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―貴族と庶民―2

すず!」

 に声を掛けられて、うっとりとまさやすを見詰めていた鈴南は、現実に引き戻されたようだ。

「あ、はい、お嬢様!」

 既に、鈴南の視界に眞祥はいない。

 見事な忠義心と言っていいだろう。

「鈴南、ちょっと下がってもらっててもいいかしら? あとは、こっちでやるから」

「は、はい……分かりました」

 そう言って下がる鈴南に、眞祥はただ苦笑するだけで見送った。

「眞祥、やっぱあんたやばいわ。だって、二十歳くらい離れてるでしょ? なのに堕とすなんて……」

 が嘆息すると、眞祥はにやりと笑った。

「こういう所で働いている人って、中級貴族か下級貴族が多いだろう? そういうご令嬢って、結構男に対して免疫ないし。あれくらいだったら訳ないさ」

 千紗は、思わず顔を顰めた。

「あ~、出たぁ、もてる奴のむかつく発言」

「はっ。もてない奴が僻んでんじゃねえよ」

「はい? 僻んでなんかないし。そもそもあんたみたいな奴がいるから、普通の人間が肩身狭い思いすんのに」

「ん? それこそ本人の勝手だろう」

「はあ? 自分じゃあどうしようもないことだってあるでしょ?」

「だから、それを努力で何とかする人間と、生まれ付き運のいい人間だけが成功者になるんだよ」

 千紗は、どうやっても論破できない眞祥に唇を引き結ぶと、にやりと笑って爆弾を落とした。

「あ~、はいはい。あんたの言う通りだわ、叔父さん(・・・・)?」

「……………………」

 眞祥の口元が、ひくりと動く。

 けれど、彼が口を開く前に耀ようが言った。

「おい、お前。同い年の少年を『オジサン』呼ばわりとは、どういう教育を受けている!」

 あまりの的外れの言葉に、千紗も眞祥も、思わずぽかんと口を開けてしまった。

 も、不思議そうに首を傾げている。

 何も言えない二人に代わって、由梨亜が溜息をついて言った。

「あのね、お父様。この二人、正真正銘、叔父と姪なのよ」

「何…………?」

 さすがの耀太も、唖然として目を剥いている。

「だから、千紗にとって眞祥は、本当に『叔父さん』なのよ。さっき言ってた通り、眞祥のお母様は、眞祥を遅くに産んだの。そして、その眞祥のお姉様は、若くして千紗を産んだ訳。だから血の繋がりで見れば、眞祥はれっきとした千紗の叔父様なのよ。たとえ同い年でもね」

「…………叔父と、姪……」

 驚いて言葉もない耀太とは対照的に、瑠璃はにこりと笑った。

「まあ、随分と珍しいのね。同い年なのに叔父と姪なんて」

「そう……ですか? 僕にとってそれは産まれた時からですから、あんまり珍しいという気はしませんね」

 眞祥が首を傾げて言うと、瑠璃は更に笑みを深めた。

「私、もっと貴方達とお喋りしたいわ。いいわよね? 由梨亜」

 何故、そこで娘に了解を取る。

「あ、はい……いいです」

 唖然としているうちに、由梨亜が答えてしまった。

「そう? じゃあ由梨亜、お茶を持って来てもらっていいかしら? 全員分。鈴南は、あの状態だと使えないだろうし……そうね、れいを使っていいから。確か、うちの召し使いの中で一番お茶を美味しく淹れられるのは、苓奈だから」

「はい。分かりました」

 そう言って出て行く由梨亜は、親の言うことに逆らわない、まさに良家の子女だ。

 けれどこの場合、瑠璃に逆らうことによって得られるのは、かなり大きな精神的打撃である。

 瑠璃はおっとりした外見なのに、無言の圧力と言うか、押しがかなり強い。

 何をどうやったら、この人から由梨亜が生まれたのだろうか。

 固まってしまった千紗とは正反対に、何故か眞祥が目を輝かせて身を乗り出した。

「ここでは、お茶は何を使っているのですか?」

 ………………そうだった。

 眞祥は、紅茶狂――いや、紅茶好きだった。

 千紗は、思わず遠い目をした。

 初めてお邪魔する家――いや、屋敷で、しかもこちらは庶民で向こうは大貴族だと言うのに、遠慮もへったくれもないこの態度。

 いや、ここが大貴族の家だということと、室内やソファーの趣味が眞祥と合致した為に、かなり期待しているのかも知れない。

「ああ、紅茶よ? もしかして、珈琲とか煎茶の方が良かったかしら?」

「いえ! 是非紅茶でっ!」

 眞祥の目が、益々キラキラして、一種異様な雰囲気だ。

 千紗は、こっそり目を逸らした。

 こうなったら、もう彼が止まらないことは、嫌と言うほど思い知らされていた。

「その紅茶の種類ですが、どんな物を?」

「ああ……うちのは、結構特殊なのよ。だから、知っているかどうか……」

 そう言って曖昧に微笑む瑠璃に、眞祥は思いっ切り身を乗り出した。

「是非ともお教え下さい!」

 その異様な熱気に、既に耀太は引いている。

 先程の威勢も何も、あったものではない。

 けれど、瑠璃は引く様子もなく嬉しそうに答えた。

「あのね、紅茶って、お茶の木からできてるでしょ? でも、地球人の味覚に合うお茶の木って、他の国だととても少ないのね」

「ええ、知っています。ですが、地球連邦のお茶の木は他国にも人気で、地球連邦の輸出品目の中でもトップテン入りしているんですよね」

 博識ぶりを披露する眞祥に、瑠璃は頷いた。

「そうよ。でも紅茶って、この地球の中でさえも、育てる場所の土壌や気候によって味が変わって来るでしょう? だったら、地球連邦のお茶の木を外国で育てたら、一体どうなるのかやっている所があってね。勿論、そのほとんどが失敗したわ。でも、僅かながらにも成功した所があったのよ。うちで使っているのは、そのうちの一つよ」

 その言葉に、眞祥は目を輝かせた。

 最早狂っていると言っていいほど紅茶に入れ込んでいる眞祥にとって、こんなに面白い話はないのだろう。

 一方、千紗はそういった話に全く興味がないので、意識がふっと飛んでしまわないように気を付けなければならなかった。

 さすがに、初めて訪れた屋敷でうたたねなんて、いくら千紗が図々しくても気が引ける。

 眞祥は、そんな今にも寝そうな千紗の様子に気付く気配の欠片もなく、益々身を乗り出した。

「奥様。その紅茶の銘柄は、何と?」

「オーギュリアって言うの。オーギュリア村は、アンデル共和国のザンガリ地方にある、とっても小さな村よ。でも、地球連邦で作っている紅茶にも負けないくらい美味しいのよね。ああ……ありがとう、由梨亜、苓奈」

「いえ。どうぞ」

 目の前に置かれた紅茶を、眞祥は慎重な手付きで持ち上げた。

 千紗は、そのカップを見て顔を引き攣らせる。

 間違いなく、それは本物の磁器だ。

 つまり、落としたら割れる。

 おまけに、それには金の華麗な装飾が施され、精緻な模様が描かれているのだ。

 しかも、ソーサーも同じデザインで、庶民には決して手が届かない高級品であることは間違いない。

 そんな物をあっさりと出して来るなんて、さすがはほんじょう家だ。

 顔を引き攣らせて手を付けない千紗とは対照的に、眞祥は紅茶を口元に運ぶと、ゆっくりと匂いを嗅いだ。

 途端に、眞祥の顔がほころぶ。

 次に、一口嚥下する。

 益々、眞祥の顔がほころんだ。

「これは……美味しい。匂いはしっかりと付いているのに、味になよやかさがなくて、コクもある。でも、嫌な苦味はない。それに、こんなに濃い赤――ミルクやレモンなどで誤魔化さずに、ストレートでこんなに美味しいのは珍しい」

 まるで試飲をしたような感想だ。

 けれど、何故か瑠璃はそれに食い付いた。

「そうでしょう? 本当に美味しいけど、アンデル共和国って遠いじゃない? それにオーギュリアって、結構僻地なのよ。元々の美味しさと希少性の分の高価さとは別に、運搬費の高さが付いて、地球だと本当に高くなってしまうのよ。それこそ、お金持ちじゃないと手が出せないわ。何とか安くできないものかと思ってはいるんだけど、どうしようもなくて……」

 ほうと溜息をつく瑠璃に、眞祥の目がきらりと光る。

「では、父と母に少し掛け合ってみます。今は無理ですが、数年後には、必ず」

「あら? 貴方のご両親って……」

「紅茶の仕入れや販売をしております。今はここにおりませんが、連絡を付けられたら、父は必ずこの話に乗って来るはずです」

「そう? それは嬉しいわ。このオーギュリアを最初にアンデル共和国で作ろうとしたのは、私の大伯父なの。だから、私も小さな頃から紅茶が好きだったんだけど、夫も娘も、こういった方面には興味がないみたいで……」

 そう言って溜息をつく瑠璃に、千紗はまるで眞祥が二人いるような錯覚を感じる。

 見ると、由梨亜と耀太は全く同じ顔で目を逸らしていた。

 千紗は思わず顔を引き攣らせたが、よくよく考えれば、自分もきっと同じような顔をしているのだろうと思い付き、堪らずにげんなりと脱力した。

 眞祥はちらりと横目で由梨亜と耀太を窺い、彼らが二人の会話に全く興味がないのを見て取ると、心底から残念そうに溜息をついた。

「そうですか? 残念です。僕も紅茶は大好きなのですが、姉や千紗は、全く興味がないみたいで……本当に、嘆かわしいことです」

「そうよね、こんなに美味しくて楽しいのに!」

 二人して大盛り上がりしているのに、他の三人は顔を引き攣らせた。

「あ~、その、何だ。彼は――」

「紅茶狂いですから、ああいうのは無視して構いませんよ?」

 千紗は、思わず溜息をついた。

 由梨亜も、二人を遠い目で見詰める。

「まさか、ここであんなに盛り上がるなんて……。それに、お母様が眞祥についていけるくらい紅茶が好きだなんて、知らなかったわ」

「…………私も、知らなかった」

「奥さんなのに、ですか?」

 さすがに驚いて千紗が目を瞠ると、耀太は苦笑した。

「まあ、自分の趣味が珍しいと分かっているからだろうが……君、あれをどうにかできるか?」

 耀太に真剣に言われて、千紗は仰け反った。

「無理ですよ! ああなった時の眞祥なんて、お母さんかお祖母ちゃんくらいしか止められないですからねっ? しかも、それが二倍!」

「………………無理なことを言って悪かった」

 さすがに、耀太も目を逸らして謝罪する。

 三人が引いている間にも、眞祥と瑠璃の紅茶談義は益々盛り上がっていく。

 由梨亜はそちらを見ないようにしながら、千紗にお茶を勧めた。

「千紗…………取り敢えず、これ飲んで落ち着いたら?」

「………………うん。今、ここにこれしかないのが不幸だよ……。うちに帰ったら、眞祥に感想とかを求められるに違いないんだから……」

 千紗は嘆きながらも、紅茶を含む。

「あ、美味しい。さすがは高級品」

 千紗は、眞祥達に聞こえないように、小声で呟いた。

「うん。そうよね。これ、本当に美味しいのよ。ただ……ねえ? お父様」

「ああ……。ただ、話にはついていけないな」

 三人がちらりと窺うと、眞祥と瑠璃は益々話が盛り上がっている。

 時計を見て、千紗は溜息をついた。

 確か、うちを出たのは午後一時過ぎ。

 今は二時で、既に三十分は彼らの会話は続いているだろう。

 けれど、飽きた雰囲気どころか、益々過熱しているのだ。

 これでは、夕方までに帰れるかどうかも分からない。

「あ~、いざとなったら、置いて行ってもいいですか? あれ」

「……ああ。すまないな」

「いえ……まさか、眞祥並みに紅茶好きな人がいるなんて、思ってなかったので……。はあ、こんなことになるんだったら、眞祥連れて来なきゃ良かった……」

 彼の唯一の成果と言えば、ぎすぎすとした耀太と千紗達の間の空気を、瑠璃とともにぶち壊して、おまけに奇妙な連帯感のようなものを三人に覚えさせたことだろう。

 ……けれど、千紗の本音を言えば、こんな手助けなんて要らなかった。

 眞祥と一緒に暮らし始めてから、もう好い加減嫌になるくらい、紅茶について語られているのだ。

 本当に、この癖さえなければ、顔もいいし頭もいいし機転も利くし、どこから見ても完璧人間なのに、あまりにも残念過ぎる趣味だ。

 千紗は、色々な意味を含んで深い溜息をついた。



(終)

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