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時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~邂逅のその時~
13/60

序章「岐路」

本編のダブル主人公、千紗・由梨亜が小学校五年生の時の、出会いの話です。


また、この ~邂逅のその時~ は全体的に暗めな話になります。いじめや差別的な表現も相当出てきますので、苦手な方はご注意下さい。

「お父様……今、何と?」

 娘は、呆然と父に問い掛けた。

「引っ越すと、そう言ったのだ、由梨亜」

 父はそう言うと、力強く娘を見据えた。

「勿論、今すぐという訳ではない。引っ越すのは、三年後だ。だから、お前は六年生になった時に、引っ越すことになる」

「え、でも……どうしてですか? 何で、そんなにいきなり……」

「実は、我がほんじょうグループが、新たな仕事を手掛けることになってな。それには、この東京にいたままでは、何かと不便なのだ。……お前には、可哀想なことになるが……」

 父の言葉に、けれど、娘は首を振った。

「いいえ。……むしろ、好都合です、お父様」

 その言葉に、父はハッとした顔になり、小さく頷いた。

「そうか。……そう、だったな。――由梨亜。お前は、今すぐ引っ越したいのか?」

 娘は、少し迷った後、こくんと頷いた。

「はい。……正直なところを言うと、そうです」

「そうか……」

 父は小さく溜息をつくと、幼い娘の頭を撫でた。

「確かに、今引っ越して、いいことはいい。だが、今は、向こうに家を造らせている途中だ。だから、今引っ越したとしても、住む家がないのだ。……だから、由梨亜。あと、もう少し我慢してくれ」

「ええ。……でも、できるだけ、早めて頂けませんか? 私、あんまりこちらには、長居したくありません」

 その言葉に、父は渋い顔になった。

「まあ、不可能ではないが……それでは、学期の途中の、中途半端な時期の転校になるぞ。お前は、本当にそれでいいのか?」

「大丈夫です、お父様。……私が六年生になるよりも前に、遅くても六年生になる時には、引っ越す。これは、決まっているのでしょう?」

「ああ、そうだ」

「なら、それでいいです」

 父は娘を痛ましい目で見詰めると、力強く言った。

「勿論、向こうの学校も充分に吟味しよう。幸い、時間はまだたっぷりとあるからな。お前に――本条家の跡取り娘に相応しい学校を選ぼう」

「あ、あの、お父様!」

 娘は、熱心に父を見上げた。

「何だ? 由梨亜」

「あの……学校は、公立がいいです。私……その、私立の学校は、ちょっと……。――いえ、あんなことがまた起こるとは言いませんが、もし、あんなことと似たようなことでも起こったらと、そう思うと……。だから、私、私立には行きたくありません。公立なら、あんなことは起こらないと思うんです」

 娘は、必死に――いささか、必死過ぎるほどに、熱心に父に訴えた。

 その様子に、感じるものがあったのだろうか。

 父は、しばらく唸って考えていたが、やがて頷いた。

「……分かった。お前が、そこまで言うのなら……。公立の学校にしよう。……ただし!」

 父はぴしゃりと言った。

「その学校の素行は、充分に調べさせてもらうぞ。万が一にも相応しくない事柄があるのであれば、そして、相応しい公立の学校がないのであれば、私は、お前が何と言おうとも、お前を私立の学校に入れるぞ」

「はい。それで結構です、お父様」

 娘は頷くと、父に辞去を述べ、それまで話していた父の書斎を出た。

 そして、その廊下を、どこか感慨深げに歩く。

 娘は、ふと足を止めて、窓から外を眺めた。

 そこでは、まさに満開の桜が、散り落ちていた。

 その幻想的な乱舞を、娘は無言で、無表情で、ただじっと眺める。

 ――共通暦一三一七年、本条由梨亜、初等部三年生の、八歳の春だった。




 墨を流したような漆黒の髪を持つ少女は、暗い顔をして職員室に向かった。

「――先生」

 その声に、職員室中の教師が振り返り、一様に気まずげな顔をして目を背ける。

 けれど、その少女に声を掛けられた教師だけは、そういう訳にはいかず、体はその少女に向かったものの、顔は微妙に逸らされ、視線も宙を彷徨った。

「ど、どうした、さいいん

 すると、その少女は、小さく溜息をついて言った。

「教室と廊下の掃除、終わりました」

「そ、そうか。ご苦労だったな、彩音。あ、明日も、遅れないように、な」

「……先生。明日から、三連休ですけど」

「あ……ああ、そ、そう、だったな。じ、じゃあ、彩音、もう、帰ってもいいぞ」

 始終びくびくしっぱなしの教師に、少女は暗い目をひたと当てる。

「はい。失礼しました」

 少女は暗い顔付きのまま、頭を下げ、職員室を後にした。

 廊下に差し込む光は、すっかり黄昏の色だ。

 少女は皮肉めいた自嘲を浮かべると、教室に戻って行った。




「…………」

 可笑しい。

 電気は消したはずなのに、何故か付いている。

 少女が教室に入ると、そこには誰もいなかったが、少女が机の上に置いていた荷物は、すっかりばら撒かれていた。

 少女は、思わず深い溜息をついた。

 そのまま床に膝を付き、荷物を拾って仕舞い直す。

 自分が予想外に早く戻って来たことで、これをやった人達は、これ以上の悪戯をする余裕がなかったのだろう。

 そう思うと、益々憂鬱な気分になった。

 立ち上がり、少女は教室を見渡す。

 ここの掃除は、今日、自分がやった。

 今日だけではなく、昨日も、一昨日も、先週も――そして、一ヶ月前も、二ヶ月前も、ずっとずっと。

 全てが自動化された今日、生徒が掃除をする意味はない。

 自動機械で、掃除が全てできてしまうのだ。

 けれど、生徒の自立心と責任感を養うとか何とかで、自分達の使う教室と廊下は、交替で掃除することになっていた。

 しかしこのクラスでは、この少女以外の生徒が掃除をしたことは、一度もない。

 このクラスだけではなく、昨年、この少女が属していたクラスでも、そうだった。

 だから、去年から少女は、一度も早く帰ったことはない。

 曜日ごとに授業数が違うせいで、その時間にはばらつきがあったが、基本的に遅くなった。

 それも、仕方のないことであろう。

 この広い教室と廊下を、たった一人で掃除しているのだから。

 ――共通暦一三一九年、彩音()、小学校五年生の、十歳の晩春だった。

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