが、地球連邦の常識の中で育った富実樹にとって、いくら腹違いでも異母弟で従弟でもある杜歩埜と結婚することは、到底考えられなかった。



(続)

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