表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~邂逅のその時~
16/60

第二章「初登校」―1

「うわ、来たよ」

「え~、何でくんだよ」

「キモっ!」

「うっぜぇ」

「っつうか、何でヘーキで学校来れんの?」

「神経通ってないんじゃない?」

「うっわ、人外かよ!」

「いや、むしろ、俺らの言葉分かってねぇんじゃね?」

「あ、なるほど! 頭いいねぇ」

「確かに。それは納得するかも」

「え? 耳が聞こえないってこと?」

「ば~か、ちげぇよ」

「そうよ。耳が聞こえないって意味じゃなくって、あたし達の言葉が理解できてないって意味!」

「あ~、そういうことか。納得~」

「はは! そこまで言っちゃうかよ!」

「え~、だってそうじゃん!」

 ざわつく教室には目もくれず、は出入り口に近い席に腰を下ろした。

 このクラスでは、生徒の席が決まっていない。

 特にディベート形式の授業の時は、積極的に意見の交換・発言ができるように、着席は自由なのだ。

 席が固定されるのは、テストの時だけだと言える。

 遠回りに、それでいて千紗に聞かせるように陰口を叩くクラスメイトに、千紗は表情一つ変えなかった。

 ふっと視線を巡らすと、一人の女生徒と目が合う。

 千紗が見詰めていたのは、ほんの一秒だけ。

 けれど、それだけでその少女は、慌てて目を逸らした。

 千紗も目を逸らして、廊下の方をぼんやりと眺める。

 ……その少女は、千紗の幼馴染みだった。

 家も歩いて十分ほどしか離れておらず、小学校に入った時からずっと仲良しだった。

 でも、そんな友達ですら、今では千紗をいじめる側に入っている。

 千紗は、皮肉な笑みを浮かべた。

 友情なんて、脆いものだ。

 こんな小学生でも、権力に全てが押し潰される。

 そんな混沌とした教室に、一人の少女が入って来た。

 千紗が先日会った、ほんじょう家の令嬢と似た服装をしている。

 つまり、高級そうな服装だ。

 けれど、彼女とこの少女の間には、決定的に違う点がある。

 それは、本条家の令嬢は優しげで親しみやすい雰囲気だったのに対して、この少女は高慢そうで偉そうで、とにかく貴族らしい雰囲気だという点だ。

 その少女は、平然と座ってこちらを睥睨する千紗に気付くと、大袈裟な悲鳴を上げた。

「んまあっ! 何ていうこと!」

 ぐらりとよろめくその仕草も、何もかもが芝居めいている。

「あ、さき様!」

「大事ありませんか?」

「どうなされたのですか?」

「どこか、具合でも?」

 途端に、クラスメイト達が咲に群がる。

 咲は、その中でも最も顔のよい男子の手を借りて立ち上がると、何とも儚げな笑みを浮かべた。

「ええ。大丈夫ですわ。――まさやす、礼を言うわ」

「いえ、なみ様がご無事なら、何よりです」

 眞祥は、微妙に顔を引き攣らせながら言った。

 確かにこの眞祥は、かなり顔がいい。

 将来、芸能人やモデルになりそうだ。

 けれど、咲は違う。

 そこそこの顔、平凡でしかない。

 千紗はそれなりに関わって来ているから知っているが、この眞祥は、自分の周りの女子だけでなく男子にも、『綺麗でいること』を求めるのだ。

 だから、どんなに性格が良くても、綺麗でない人には近付きもしないし話もしない。

 いじめこそはしないし、話し掛けられれば答えるが、自分から話し掛けることは決してない。

 いい意味でも悪い意味でも、とにかくプライドが高いのだ。

 自分の友達となる男子ですらその扱いだから、女子ともなると、彼のお気に召す人物はほぼいない。

 しかも、ただ外面が綺麗なだけでは駄目で、中身も彼の気に入る人物でなければならないのだ。

 だから、昨年までの彼ならば、咲と話すことも、こうして手を貸すこともなかっただろう。

 実を言うと、眞祥は、咲を気に入っている訳ではない。

 もし咲を拒否すれば、自分が退学する羽目になって、家族にも危害が及ぶ。

 それを分かっているから、眞祥は大人しくしているのだ。

 咲のことを、名前ではなく姓で呼ぶのは、眞祥のささやかな抵抗だ。

 けれど、咲はそれを気付きもしない。

「ねえ、眞祥。貴女になら、あたくしの名前を許すと、何度言ったら分かるの? 並樹なんて名字じゃなくって、咲って、名前で呼んで? 様も、貴方だったら付けなくっていいって、何度も言ってるでしょう?」

 そう言って眞祥の腕に自分の腕をからめ、上目遣いに見上げる。

 だが、眞祥はすっとその腕を外した。

 今まで(それこそ幼稚園児の頃から)何度もこういうことを経験しているだけあって、動きは実に滑らかだ。

「いいえ、僕は男ですから、そこまでは……。謹んで遠慮します、並樹様」

 そう言ってふっと笑い、咲の髪を一筋掬い上げ、そっと唇を落とす。

 黒縁の伊達眼鏡の上から、そっと咲を見上げるその仕草は、到底小学五年生とは思えない。

 まるで、一流ホストだ。

 咲も、それにくらくらして、目はうっとりと潤み、頬は赤くなる。

 だが、はっとしな垂れかかっていた体を起こし、千紗を睨んだ。

「ついつい、忘れるところでしたわ。まあ、このあたくし直々に気を掛けられる下民なんか、そんなにいませんから、光栄に思いなさいな」

「あら、それは光栄に――」

 千紗は軽く首を傾げると、思いっ切り蔑んだ表情を浮かべる。

「って、素直に言うとでも思った? 馬鹿が」

「なっ……!」

 咲の顔に血が昇る。

 だが、今までの約一年間で、口では千紗に勝てないと知りぬいている咲は、周囲に当たり散らした。

「だから、言ったでしょう! 今日だけは、何があっても、絶対に、この下民を近付けてはならないと!」

 逆切れして喚くのを相手にするのは、本当に大変だろう。

 千紗は、平然とそれを傍観していた。

 実際それは、千紗にとっては他人事だったのだ。

「咲様! それはっ――」

「言い訳は聞きません! どうしても、今日は来ていけなかったのに!」

 だんだんと足を踏みしめる、まるで駄々っ子のような咲に、クラスメイト達はさすがに困惑した表情になった。

「あの、咲様……? それって、一体……」

「お前達は分からなくてもいいのよっ! 今からでも遅くはないわ、帰りなさい!」

 鬼のような形相をする咲に、千紗は鼻で笑った。

「はっ? 何であたしがそんなことしなきゃいけない訳? 嫌。学校に来るのも来ないのも、あたしの自由でしょ? あんたなんかに指図される覚えないし」

「んなっ……!」

「っつうか、好い加減悟れば? あんたなんかがあたしに口で勝てる訳ないって。精々勝てんのは家柄くらいだし? あんた、それだけしか取り柄ないし。顔は平凡、頭は悪いじゃあ、貴族階級でもなきゃどうしようもないお馬鹿さんだよ。あ、実際に、ほんとの大馬鹿かぁ。ごめんね、忘れてた」

「なっ……!」

 顔を真っ赤に紅潮させる咲を見詰め、千紗は机に肘を付いてその上に顎を載せた。

「ま、そうやって権力で人の頭押さえ付けて、お山の大将気取ってんのが、あんたにはお似合いだよ。中流(・・)貴族さん?」

 わざと『中流』を強調して言うと、咲の頬に更に血が昇った。

 ここが咲のウィークポイントだということは、千紗は知り尽くしている。

 逆に、千紗のウィークポイントを、咲はなかなか掴めていない。

 確かに、周囲の協力性や家柄、持っている権力、親の社会的地位などは、咲の方が上だ。

 でも、確実に孤立させたというのに、千紗は屈することがない。

 逆に、こうして反撃して来る。

 事実、それは千紗の唯一の心の支えにもなっていたが、咲はそれも気付かず、更に一層怒りを募らせるばかりだった。

「何をっ……!」

「っていうか、あたし知ってるし。あんたが今日、あたしを遠ざけたかった理由なんて」

 千紗があっさり言うと、今度は咲の顔から血の気が引いた。

「あ……」

 咲はよろめくと、大袈裟にわななき、千紗を指で指した。

「お、お前という者は! それが何を意味するのか、分かって言ってるのっ?!」

「勿論。だって、先週会ってるし」

「会ったっ?!」

 咲は益々身を震わせると、頬に血の色を昇らせる。

「何て、何て図々しいことを!」

「ったく……。別に、あたしが自分から会いに行った訳じゃないからね? あ~んなお屋敷なんて、一般庶民のあたしが好き好んで近付くとでも思ってんの? この、あたしが?」

 千紗が嘲笑し、咲にそれが言い返そうとした途端、担任が教室に入って来た。

 そして、教壇に立って怒りに頬を紅潮させているお嬢様と、教室の後ろで行儀悪く頬杖を付く一般庶民の図を見て、ぎょっとした表情をする。

 けれど、頬杖を付いているだけでは、叱ることもできない。

 そんなことをしたら、しょっちゅう叱るしかなくなるに違いないのだ。

 普段は大人しいさいいん千紗という人物が、いざと言う時に見せる図太さやら何やらは、この担任は嫌というほど思い知っていた。

 叱るとすれば、始業時間になっても席を立っている咲達他の生徒達だが、絶対に、何があろうとも、咲だけは叱れない。

 たとえ咲が法を犯したとしても、教育委員会に報告することも、警察に通報することもできないのだ。

 まあ、たとえ通報したとしても、あっと言う間に揉み消されてしまうのだが。

 そういうことで、担任の矛先は他の生徒達に向かおうとしたが、彼らも怒られるほど馬鹿ではない。

 教室に入ってしばらく呆然としていた担任が自分を取り戻す前に、さっさと席に付いていた。

 咲も、憤然としながらも席に付く。

 担任は、どこか空回った気分を咳払いで誤魔化すと、教壇に立った。

 そして、手元のデスクで出席を確認し、何やら曖昧に言った。

「あ~、今日は、全員出席してるな。うん、いいことだ。いいこと……」

 そう言って語尾を濁らせるのは、恐らく千紗のことが気に掛かっているのだろう。

(……ほんと、こいつって優柔不断なんだよなぁ……。だから、生徒あたしに『気弱』とか『そんなんで担任って、よく言えますね』とか、『知ってるのに見て見ぬ振りって、阿呆らしくないですか?』、『実際阿呆だし』とか、『ま、こっちも全然期待してませんけど?』、『今までの態度が物語ってますし?』とかって言われるんだよなぁ……)

 ……担任の教師を、ストレスの発散場としていた千紗だった。

 だが、全く罪悪感などない。

 優柔不断過ぎて、胃炎を起こす方が悪いのだ。

 事実、咲にいじめられるようになって一年近くが経つが、千紗は、胃痛なんて食べ過ぎ以外で起こしたことは一度もないし、忌引き以外で欠席したこともない、立派な健康優良児だ。

 そう思い、千紗は気分的には踏ん反り返って教師を見上げた。

 ……人はそれを、『責任転嫁』、『八つ当たり』とも言う。

 でも、千紗が強いかと言われれば、そうではない。

 ただ、意地でもクラスの人間に――特に咲に、自分の弱い所を見せたくないだけだ。

 千紗は、本当は、精神的に追い詰められていた。

 だが、負けず嫌いな性格が災いして、結果、他人に寄り掛かることができないだけなのだ。

 担任は、しばらくもごもごと口ごもっていたが、咳払いをすると、廊下を振り返った。

「え、え~、き、今日は、転校生がいらっしゃいます……」

 その言葉に、教室がざわめいた。

 この担任が敬語を使うのは、自分と同じ教師や来客以外には、咲だけだ。

 と、いうことは、この転校生も『貴族』だということだ。

 思った通りの展開に、千紗は思わず視線を飛ばした。

 咲の態度から何となく分かっていたが、できれば外れていてほしかったのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ