表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~邂逅のその時~
21/60

第四章「真実と暴露」―2

「ここ……って……」

 は、呆然とそれを見上げた。

 その家は、最早家と呼ぶのが躊躇われるほどの大きさで、屋敷そのものだった。

 ただ、由梨亜の家には到底及ばない程度の大きさである。

 だから由梨亜が驚いたのは、その家が大きかったから、という訳ではなかった。

 そこが、クラスメイトの家だったから。

 それも、こんな大きな家を建てるほどの。

「まさか、さきの家っ?!」

 由梨亜は、思わずまさやすを凝視する。

「どうして、ここに……」

「まあ……強いて言うなら、仇討ち、かな」

 千紗は腕を組んで、少し難しい顔をしている。

「仇討ち、って……いじめられたから、そんなことを言うの?」

「違うよ」

 由梨亜の語尾にかぶさるほどの勢いで、千紗ははっきりと言い放った。

「あたしは別に、いじめられたぐらいじゃあ、こんなことは思い付かなかったと思う。確かに、あれは嫌だけど……」

 千紗は顔を顰めて、目の前にそびえ立つ館を睨み上げる。

「でも、我慢して、息を殺していれば、中学に上がった時には終わるの。あいつは、中学まで庶民の学校に通う気はないから、どっかの適当な私立に行くだろうし、あたしは近くの公立に行く。それで縁が切れる。まあ――」

 不意に苦笑を洩らすと、千紗は肩を竦めた。

「そういう持久戦って言うか、何にもしないでるのはあたしの性に合ってないけど、どうせ長引いても三年足らず。我慢できなくはないし、実際我慢するつもりだった。それに、相手は没落気味とはいえ貴族。下手なことをすれば、こっちがやられちゃう。そう思って、大人しくしようと思ってたの。……あんなことが、なければね」

「あんなこと、って……?」

 由梨亜が訊ねても、千紗も眞祥も何も言わない。

 ただ、二人で視線を交わしただけだ。

 そうしてそのまま、千紗は無言で玄関へと進む。

 そこは、勿論閉ざされていた。

 だが、由梨亜の屋敷とは違って、人間の門衛はいない。

 ただ、堅固な二メートル以上もある柵状の門がそびえ立っているだけだ。

 勿論そこは、堅く閉ざされている。

 一体どうやって中に入るのかと由梨亜が訝しんでいると、千紗に門の前から退くようにと促され、咲の屋敷からは見えない煉瓦調の塀の辺りに移動する。

 すると、何故か眞祥が携帯端末を取り出した。

 それで、どこだかに電話を掛ける。

 しかし、すぐにその電話は終わってしまった。

「…………?」

 由梨亜は問い詰めようと千紗を見詰めたが、首を振られ、おまけに黙っているようにと促される。

 ――時間にして、五分ほど経った頃だろうか。

 慌ただしく駆ける足音が聞こえたかと思うと、門扉がゆっくりと内側に向かって開いた。

 そして、人一人がぎりぎり通れる広さになったかと思うと、一人の少女が駆けだして来て、眞祥に飛び付いた。

「まあ、眞祥! 何度あたくしが誘っても来なかったのに、よく来てくれたわ! ほら、入って。ちょうど今日は、お父様がお休みだからいるのよ。ああ、何て運のいい日に来てくれたの! お父様はお忙しいから、週の半分は東京に行っているのよ?」

「ええ。以前にもお伺いしたことはありますよ、なみ様」

「ああ、だから、もう何度言わせるの? 名前で呼んでって。それに、うちだとお父様もお母様も、お兄様もみんな並樹なのよ? 区別が付かなくなるじゃないの」

「いいえ、ご身分が違うと、何度も申し上げているでしょう?」

 由梨亜は、思わず呆気にとられた。

 由梨亜は学校ではいつも咲に付き纏われ媚を売られているが――いや、だからなのか、いくら顔がいいとはいえ、咲が庶民の男子にここまですり寄っているなんて、初めて見た。

 由梨亜が唖然としていると、ふと横を風が吹いた。

 思わず隣を見ると、そこにいたはずの千紗の姿がない。

(あ、あれ……?)

 由梨亜は慌ててきょろきょろと辺りを見回したが、目に付いた動きと言えば、咲が眞祥を門の中に引きずり込み、門が閉ざされただけだ。

 由梨亜は一人、道に突っ立っていた。

(置いて、かれた……?)

 由梨亜のこめかみを、汗が伝い落ちる。

「何ぼうっとしてんの?」

 どこからともなく千紗の声が聞こえ、由梨亜は慌てて辺りを見渡した。

 でも、どこにも彼女の姿はない。

 由梨亜が不安に駆られると、

「どこ見てんの、上だってば」

 由梨亜は慌てて空を見上げたが、そこにはただ青い空が広がっているだけだ。

「ちょっと、あんたってほんとに馬鹿なの? 上って言われて空見上げるなんて、正真正銘の大馬鹿か純粋培養のお嬢様だけだって――あ、そうか。あんた、正真正銘のお嬢様だもんね。仕方ないかあ」

 由梨亜が何とか声の元を辿ると、塀の上に千紗の姿があった。

「どうやって……そこまで上がったの?」

「どうやってって、助走付けてジャンプして塀の上に手ぇ引っ掛けて、あとは木登りみたいに登っただけだよ? ほら、煉瓦風に作ってあるから、とっかかりが多いんだよね。さすがに四、五メートルくらいだと難しいけど、三メートルないもん、ここ」

 千紗はあっさりと言うと、含み笑いをして由梨亜を見下ろした。

「まあ、あたしは平気だけどさぁ、あんたは無理だよね、ここ登んの」

「あ、当たり前じゃない……」

 千紗は明るく笑うと、ぴょんと塀の内側に飛んだ。

「あ、ちょっとっ……!」

「門の方に回って。今開けるから」

 少し張り上げた声に促されて、由梨亜は恐る恐る門の前に立つ。

 すると、あっさりと門は開かれた。

 と言っても、それは僅かな隙間でしかない。

「ほら、さっさと入ってよ」

 門の近くに佇む千紗から不満気に言われ、無断で中に入るのに躊躇っていた由梨亜は、慌てて門の内側に滑り込む。

 その途端、すぐに門は閉められた。

「どう……やったの?」

「何が?」

 何も躊躇うことなく屋敷へ歩いて行く千紗に、由梨亜は焦りながらその後ろを追い掛ける。

「何がって、どうやって門を開けたの? 人もいないのに……」

「だから、その人の代わりをあたしがしたんだってば。この家は広いけどさ、家計の実情は火の車なんだ。だから、こういった所に人を雇う金がない。だったらさ、ここを開け閉めするのは、ここを通る人しかないじゃん? だから、あたしでも簡単に開けられたって訳」

 あっと言う間に並樹家の玄関に辿り着いたかと思うと、今度は遠慮もへったくれもなく玄関の扉を開け放つ。

「あ、ちょっ……!」

 由梨亜が慌てて手を伸ばしても、千紗はするりと中に入ってしまう。

 あまりにずかずかと進んで行く千紗に、由梨亜は躊躇いながらも後を追った。

 けれど、不安が付いて回る。

「ねえ、ちょっと……いいの、これ? 不法侵入じゃない」

「違うよ? あたし達は、門の前でこれを見付けたの」

 千紗は、人差し指と中指の間に挟んだカードを振った。

「それ……学生証?」

 由梨亜は、思わず呆気にとられた。

 しかも、その学生証は咲の物だ。

「どうやって、そんな物……」

「ん? 眞祥がかすめ取ってたの。知らなかった?」

「知らないわよ……」

 由梨亜は、思わず脱力した。

「でも、それじゃあ不法侵入したことには変わりないじゃない……」

「だから、違うってば。ここは咲のお屋敷だし、家の目の前で拾ったなら、届けるのが普通でしょ? それで見たら、門が開いてたから、こうやって入って来たの」

 ふてぶてしく笑う千紗に、由梨亜は更に力の抜ける思いで額を押さえた。

「そんな屁理屈、通用するとでも思ってるの……?」

「通用するとかしないじゃなくて、通用させるの」

 不意に強い口調で言われ、由梨亜は訝しげに千紗を見上げる。

「彩音さん……?」

「ああ、ここだね」

 千紗はしゃがむと、何かを手に取った。

 そして、その何かを巻き取るような仕草をする。

「え……? ちょっと、何やってるの?」

 由梨亜もしゃがむと、何かがきらりと光った。

「これ? テグス。まあ、天然繊維のじゃない、強いて言うなら『テグスもどき』かな? 本物だと高過ぎて、あたしみたいな一般庶民には手出しできないからね。でも、透明度で言うとこっちの方が上だよ? これ、注意して見ないと見えにくいから、眞祥に屋敷の玄関から落として行ってもらったの。これだったら、簡単に後を追えるでしょ?」

「そりゃあ、そうだけど……」

 由梨亜は呆れて溜息をついた。

 こんなことは、一朝一夕には思い付かないだろう。

 つまり、千紗と眞祥は、随分と前から用意周到に準備を進めていたということだ。

「貴女……一体、何を仕出かす気なの?」

「それはまあ、見てのお楽しみってことで」

 千紗は悪戯っぽく笑うと、またしても無造作に扉を開け放った。

 しかも、乱暴(・・)に。

 ダーンという音が響き、中にいた咲は驚いてこちらを見た。

 その向かいでは、ゆったりと眞祥が紅茶を飲んでいて、咲の隣や近くには、咲の両親や兄と思われる人物がいる。

 彼らも咲同様に驚いていて、唯一泰然としているのは眞祥だけだ。

「何だ、遅かったな」

「仕方ないじゃん。あたしだけだったらさっさと来れたけど、塀を乗り越えられないお嬢様がいたからさ。それに何? 一人で優雅に紅茶飲んじゃって」

「まあ、一見優雅に見えるけど……飲む?」

「うん。貰う」

 千紗は眞祥からカップを受け取って一口含んだが、すぐに渋い顔になった。

「うっわ、何これ。まず~い……」

「な、何をっ!」

 今まで呆然としていたくせに、批判には敏感な咲だ。

「だってそうじゃん。出過ぎてて渋いのを、何とか砂糖とミルクで誤魔化してる感じ。よくこんなの飲めるよね、眞祥」

「俺だって、本音を言えば飲みたくなんかなかったさ。だけど、お前が来るまでに疑われる訳にはいかないだろう? 多分セイロンだと思うが……明らかな粗悪品だよ、こんなの」

「ま……眞祥? い、一体何を……」

 強張った顔で咲が言うと、眞祥は明らかな冷笑を浮かべた。

「不愉快なんだよ。俺の名前を呼ぶな。ブスが」

「なっ……!」

 途端に、咲の顔に血が昇って引き攣る。

「見た目は可愛くないし、中身も最悪。まだ中身が良かったら話す価値もあったかも知れないが、お前にそんな価値はない。この紅茶と同様」

 眞祥は、千紗に付き返された紅茶のカップを掲げてみせた。

「まず、淹れたお湯の温度が低過ぎる。充分沸騰させないとまずくなるだろう? それに、出し時間だって長過ぎる。だから渋くなるんだ。おまけに茶葉の方も最悪だな。等級はオレンジペコだろうがダストだろうが構わないが、もっと質が良くないと駄目だ。不味過ぎる。まあ、俺の好みはフラワリー・オレンジペコだが、その中でもやっぱりシルバー・ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコが一番だな。今まで飲み比べた中で、一番だった」

 由梨亜は自分の顔が、咲に負けず劣らず徐々に引き攣っていくのを感じた。

「あと、種類だとセカンドフラッシュのダージリンだな。ダージリンのあの渋みが、ストレートティーに最高に合う。別にファーストフラッシュも美味いんだが、高級品のダージリンの特徴であるマスカテルフレーバーが一番多く含まれているのはセカンドフラッシュだからな。それを考えると、やっぱり……」

 その、まるで本物の貴族のような批評に、並樹家の面々は目を白黒させる。

(何で、たかが小学生なのに沢山知ってるの……? ほんと、紅茶のディーラーになれるんじゃないかしら……)

「眞祥……あんた、相っ変わらず気取ってんのねぇ……。って言うか、何? オレンジペコって」

「…………お前はそこからか」

 眞祥は呆れたようにじっとりと千紗を睨んでいるが、普通の小学生としては、千紗のような反応が最も正しいものだろう。

「いいか、紅茶ってのは奥が深いんだ。オレンジペコかダストかだと、抽出時間が大きく変わるんだぞ? それだけじゃない。茶葉の種類や出荷時期によって、濃い目に出した方がいいか薄目に出した方がいいか、ストレートがいいかレモンがいいかミルクがいいか、全っ然変わって来るんだからな! それに、淹れる水の種類が硬水か軟水かでも、大きく変わって来てっ――!」

「あ~、もういい。めんどくさい。別にあたし、市販の奴で充分だし」

 溜息をついて投げ遣りに言う千紗に、眞祥が血相を変えて噛み付いた。

「なっ! いいか千紗、あれは紅茶じゃない! 断じて紅茶とは認めないぞ、俺はっ! あんなのは紅茶『風』飲料だっ! 香気も味もあったもんじゃないぞ!」

「は~あ~。もう好い加減にしてよ。あんた、目的忘れてるでしょ?」

 千紗に呆れたように睨まれて、眞祥は少したじろいだ。

「…………だったら、お前が進めろよ。そもそも俺は、お前に協力しているだけであって、本命はお前だろう」

「ま、確かにそうなんだけどさ。そっちの方向に話を持ってけなかったのって、眞祥のせいじゃん」

 千紗は頬を膨らますと、溜息をついた。

「まあ、いいけどさあ……」

「いいのっ?!」

 由梨亜が思わず声を上げると、初めて咲達は由梨亜の存在に気付いたのか、大きく目を瞠った。

 だが、その後の反応は違った。

 咲は、何故彼女がここにいるのかと訝しみ、咲の兄は由梨亜が誰なのかと不快を示し、咲の両親はぎょっとして顔を強張らせた。

「ん? だって進まないじゃん。いつものことだし」

「いつものことって……」

 由梨亜が脱力して呟くのを気にも留めず、千紗は肩から下げていたバッグの中からファイルを取り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ