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時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~総ての始まりの、始まり~
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第一章「出逢い」―1

 マリミアンがその少年と初めて会ったのは、八歳の時のことだった。

 相手は十一歳で、まだ八歳だったマリミアンにとってはお兄さんの年齢だった。

 普通に考えれば、恋愛の対象にもならないようなお互い。

 けれど、二人は会った途端に一目惚れをした。

 そして、会ったその日には、二人きりで会話を交わすこともできた。

 何故なら、マリミアンが少年――おうこく第一王子、うんきょうほうきょうと会ったのは、大人達がわざわざそのように仕組んだからだ。

 峯慶と歳の近いマリミアンが、もし峯慶のことを嫌って王家に入ることを嫌がった場合、一応『婚姻の自由』という建前がある以上、別の姫君を婚約者としなければならないからだ。

 その場合、早いうちにそういうことは分かっていた方が、色々と都合がいい。

 この頃の峯慶は、マリミアンのように婚約者候補の少女達と会っていた。

 普通はになる他国の王女、めかけになるかんほう貴族の娘、というように身分の高い方から訪問するのだが、マリミアンは候補の中で最も幼かった為、峯慶と会うのは一番最後だった。

 けれど、峯慶の婚約者候補達の中で、最も親族に期待されていたのはマリミアンだと言っても過言ではないだろう。

 それほど、マリミアンは産まれたその瞬間から、一族の期待を一身に集めていた。

 だから、王子と会うのにかなり身構えていた。

 表情も、相当強張っていたと思う。

 けれど、峯慶はそんなマリミアンに微笑み、

『良かったら、少しバルコニーで話しませんか? ここは堅苦しくていけません』

 と言ったのだ。

 その途端、マリミアンの肩から力が抜け、自然な笑顔が零れた。

 のちに語り合った時に、峯慶はその時、かなり心臓がバクバクいって、隠し通すのが大変だったと苦笑していたくらいだった。

 二人はそれからバルコニーに出て、一時間ほど会話を交わした。

 峯慶は学校に通わずに、異母弟妹ていまい達と共に家庭教師についていたので、マリミアンの通っている学校の話を聞きたがった。

 そしてマリミアンは、一度も足を踏み入れたことのない、絢爛豪華な王宮のことを聞きたがった。

 互いに自分のことや自分の身の周りのことを語り合い、いつの間にか一時間は過ぎていた。

 その時間が来た時、峯慶は名残惜しそうに笑った。

 そして、微かに頬を染めて、マリミアンに手を差し出したのだ。

『私は、貴女に私の婚約者になってほしいと思います。……貴女は、いかがですか? ……私と、婚約を結んではくれないでしょうか』

 それは、たったの十一歳の子供とはいえ、明らかなプロポーズだった。

 マリミアンはそれを悟り、同じく頬を染めながら、峯慶の差し出した手に、自分の小さな手を絡めた。

『……はい。わたくしも……わたくしからも、お願いします、峯慶王子殿下。……喜んで、貴方の婚約者にならせて頂きたく思いますわ』

 まだ八歳と十一歳の子供だったが、二人は本気だった。

 峯慶が城に帰って以降、マリミアンの口癖が、

『わたくし、早く峯慶殿下と結婚したいです!』

 になってしまったのは、言うまでもない。

 この頃のマリミアンはかなりのお転婆で、屋敷中を走り回ることなど日常茶飯事、庭の木に登ったり、厨房に入り込んで料理をつまみ食いをしたりなどもよくやっていた。

 結果、両親や義母はは達や異母兄あに達に怒られることはしょっちゅうで、小さな怪我もよくしていた。

 けれど、峯慶と初めて会ったこの後は、それまでとは打って変わって大人しくなってしまった。

 いや、峯慶という大好きな人ができたおかげで、より女の子らしいことに強い興味を持つようになった、と言うべきか。

 カタン、と音がして、マリミアンは我に返った。

 いつの間にか、屋敷の外まで出て来ていたようだ。

 マリミアンは、最後に振り返った。

 ここから出たら……滅多に、ここには帰れない。

 それは、嫁ぐ女性としては当たり前のことで、これからのこともとても心待ちにしているマリミアンだったが、それでも生まれ育ってきた家を出るのは、物悲しさがあった。

 微かな胸の痛みを押さえ、マリミアンは目の前の家族達に微笑んだ。

 家族達も笑って、マリミアンに行くようにと促す。

 マリミアンは気を引き締めると、歩み出した。




 初めて足を踏み入れた王宮は、煌びやかな所だった。

 マリミアンの生家も、花鴬国では五本の指に入るほど豪華で豪奢な屋敷だが、ここはその何倍もキラキラしている。

 とても強い好奇心が湧いてきたが、マリミアンはそれを抑え込むと、真っ直ぐと前を見詰めて歩みを進めた。

 後宮の中を歩くと、恐らく侍女なのだろう女性達と侍従なのだろう男性達が次々に膝を付いていく。

 その中をマリミアンは、ゆっくりと進んで行く。

 やがて、一つの扉が現れた。

 ここが、新しいマリミアンの私室となるのだ。

 部屋に入ると、そこにはマリミアンと歳の近い女性達が膝を付いていた。

 彼女達とマリミアンは、昔からの顔見知りだ。

 何故なら、彼女達上級侍女は、代々そこの主の従姉妹四人が選ばれる慣習だからだ。

 ここにいるのは、二十八歳で母方の従姉、リーシェ・マリヌ・キルテット、二十四歳で父方の従姉、ミリュア・ルリアン・トーチェ、二十歳で父方の従妹、ルーシェ・クリル・フュート、同じく二十歳で父方の従妹、アルア・ルザート・ジョートだった。

 この風習は、マリミアン達貴族にとっては何でもない。

 大勢の兄弟がいるから、従姉妹はそれこそ数え切れないほどいるのだ。

 けれど、庶民にとっては違う。

 特に、峯慶のさいじょとなるミート・シューウェルには、父方と母方の従姉妹は合わせても二人しかいなかったので、特例として再従姉妹が二人選ばれたくらいだ。

 マリミアンは、思わずうんざりして目を閉じた。

 花雲恭家にまつわる事柄は、どこを向いても慣習、慣習、慣習だらけ。

 慣習という言葉で雁字搦めになっている。

 しかも、最低でも数百年は続いてきているという、筋金入りの慣習だ。

 ここで自分のような小娘一人が、嫌だ、そんな慣習はなくしてしまえと言っても、それでも慣習だからと誰も取り合ってはくれないだろう。

 つまり、慣れるか諦めるかしかないのだ。

 マリミアンは、溜息を噛み殺した。

 そして、目の前で跪く従姉妹達に声を掛けた。

「……久し振りですね、リーシェ、ミリュア、ルーシェ、アルア」

 彼女達は上級侍女になる為、先程の場にはいなかった。

 だから、この挨拶で間違ってはいない。

 ついこの前までは敬語も何もなしに、気楽に語り合っていた彼女達の様子に、マリミアンは胸が痛むのを抑える。

 悲しいのは、自分だけ。

 距離が開いて、ちょっとだけ寂しいだけ。

 だから――

「……はい。お久し振りに御座います、しょう様。わたくし達は、これより由梨亜妾様の上級侍女として御仕えしてゆくこととなります。どうぞ、これより宜しく御願い致します。そして、わたくしリーシェは、由梨亜妾様の筆頭侍女となりますわ」

「ええ。宜しく御願いしますわ、リーシェ」

 マリミアンはそう言うと、ルーシェに笑い掛けた。

「ごめんなさいね、ルーシェ。貴女を、旦那様と引き離してしまって……」

 上級侍女は、基本的にずっと後宮で過ごし、年に一、二回のみ里帰りが許される。

 けれど、結婚してはならないという決まりも風習も慣習もないので、結婚している者も何名かいる。

 このルーシェも、その一人だった。

 ルーシェは、従姉が気遣ってくれたという嬉しさと、主にこんなことを言わせてしまったという焦りに、おたおたと表情を変えた。

「い、いいえ、そんな! わ、わたくしがマリミ――いえ、由梨亜妾様の上級侍女になるということは、幼い頃より決まっていたことですし、夫も納得した上で、わたくしと婚姻を結んだのですから! ですから、マ――由梨亜妾様に、御気遣い頂くことでは御座いませんわ! そ、それに、わたくしは第二妻ですから、第一妻ならばともかく、特に問題は御座いませんし、それに……ええっと!」

 あまりに混乱し過ぎて、既に何を言いたいのかもあやふやになってきた。

 第一、第一妻なら駄目で第二妻ならいいという訳でもない。

 かなりの混乱状態にあるルーシェを、同い年で最も仲のよい従姉妹同士であるアルアが宥めた。

「落ち着きなさい、ルーシェ。そんなに混乱しなくても、由梨亜妾様は、怒ってなどいないわ」

 そして、マリミアンに頭を下げた。

「マリミアン様、改め由梨亜妾様。これより、わたくし達上級侍女、誠心誠意貴女様に尽くす所存に御座います。これより、どうぞ宜しく御願い致しますわ」

 アルアは、二十歳にしてはとても大人びていて、醒めてもいる女性だ。

 だからこそと言うべきか、このような時には、堅苦しい言動が厭味になるくらいに似合っている。

「ええ……わたくしからも、宜しく御願い致しますわ」

 マリミアンはそう言うと、笑顔を作った。

 これから、彼女達にはずっと『由梨亜妾』と呼ばれ、『マリミアン』と呼ばれることは、もう二度とない。

 そして、彼女達が自分に敬語を使わなくなる日も、永遠に来ないだろう。

 それほどまでに、マリミアンの身分は絶対的であった。

 その時、扉が叩かれる。

「……はい。どなた?」

「失礼致します、マリミアン様」

 その言葉に、リーシェ達が眉を顰めるのが見えた。

 けれど、マリミアンは苦笑するだけに留める。

「ええ。どうぞ」

「失礼致します」

 入って来た初老の女性は、中級侍女の服を身に纏っている。

 恐らくは、そうを介した王家の血を継ぐ庶子、もしくは庶子の子孫。

 けれど、リーシェ達は彼女のことが気に食わないのだ。

 理由は、マリミアンのことを『マリミアン』と呼んだから。

 それは、『マリミアン・カナージェ・スウェール』という女性が、まだ貴族の身分であることを、妾ではないことを意味する。

 だが、マリミアンはまだ峯慶と結婚していないので、貴族のご令嬢という扱いは至極当たり前なのだ。

 ただ、リーシェ達の気が早過ぎて、そしてそれだけ強くマリミアンのことを思っていてくれているというだけで。

「これより、峯慶殿下の婚約者方の、御茶を兼ねての親睦会を開くこととなっております。就きましては、それの御参加を伺いに参りました次第に御座います」

 そう言って頭を下げる女性に、マリミアンは頷いてみせた。

「了解致しましたわ。喜んで、参加させて頂きたく存じます」

「そうですか。それでは、その旨を御伝えして参ります故」

「ありがとう御座います。御苦労様ですわ」

 初老の女が出て行くと、マリミアンは思わず溜息をついた。

 峯慶のきさきとなる第一王女とは一度も会ったことはないが、自国の第一王女だから顔は知っている。

 けれど、他の人達は一度も顔すら見たことがなかった。

 まあそれは、幼い頃から要らぬ争いをさせない為だとは思うのだが。

 それはさておき、さすがに一度も言葉を交わさないまま、同じ峯慶の妻の立場に納まらせる訳にはいかないのだろう。

 だからこれから、恐らく峯慶と結婚した後も、こうした妻達のお茶会は開かれることになるのだろう。

 まあ、他の王族達も参加することにはなるだろうが。

 マリミアンは峯慶のことが好きでよく考えてはいたものの、逆にこうして同じ立場に立つ女性達のことは、考えたことがなかった。

 それに、これが正真正銘の初対面だから、彼女達が峯慶のことを、そして自分のことをどう思っているのかも全く分からないのだ。

 気が重い。

 かなり、憂鬱な気分に陥ってしまう。

 マリミアンは、密かに溜息を一つついた。

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