―双子のお姫様―3
話の中に、いじめの表現や差別的な発言が出て来ます。
苦手な方はご注意下さい。
明るい日差しに照らされているからなのか、若葉の顔色はだいぶ良かった。
「良かった。元気そうね、若葉」
その声に振り返った若葉は、由梨亜に苦笑してみせる。
「そうよ。第一、お父様達は過保護なのよ。一週間も休め、なんて……」
「そんなことないわよ。あんなことがあって、平気で娘を送り出せる親がいると思う?」
その言葉に、若葉はくすくすと笑う。
けれど、ふと笑いやむと、真剣な顔になって由梨亜に向き直った。
「ねえ、由梨亜。咲って、結局どうなったの?」
その言葉に、由梨亜は少し顔を強張らせた。
「……取り敢えず、学校には来てないわ。私達の通ってる学校は、私立だし……多分、退学処分は免れないでしょうね。――それに、並樹家の他の人達も、東京にはいられないだろうって……お父様が、仰っていたわ」
「そう……」
そう言って顔を俯かせる若葉に、由梨亜は慌てて言う。
「ちょっと若葉! 何落ち込んでるのよ! 咲のあれは、自業自得よ。それに、若葉が無事で良かったわ。それが第一よ。それに、咲はまだ四年生だし、義務教育の途中よ。放り出されることはないわ。仮に並樹家の事業が全て破綻しても、最低限の生活は保障されるもの」
「そう……よね、それは、分かっているけど……」
それでも目が彷徨っているのは、若葉が優し過ぎるせいだろう。
「もう、何言ってるのよ、若葉! 若葉はもっと咲を憎んでいいんだからね!」
お茶を持って来た双葉は、一体いつから話を聞いていたのか、突如会話に割り込んで来た。
「もう、双葉ったら……」
そう言いながらも、若葉は苦笑している。
どうやら、気分を持ち直したらしい。
その様子を見ながら、由梨亜はあることを告げるかどうか迷う。
けれど、いつかは言わなければならないことだから、覚悟を決めた。
「双葉、若葉」
「何?」
「どうしたの?」
「私……来年、転校することになったわ」
由梨亜の言葉に、双葉と若葉は凍り付いた。
「え……どういう、こと?」
「そんな、だって、何で……?」
由梨亜は俯きながら言った。
「お父様の事業で、力を入れる部門を変えるらしいのね? それで、その本拠地と言うか、基盤となる所が、東京から移るの。それで、私もそっちに引っ越さなければならないの」
由梨亜はそう言うと、小さく苦笑した。
「これが決まったのは、去年だったけれど、ほら、咲のこととか、色々あったじゃない? それで、言い出せなくて……。来年のいつ転校するのかはまだ分からないけど、でも、来年中に引っ越すことは間違いないから……」
そう言って由梨亜が苦笑すると、途端に二人は顔を曇らせた。
「でも、由梨亜……」
だが、その時、
「わかばあねうえ~!」
そう言って、義彰が駆け込んで来た。
「わっ。ちょっと、義彰! 重いわよ!」
若葉がしっかりと抱えながらも言うと、義彰は頬を膨らませた。
「あねうえ~……」
「ああ、分かった。分かったから。ほら、義彰! こちょこちょこちょ~」
そう言って若葉が義彰をくすぐると、義彰はきゃあきゃあと歓声を上げる。
「ふふ、可愛い! 私、弟妹がいないから、ちょっと羨ましいな……」
由梨亜が唇を尖らせて言うと、双葉はにっこりと笑って、若葉の膝の上に座っていた義彰を抱き上げた。
「ふたばあねうえ?」
きょとんと目を瞬く様子が、また可愛い。
双葉に膝の上に乗せられると、由梨亜は思わずぎゅっと抱き締めた。
確かに、小さい子供はとても可愛い。
「おねえちゃん、だあれ?」
もぞもぞと動きながら義彰に訊ねられて、由梨亜はにっこり笑って答えた。
「私は由梨亜よ。本条由梨亜。宜しくね? ねえ、貴方、お名前は?」
「ぼくは、まさのみやよしあきだよ!」
自分の名前を名乗る様子は、とても張り切っている。
その様子が可笑しくて、由梨亜はくすくすと笑った。
「ゆりあおねえちゃん? どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ」
由梨亜はそう言うと、そっと義彰を床に下ろした。
途端に、もうこの部屋にいるのが飽きたのか、部屋の外に駆け出して行く。
遠くの方で、微かに
「ははうえ~!」
という声がして、本当に子供っぽかったので、由梨亜は思わず吹き出した。
「ちょっと、由梨亜? どうしたの?」
「う、ううん……だって、あの頃の双葉と若葉、あんなに子供じゃなかったから……。末っ子って、本当に甘やかされて、伸び伸びと育ってるんだなあって思ったのと、姉弟の落差が激しいなあって思ったのと……」
「何ですってえ!」
双葉に伸し掛かられて、由梨亜は声を上げた。
「ちょっとっ! 重いってば! それに……」
「それに?」
由梨亜は、ちらっと双葉と若葉を見る。
「あんなにちっちゃいんだったら、すぐに私のこと、忘れちゃうんだろうなあって思って、ちょっと寂しかっただけ。来年また会っても、まだ初等部の二年でしょ? 私だって、引っ越したらそうそうこっちには来れないだろうし……」
由梨亜は少し躊躇った後、小さく言った。
「ねえ、双葉、若葉……。私のこと、忘れないよね?」
その言葉に、二人は呆気にとられた顔をした後――思いっ切り、首を絞め上げられた。
「ちょっと由梨亜! 私達、もう四年生なんだよっ?! そんなに簡単に、親友を忘れる訳ないじゃない!」
「そうよ! 見くびらないでよね! 本当に! そこまで言うんだったら、由梨亜が引っ越した後、不意打ちで訪ねて行って見せるから! 覚悟しといてよね! 絶対に、それまで由梨亜はこっちに来たら駄目なんだから!」
双葉が断言したその内容に、由梨亜は思わず目を白黒させる。
「はあっ?! 仮にも内親王が、そうほいほいと自由に外出できる訳ないでしょっ?! 警備とか考えたら、絶対に無理よ!」
「何言ってるのよ! そこをどうにかするって言ってるの! とにかく! 何年掛かるか分からないけど、絶対にこっちから由梨亜の所に行くんだからね! それまではこっちに来ちゃ駄目なんだから!」
熱く語る双葉に、若葉が醒めた口調で言う。
「まだ引っ越してもいない時点で、そんな話する?」
「はあっ?! 何よ、まだ引っ越してないからするんじゃない!」
「はあ……知ってる? 双葉。そういうの、取らぬ狸の皮算用って言うんだよ? 行けるかどうかも分からないのに、絶対にこっち来ちゃ駄目って――」
「あ~、煩い、若葉! インテリぶってるんじゃないわよ!」
双葉が若葉に掴み掛かり、若葉はそのままベッドの上に倒れる。
「ああ、もう! 若葉は安静にしてなきゃ駄目なんでしょ!」
そう言って由梨亜が二人を引き剥がそうとすると、何故か由梨亜までベッドの上に引っ張り上げられた。
「もう……二人ともっ! そこに直りなさいっ!」
由梨亜が眉を吊り上げると、双葉も若葉もくすくすと笑う。
由梨亜も、最初は不貞腐れていたが、二人に触発されて笑い出す。
部屋には、楽しげな少女の笑い声が満ちていた。
(終)




