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―貴族と庶民―1

番外編~邂逅のその時~第五章の後日談に当たる話です。

「あ~、やだやだ……。ほんっとやだ。ねえ、。やっぱあたし帰る――」

「そんなの駄目に決まってるでしょう? 、貴女受け入れたわよね? 私と一緒に、昨日遅くなったことをお父様に納得させてくれるって。それで、あと家まで約五分って距離まで近付いているわよね? それなのに、一体何を躊躇ってるの?」

「そうだぞ、千紗。往生際が悪い。……と言うより、そもそも、どうして俺まで巻き込んだ? 由梨亜」

 まさやすが白けた目で由梨亜を睨むと、由梨亜はぺろりと舌を出した。

「え~、だって、私一人だったら、お父様を説得し切れる自信がないんですもの」

 そう言ってふうと溜息をつく由梨亜に、千紗が顔を顰めた。

「ねえ、そういう時だけお嬢様ぶるのやめてくれる? 悪寒がする」

 その言葉に、由梨亜の眉が吊り上がるが、咳払いをしてそれを誤魔化した。

「む、しょうがないじゃないの。だって私、正真正銘(ほん)じょう家のお嬢様ですもの」

「それが分かってるから言ってんの。だって由梨亜の性格とかって、どっちかって言うとお嬢様って言うよりは庶民に近いでしょ? まあ、服装はお嬢様だけどさ……」

 千紗はそう言って、ちらりと由梨亜の服装を見下ろした後、深い溜息をついた。

 その様子に、由梨亜は頬を赤くする。

「しょ、しょうがないじゃない! 私、あんまり服を自分で選べないのよ! 全部、お父様が勝手に買って来るんだもの!」

「うわ~、出た、お嬢様発言。はあ~、全く、こんなのが地球連邦随一の貴族の、本条家のお嬢様だなんて……世も末だなあ。眞祥もそう思わない?」

「何よ! 世も末って! 言い過ぎじゃないのっ? 眞祥もそう思うわよねっ?」

 若干殺気立った少女二人に、睨み付けられるような勢いで見詰められて、眞祥は視線を泳がせた後、

「んまあ……コメントは控えさせて頂く」

 実に、賢明な発言だ。

 けれど、勿論二人はその言葉に納得しない。

 特に千紗は、思い切り頬を膨らませて言った。

「え~、ちょっと眞祥! 何言ってんのっ? 眞祥はあたしの幼馴染みでしょうが!」

「ん? そうだったか? 俺の基準では、お前は幼馴染みに該当しない」

 すげなく返した眞祥に、千紗はぶすくれると――にやりと笑った。

「そうだったねえ? 確かに、あんたとあたしは、幼馴染みって言うよりは、親戚だもんねえ? 眞祥叔父さん(・・・・)?」

 ぴしぴし、と眞祥の額に青筋が浮かぶ。

「うん、そうだった。眞祥叔父さん(・・・・)の言う通り! 確かにあたしは叔父さん(・・・・)()だから、紛れもなく親戚だもんね! ごめんね、叔父さん(・・・・)!」

「……てんめえ……!」

 眞祥が、怒りに拳を震わせて千紗に詰め寄ると、

「あ、ごめんなさいね、眞祥。もううちの前だわ。だから、もう言い争いはお終いね?」

 由梨亜の絶妙なタイミングでの言葉に、眞祥が頬をひくりと引き攣らせる。

「お前らなあ……」

 千紗は意図的に眞祥を無視すると、屋敷を見上げてごくりと唾を飲み込んだ。

 今まで、千紗が見たこともないほどの大きさのそれは――明らかな、豪邸だった。

 千紗は、思わず一瞬立ち竦む。

 昨日は暗かったし、脇に車を着けたから、こんなに大きいとは思わなかったのだ。

 けれど、さすがはここに住んでいるからか、それとも東京の家はもっと大きかったのか、由梨亜は躊躇いもせずに正門の前に立つ。

 すると、門は自動的に開いた。

 恐る恐るそこから中に入り、どんな仕組みになっているのかと門の脇を覗くと、人が二、三人ほど寝泊りできそうな大きさの小屋があって、どうやらそこから目視で門を開閉しているようだ。

 由梨亜がそちらを向いてにっこりと笑うと、そこに詰めている男性はにっこりと笑い返して会釈した。

 その一方で、千紗と眞祥には不審気な視線を向ける。

 確かに、由梨亜はこちらに引っ越して来たばかりだし、家に招くほど仲のいい友達がいるとは思えないので、ここに来た由梨亜の同級生は千紗と眞祥が初めてだろう。

 もし彼が、由梨亜が東京にいた頃から門番をやっているのなら、それ以上に『何故庶民ごときがこんな所に来るのか』という意識もあるかも知れない。

 千紗は、気付かれないように小さく溜息をついた。

 これだから、貴族は嫌なのだ。

 こちらを見下して、当然と思い込む。

 そして、それに引き込まれた庶民も、また。

 こんな差別社会がまかり通っているからこそ、父は、死んでしまったのだと――そう思うと、哀しくなった。




 耀ようは、苛々と部屋の中を歩き回った。

 こういう時、椅子に泰然と座っていた方がよいということは分かっている。

 けれど、椅子に座っていても延々と貧乏揺すりをするだけだと思い知ったので、それくらいならば、部屋の中を歩き回った方がましだと思ったのだ。

 だが、今の自分の様子はまるで落ち着きのない虎や獅子のようだと思うと、何だか嫌になって来て、結局ソファーに座ったり立ったりを繰り返した。

 の方は、そんな耀太の様子を見て、完璧に呆れ顔だ。

 しかし、この夫に苦言を呈してもあまり変わらないと知っているからかどうか、何も言わない。

 もしかしたら、ただ面倒臭いだけなのかも知れない。

 耀太の苛々が頂点に達しようとした時、扉が開かれた。

「失礼致します。由梨亜様をお連れ致しました」

 そう言って頭を下げるすずが、どうしても由梨亜の隣にいる二人の名前を呼ばないのは、庶民がこの屋敷の表部分にいることを認めたくないからだろう。

 耀太は、思わず苦笑した。

 彼女は中級貴族の三女で、本条家の一人娘の一のお付きということもあり、かなりプライドが高い。

 そこら辺を庶民が歩いている分には構わないが、自分や敬愛する主人一家に親しくされるのが気に食わないのだろう。

 耀太は、そもそも庶民とは別世界の人間だと認識しているので、鈴南ほど嫌悪はしていない。

 ただ、こちらに関わって来るのを煩わしく思うだけだ。

 けれど、その寛容さも限度がある。

 まさか、自分の自慢の品行方正な娘が『夜帰り』するなんて、思いも寄らなかった。

 まだ夕方程度なら許せるが、娘が帰って来たのは八時前だ。

 その原因は――確実に、娘の傍にいる二人の庶民に間違いない。

 耀太は、眦を険しくした。

 そして、そのまま三人の元に歩み寄る。

 由梨亜は、耀太の威圧に少し怯えたような顔をする。

 その表情に申し訳なく思ったが、それもこれもこいつらを追い出す為だと思って、由梨亜の連れて来た二人に目を移すと――二人の方は、全く怯えていなかった。

 少年の方は読めない微笑を浮かべ、少女の方は、全くふてぶてしいことに、どこか面白そうな表情で笑みを浮かべている。

 全く堪えていないその様子に、耀太の怒りが益々募る。

「お前らか。由梨亜を誑かして、夜遅くまで家に帰らなかった元凶は!」

 耀太は、わなわなと体を震わせて二人を指差す。

「え? 何のことでしょうか?」

 そう言って小首を傾げる少年に、耀太の怒りは頂点に達する。

「貴様、そうやって誤魔化そうとっ――!」

 けれど、その耀太に瑠璃が声を掛けた。

「まあ、取り敢えず座りませんか? ねえ、貴方達も、こっちに来てくれないこと? 由梨亜がお友達を連れて来るなんて、とても珍しいから」

 そう言ってほえほえと笑う瑠璃に、耀太は気が殺がれた。

「お前なあ……」

「まあ、いいじゃないの、貴方。ほら、由梨亜も。こっちにいらっしゃい?」

 言い方は柔らかいが、どうしても譲る様子がない瑠璃に――耀太は、思わず天を仰いだ。

 瑠璃は由梨亜の母親だからと思って、ここにいることを許したのだが、それは間違いだったかも知れない。

 事実、瑠璃の独特の調子に、耀太はいつも逆らうことができないのであった。




 千紗は、正直なところ飽きていた。

 周囲の召し使い達が向けて来る視線と言い、由梨亜の父が上げた怒声と言い、全て思った通りだったのだ。

 むしろ、ここまで想像した通りだと笑えて来る。

 どうやらそれは眞祥も同じらしく、ちらりと見上げると、明らかに醒めた目で、それでも微笑を浮かべていた。

(多分この後、由梨亜と一緒にこの人を説得するってことになるんだよね? でも、眞祥結構怒ってるって言うか、この人こてんぱんにしたそうにしてるって言うか……。まあ、眞祥に任せればいいや。どうせこの人だって、由梨亜が遅くなった理由を説明してほしいっていうよりも、そのことに文句が言いたいだけみたいだし)

 千紗は呆気なく役目を放り投げると、由梨亜の母親らしき人に声を掛けられたのを好機に、いそいそとソファーに腰掛けた。

 昨日訪れたなみ家のソファーは、見た目には大変豪華な物であったが、そこに座った眞祥いわく、『座り心地はホームセンターの安物よりも悪かった』らしい。

 けれど、さすがに本条家でそんなことはない。

 見た目はシンプルだったが、よくよく見ると天然繊維でできていて、中に詰まっているクッションの弾力もちょうど良かった。

 横目でちらりと眞祥を窺うと、先程よりも穏やかな笑みを浮かべている。

 どうやらこのソファーは、彼のお気に召したらしい。

 ふと前を見ると、にこにこと由梨亜の母に微笑まれた。

「初めまして。私は由梨亜の母で、瑠璃と言うの。貴方達のお名前を伺ってもいいかしら?」

 その丁寧な様子は、彼女の隣で苛々と貧乏揺すりを始めた夫とは実に対照的で、好意が持てる。

「初めまして。あたし、さいいん千紗です」

「初めまして。僕は東風こちがみ眞祥と申します。由梨亜さんのお母様が、こんなにお綺麗だとは思いもよりませんでした。由梨亜さんは、お母様に似たのですね。どちらも大変な美人です」

 口から砂を吐きたくなる甘い言葉に、千紗は呆れた。

 彼は、普通の美貌だったら適当な挨拶で終わるが、綺麗な人だったら、こうやって必ず甘い言葉を付け加えるのだ。

 しかも、それが許されるほどの顔を持っているのが、余計に腹立たしい。

「あら? 若い子にそんなことを言われるなんて、随分と久し振りだわ。だって私、貴方のお母様くらいの年齢でしょう?」

「いいえ? 僕の母は遅くに僕を産んだので、もう五十代も後半になりますし」

「まあ、そうなの? 私はまだ三十五だから、貴方の御母様とは、下手をしたら親子ほど離れているわねえ」

「ええ、そうでしょうね。僕の姉も、確か今年で三十歳になりますから」

「え? じゃあ、姉弟なのに二十歳も離れているの?」

「はい。凄い差ですよね」

「まあ……」

 ……実に、和んでいる。

 由梨亜からの視線を感じ、千紗は若干顔を引き攣らせた。

 今の視線は、明らかにこの二人をどうにかしろというものだろう。

 はっきり言おう。

 ……無理だ。

 由梨亜もそれを分かっているから、何も言わない。

 けれど、それが分からない人間がいた。

「――お前ら! 何を喋っているのだ! ……そうか。お前はそうやって、由梨亜も誑かしたんだなっ?!」

「何を馬鹿なことを……」

 さすがに眞祥も、瑠璃から視線を外して呆れ顔で呟いた。

 あまりの言葉に、由梨亜は溜息をついた。

 千紗も、あまりのことに口が塞がらない。

 そして、眞祥に向いていた耀太の矛先は、今度は千紗に向かった。

「お前も、共犯なのだなっ?! さあ、立て! この街から追い出してやる!」

「はい?」

 千紗が目を点にしていると、その様子に更に苛立ったのか、いきなり腕を引っ張られた。

「はっ?! ちょっと何すんのよ!」

「ここから追い出すに決まっているだろう! 鈴南! こいつの家を知っていると、前に言っていたなっ? すぐに警察へ通報しろっ!」

 その言葉に、唖然としていた鈴南は飛び上がった。

「あ、えっと……はいっ!」

 どうやら、彼女にとって主人の命令は絶対のようだ。

 千紗は腕を掴まれたまま、大袈裟に溜息をついた。

 そして、冷たい目でこちらを窺っている眞祥に目配せをする。

 それで千紗が何を求めているのかが分かったのか、眞祥は立ち上がり、鈴南の前に立ち塞がった。

「な、何ですっ?!」

 この部屋は、出入り口が一つしかない為、そこを塞げば出られない。

「すぐにそこを退きなさい! 私の邪魔をするつもりならば、容赦はしませんよっ?!」

 肩を怒らせる鈴南に、眞祥がふっと笑った。

 そして、十歳にしては長身の体を活かし、鈴南の頬に触れる。

「えっ?!」

 仰天して硬直する鈴南に、眞祥はにっこりと笑い掛ける。

「そんなお顔をなさらないで下さい。折角のお美しい顔が台無しです」

「え? ちょっと……何を言っているんですかっ?」

「本当に、貴女ほど『明眸皓歯』という言葉がお似合いの方はいらっしゃいません」

「め、明眸皓歯って……言い過ぎでしょう? 私の目は普通ですし、歯が白いのも、召し使いとしての職業柄で……」

 普通の小学生は分からないような言葉を使って褒められたせいで、相手が子供だということがどこかに飛んでしまったのか、鈴南は頬を赤らめて恥じらう。

「ですから、その努力を惜しまない心根がお美しいのですよ。分かっていてもやらない、自分に投資をしない嘆かわしい女性は、この世に数多いるのですから」

 そう言ってこちらをちらりと見る眞祥に、千紗の額に青筋が立つ。

 けれど、ここで何か言っては台無しだ。

 だから、何とか耐える。

「そう、その凛とした立ち姿も、主に忠実な真っ直ぐなご気性も、清雅な雰囲気も、全て素晴らしい。それに、主に呼ばれるまでは己の存在を消し、慎ましく控えていたのも、実に女性らしく、世間一般の女性から抜きん出ている。理想の女性の鏡と言っても過言ではありません」

「ま、まあ……そんな……」

 鈴南は、真っ赤に頬を染めた。

 見たところ、若く見積もっても二十代の後半にはなっているだろう。

 下手をすれば親子ほど離れているのに、それでも鈴南を堕とす眞祥の腕前は、ホストにでもなったら貢がれまくるであろう。

 まあ、本人にそんな気は全くないのだが。

「本当に、あんな怖い顔は、貴女には全く似合いません。そうやって、笑顔でいて下さい。その方が世の為――いえ、僕の為になりますし、貴女の主達も、貴女が笑っていれば嬉しいでしょう。貴女は、ここに長年住み込んでいるのでしょう? ならば、家族も同然のはず。家族が笑っていれば、嬉しく思うのは道理。そうでしょう?」

「え、ええ……」

 どうやら、一段落ついたらしい。

 千紗が耀太を見ると、あんぐりと口が開いている。

 どうやら、娘と同い年の少年が、妻と歳の近い召し使いを口説き落としたことが信じられないようだ。

 その隣では、瑠璃が口元に手を当てて笑いを噛み殺している。

 最後に由梨亜を見ると、どこか満足そうな顔をしていた。

 由梨亜に微笑まれて、千紗も頷き返す。

 それを受けて、由梨亜は父の目の前に立った。

「ゆ、由梨亜……」

 掠れた声で耀太が呟くと、由梨亜は腰に手を当てて、しかつめらしく言った。

「いいですか? お父様。誑かすって言うのは、ああいうのを言うんです」

 さすがに、耀太も反論できないようだった。



(続)

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