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―双子のお姫様―1

本編第Ⅱ部~戦いの幕開け~の第四章から登場した、双子の内親王の双葉と若葉が主人公のはなしです。


また、話の中にいじめの表現や差別的な発言が出てくるので、苦手な方はご注意下さい。

「あれ……? ふたばに……わかば、よね?」

 まだ幼い少女が目を瞬いて言うと、その正面に立つ瓜二つの双子は、気まずそうにそっくりな顔を背けた。

「なんで……いるの?」

「えっと……」

「その……」

「ねえ、なんで? わたし、なんにもきいてなかったわ」

 三人の幼い子供の間に、気まずい沈黙が流れた。




「あ~、いたいた」

「本当。何でこんな所にいるの? 庶民のくせに」

「さっさと辞めちゃえばいいのに。ねえ?」

「そうそう。分不相応だって、いくら何でも理解してるんでしょ? どうせ」

 くすくすと笑う声に、少女は顔を強張らせた。

「無視よ、ふたわか。あんな雀のお喋り、気に掛けるだけ無駄だわ。時間の無駄、気持ちの無駄」

 が、向こうのグループにも聞こえるくらいの声で言うと、思った通りに、

「何ですってっ?!」

 と、向こうの代表格の少女が食って掛かって来た。

 けれど、由梨亜はそれをあっさりと無視すると、にっこりと双葉と若葉に笑い掛けた。

「あら? 何か聞こえるかしら? 双葉」

「え、え~っと、聞こえないんじゃ、ないかな?」

「やっぱりそうよね。私、疲れてるのかしら。だから幻聴が聞こえるのよね。そう思わない? 若葉」

「え、えっと…………うん」

「こっ……こちらを愚弄するのも好い加減になさい! あい双葉! 愛仁若葉!」

「あ~、雑音が煩いこと。耳鳴りまでしてきたわ。ほら、双葉。次の授業、科学実験室でしょ? 移動しないと。若葉も教室に戻らないと、そろそろ時間が危ないんじゃない?」

「そうよ。ほら、雑音なんか気にしないで。ね? 双葉、若葉」

 由梨亜と、もう一人のクラスメイトが双葉と若葉に声を掛けると、二人はどこかほっとしたような笑みを見せた。

「あ、……ありがと」

「ううん? 何のこと?」

「それより、さっさと行かないと!」

「……うん、そうね」

「じゃあ、また後でね、若葉」

「うん、三人も、また後で」

 背中の方から、凄まじい殺気が湧き立つのを感じるが、由梨亜は無視した。

 ――これが、この殺気立った日々が、由梨亜にとっての日常。

 由梨亜は、小さく溜息をついた。




 この『日常』がいつから始まったのか、それはよく憶えていない。

 けれど、初等部の入学式のことは、今でもよく憶えている。

 双葉と若葉は、由梨亜の幼馴染みだった。

 だが、この時まで由梨亜は、二人が同じ学校に通うということを知らなかったのだ。

 前もってクラス分けの名簿は渡されていて、そこに『双葉』と『若葉』という名が記されているのには気が付いていたが――そこにあったのは、『愛仁』という名字。

 なので、ただ同じ名前なだけの別人なのだと思っていたのだ。

 だからこそ、彼女達を入学式で見掛けてとても驚いたことは、今でも鮮烈に記憶に焼き付いている。

 けれど、それは由梨亜が彼女達の名字を知らなかったということではない。

 彼女達に名字がない(・・・・・)と知っていたのだ。

 だから、この『愛仁』という名字に驚いた。

「そう言えば……どうして、皇太子殿下と皇太子妃殿下は、貴女達の名字を『愛仁』にしたのかしら? 皇太子妃殿下の旧姓でも良かっただろうに」

 放課後、双葉や若葉と共に由梨亜の屋敷で遊びながら、由梨亜は首を傾げた。

「ああ、それ? 私の皇族としての名前って愛宮いつのみや双葉で、若葉は仁宮よしのみや若葉なのね? それで、その愛と仁をとって、愛仁にしたらしいわ。正直、皇族ってばれなければ何でも良かったらしいから、そういう風に作っても大丈夫だったみたい。それに、お母様だって大貴族の一員だから、お母様の旧姓なんか名乗ったら、すぐにばれちゃうわよ」

「でも、私……それ、正直法律違反に思えてならないのよねえ。だってそれ……え~っと、何て言うんだったんかしら、嘘をつくってことでしょ?」

 若葉の言葉に、双葉は考え込んだ。

「ああ……何て言うんだったかしら? 嘘、嘘……詐欺?」

「どうなのかしらねえ……」

 二人して考え込んでいると、由梨亜が恐る恐る訊ねた。

「でも……皇太子殿下には双子の内親王がおられて、その称号が愛宮って言うのと仁宮って言うのは公開されてるのよね? じゃあ、気付く人っているんじゃないかしら? そもそも、『愛仁』って名字自体、珍しいどころかあり得ないでしょ?」

「う~ん、どうだろう……?」

「ま、気付いたところで、私達にはどうしようもないし」

 そう言って人形を抱き上げる、能天気な双葉と若葉に、由梨亜は小さく溜息をついた。

 けれども、同時に思う。

 彼女達が、実は天皇の直系の孫――内親王であるということがばれれば、こんな下らないいじめは終わるのに、と。




 くすくす、くすくす、と、密やかな笑いが聞こえる。

 双葉は、強く唇を噛み締めながら背筋を伸ばした。

 この初等部に入学してからずっと、いじめと言うか、派閥の対立が続いていた。

 けれども、この頃余計に酷くなってきた気がする。

 確か、半年ほど前――初等部三年生の後半に入った頃からだっただろうか。

 しかし、その理由は分かっているのだ。

 ちょうどその頃、この学校に天皇の孫――賢宮まさのみやよしあき親王が入学することが決定したのだ。

 まあ、この学校は日本州でも最も歴史の古い学校の一つであり、代々皇族はこの学校に通って来ているから、義彰がこの学校に入るということは自然なことだ。

 けれど、そのことが起爆剤となって、一部の血統至尊主義者達による『庶民排斥運動』が活発になってしまったことは事実だ。

 事実、元からこの学校に通っていた富豪の子息達は、彼らの圧力に耐え切れずにもう既に何人も辞めている。

 そして、彼らの狙いは、勿論双葉と若葉にも向かっていた。

 彼らにとって、富豪がこの学校にいることすら赦せないのだ。

 ましてや、庶民だと思われているこの二人が、退学もせずに居座っている。

 そのことが、決して赦せないのだろう。

 本当の、彼女達の身分を知りもせずに。

 双葉は深い溜息をついた。

「なあに? こんな所で溜息をつけるなんて、庶民はいいわねえ、お気楽で。あたくし達貴族とは違って、本当にのろまなんだから。そうでしょう? 皆さん」

 歪んだ笑みを浮かべる少女――中流貴族出身のなみさきに、双葉は思わず顔を顰めた。

「そうそう」

「ほんっと、庶民は気楽そうでいいわあ~」

「まあ、気楽って言うか鈍感かしらねえ?」

「まあ、ふふ……」

 双葉は再度溜息をついた。

 こいつらに捕まると、本当に厄介なのだ。

 簡単には放してもらえないし、こちらも言い返すことは言い返すのだが、何分多勢に無勢な為、こちらの語彙もいずれは尽きてくるし、精神的にもじわじわと追い詰められていく。

 ここに由梨亜がいなくて良かったと、双葉は内心考える。

 由梨亜は初等部に上がってから、何と言うか、どこか自分達の保護者のように振る舞っていて、こんな倉庫の裏なんて古典的な呼び出しを受けているのを見掛けたら、激怒するに決まっているのだ。

 いや、でももしそうなった時は、自分が彼女達を呼び出して直談判していたのだと言い張れば大丈夫だろうか。

 しかし、何故か由梨亜は鼻が利く。

 嘘をついても、それがばれたら二重に怒るに決まっているのだ。

 こうなったら、自分が徹底的に咲達をやっつけて、そして由梨亜や若葉には

『え? 何って、ただ直談判してただけよ。勿論、こっちの圧勝に決まってるじゃない。何を気にしてるの? まさか、あんな連中にこの私が負ける訳ないでしょ? 何にも心配要らないって!』

 と言い張れば何とか押し通すことができるかも知れない。

 いや、それでも、何らかの不測の事態がない限り、いずれ由梨亜にはばれてしまうような気がする。

 何て面倒臭――いや、大事な親友に心配を掛けることになるのだろうか。

 そう思って、あまりのかったるさに嫌気が差して溜息をついたのだが、向こうはそれを知らない為、馬鹿にされたと思い込んで更にいきり立つ。

 ぎゃあぎゃあと喚かれて、最早何を言われているのかも聞こえないほどだ。

 双葉は三度溜息をつくと、顔を上げて彼女達を見据えた。

「さっきから聞いてたら、何なの? 煩過ぎて、何言ってるのか分からないわ。しかも、おんなじことの繰り返し。こんなので、私が怯むとでも思ってるの? 本当に馬鹿馬鹿しいわ」

「何ですってっ?!」

 向こうは眉を逆立てるが、

「だって、そうでしょ? 庶民庶民出て行け出て行け、その繰り返し。お猿さんでも言えるわよ? やっぱり、馬鹿の相手は疲れるわねえ。こうやって一々説明しなきゃ、私が何を言っているのか理解してもらえないんだから」

「こ、こちらを馬鹿にするのも好い加減にしなさいよね! 第一、天皇陛下のお孫様が通うような学校に庶民がいるなんて、虫唾が走るのよ! あんたみたいな穢れた人間と同じ息を、賢宮様に吸わせるつもりなのっ?!」

「はっ? 人間が穢れるとか、そもそも聞いたことないわ。それに大変ねえ~。義彰親王も。貴女のその理屈で言うと、庶民と同じ空気を吸ったらいけないんでしょう? だったら、宮内省の人間は全て貴族出身、掃除や配膳担当の人も全員貴族じゃなきゃ駄目じゃない。ああ、それに、公務にも出れないわよ? だって、庶民と一度も接触しない、同じ空間にいないなんて厳しい条件で、移動なんてできる訳ないじゃない? それに、大統領ともお会いできないわよね? だって今の大統領って、庶民出だもの」

 双葉がまくしたてると、向こうは彼女の勢いに押され、目を白黒させる。

 双葉は、もう一押しとばかりに言葉を重ねる。

「ああ、そうそう、忘れるところだったわ。義彰親王がもし公務に出たとしても、その公務先に庶民が勤めているとしたら、その公務はできないってことになるわよね? 貴女達の理屈だと。これじゃあ、皇族の公務は全て果たされないじゃないの。何てったって、皇族にはノブレス・オブリージュがあるんですものね。社会的弱者に対する配慮こそが、皇族の公務の内容の一つよ? それができない皇族なんて、諸州の王族や諸外国の王族に非難されるだけだわ」

 薄く笑みを刷いて、双葉は彼女達を見渡す。

 言いたいことがあるのならば、こちらが高く買い付けてやる。

 精々倍返しにして叩き売ろうではないか。

「んな……賢宮様を、『義彰親王』と、呼び捨てにするなんてっ……! お前はそれでも日本州の人間なのっ?!」

「そうよ! 天皇家に対する尊敬の意がないなんて、この人非人!」

 双葉の言葉の内容ではなく、たかが一つの単語にこだわってがなり立てる、その彼女達のあまりの剣幕に、双葉は思わずどん引きしてしまった。

「は? 何それ? そんな、千年前じゃあるまいし……天皇家を神格化していたのは、そんなに昔の話なのよ? しかも、人非人って……。過剰反応し過ぎでしょ?」

 しかし、その言葉に、更に彼女達はやかましく騒ぎ出す。

 双葉は溜息をつくと、自分の脳内から彼女達の『雑音』をシャットアウトし、考え込んだ。

 もし、自分が内親王という身分を明らかにして、この学校に通っていたら――この人達は、自分をそれこそ神格化して、崇め敬っていただろう。

 その様子が頭に浮かんで、双葉は身震いした。

 天皇家の人間として、双葉は知っている。

 いくら皇族でも、ただの人間なのだ。

 そうやって、血筋だけに尊崇の念を抱かれたって嬉しくないし、神の一族として絶対視されても鬱陶しいだけだ。

 それに、研究と公務と古来からの儀式をこなせば、一般の人間に比べれば大して『働いている』と言えない仕事量でも生きてはいけるが、その分テロなどの過激派の対象になりやすいという危険性を孕む。

 そんなことを知りもせずに、ただ鼻息を荒くする彼女達は、双葉からしてみれば不気味(・・・)の一語に尽きた。

 本当に、頭痛がして来る。

 庶民だとここまで神格化するのは珍しいが、貴族階級だと、こういつ奴らは偶にいるのだ。

 双葉がまたもや溜息を吐いた時、後ろから足音がした。

 ぱっと振り返ると、そこには六歳くらいの男の子がいた。

 その男の子を見て、咲達は飛び上がって周りに群がる。

「まあ、賢宮様!」

「義彰親王殿下、どうしてここに?」

「ここは暗いですから、表の明るい所に参りましょう?」

「あら、ちょっと、押さないでよ」

「そっちこそ、押さないでよ! ほら、賢宮様、参りますよ!」

 突然年上の少女達に群がられ、引っ張られて、義彰は泣きそうに顔を歪めた。

 だが、それを彼女達は都合のいいように解釈する。

「まあ! ここに庶民がいることが、そこまで耐えられぬのですか!」

「ご安心下さい、賢宮様。こ奴は、明日にでも――いいえ、今日にでも追い出しますから!」

 あまりにも彼女達の行き過ぎた態度に、双葉の額に青筋が立つ。

「ちょっと! やめなさいよ!」

 双葉は少女を掻き分け、義彰の前に立ち塞がる。

「あんた達、この子が怯えてるのが見えない訳っ?! 自分より年下の子を怯えさせといて、何が貴族よ! どこが尊敬してるよっ! ただ、自分達の都合のいいようにやってるだけじゃないっ!」

 その言葉に、彼女達が絶句する。

 義彰は、最初はぽかんと口を開けていたが、やがてにっこりと笑って、双葉に抱き付いた。

「ふたばあねうえっ!」

 という、何とも嬉しそうな言葉と共に。

 双葉は、思わず空を見上げた。

(まあ、義彰は六歳だし、黙ってろってのも無理か……)

 しかも、怖い思いをした後なのだ。

 大好きな姉がいたら、嬉しくなるに決まっている。

 双葉は、咲達を見渡した。

 彼女達は、義彰の『姉上』発言に固まっている。

 双葉は溜息をついて、もう今日だけで何度溜息をついたのだろうと思う。

 けれど、考えるだけ無駄だと気付き、義彰を抱きかかえた。

「あねうえー!」

 義彰は、嬉しそうに双葉に抱き付き、頬を擦り寄せる。

 どうやら義彰は、折角同じ学校に通っているのに、接触することを許してもらえず、淋しい思いをしていたらしい。

 ふくふくとした頬は、子供らしくて柔らかく、それだけで双葉は癒された。

 ぎゅっと抱き締めると、益々義彰はしがみ付いて来る。

 これはしばらく離れそうにないなと思いながら、双葉は咲達を一瞥し、その場を後にした。

 これで、双葉と若葉が内親王だということは、明日にでも学校中に広まるだろう。

 初等部に入学してまだ四年目、双葉としては、意外にばれるのが早かったなと感じた。

 けれど、義彰のことを考えるのならば、これが良かったのだろう。

 少なくとも、こんなに嬉しそうにする義彰を見るのは、義彰が入学して以来初めてだった。



(続)

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