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時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~総ての始まりの、始まり~
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終章「未来への途(みち)」―2

 ぱちり、と目を開けて、その女性は、そのことに驚いた。

 何故なら、自分は『死んだはず』だから。

 だから、『あり得ない』のだ。

 女性は驚いて辺りを見回し、また驚いた。

 その風景は、かつての自分が生きていた時代と、よく似ていた。

 でも、違う。

 そう――自分が生きていた時代と死んだ時代を足して、ちょうど良く割ったら、こんな感じになるのではないだろうか。

 そうして足を踏み出して、そのあまりの軽さと現実感のなさに、また驚いた。

 驚いて体を見下ろして、またもや驚いた。

 何故なら、自分は宙に浮いていて、体も随分と若返っていた。

 そう、ざっと七、八十年ほど。

 そして、自分の手が持っている物を見て、女性は目を丸くした。

 それは、自分が過去の時代に渡ってから創り上げた、きょかいきょうの発展形であり集大成である物――自分がかつて生きていた時代で、理論上は創ることができた物、げんかいきょうと、女性が名付けた物だったのだ。

 これは、魔族の血を引いている者でなければ使いようがない。

 それに、見た目はただの鏡だ。

 だから、どうせ地球人には使えないのだし、別に遺して逝っても構わないだろうと思っていたのだが――。

 その時、少女の軽やかな声が聞こえた。

 興味をそそられて、女性は声の方向に移動する。

 見ると、二人の少女がじゃれ合っていた。

 二人の顔は、よく似ていた。

 一人は茶色、もう一人は薄茶色の髪で、茶色の髪の少女の瞳は緑がかった黒の色で、薄茶色の髪の少女は焦げ茶色だった。

 二人は、とても仲がいいのだろう。

 とても、楽しそうだ。

 そしてそれ以上に、その女性を惹き付けたモノがあった。

 それは、懐かしい気配。

 異母姉あねの、気配だった。

『お姉様……』

 女性は、そっと呟いた。

 公的な場でも、それどころか私的な場でも、ただの一回として、呼ぶことが叶わなかった呼び名で。

 この二人の少女には――特に、茶色い髪の少女の方には、異母姉の加護が色濃くある。

 一体何者なのだろうと首を傾げた時、二人の会話が耳に入って来た。

 久し振りに聞く、共通語。

 半ば忘れ掛けていた言語に、思わず懐かしさに頬を緩めて耳をそばだてると、二人の名前が分かった。

 と――

 それで、その女性は納得した。

 この二人は、ほんじょう千紗とうんきょうなのだ。

 女性は、この二人が赤ん坊の時に、会ったことがある。

 だから、特に本条千紗の方に申し訳ない気持ちがあったのだが、この仲の良さでは、何の心配もいらなさそうだ。

 そう思って、ふと手元に目をやる。

 ……もしかしたら、この二人の少女であったなら、現解鏡を有効活用してくれるのではないだろうか。

 そう思うと、女性は微笑した。

 そして、自分の気が付いた所に戻る。

 そこは、どうやら客間のようだった。

 さて、どこに隠そうかと悩んで、棚に並べられている小物の陰に立て掛ける。

 これを見付けられるかどうかは賭けだが、彼女達ならばできそうな気がした。

 理由のない、根拠のない自信に、思わず微笑する。

 そして窓から外を覗くと、下の方に、先程の少女達がいるのがよく分かる。

 花雲恭富実樹は、今、幸せに暮らしているのだと――それを知ることができて、良かった。

 そう思い、瞳を閉じる。

 女性の姿が、足元から崩れ出した。

 けれど、女性は動じない。

 死ぬことは、生きる者の定めだ。

 けれど、二度はできない『時渡り』を、こうしてすることができて、そして気掛かりも解決できたのは……神のお蔭だ。

 神の気紛れのお蔭で、こうして自分は、安らかに逝ける。

 随分と前に逝ってしまったであろう、父であるうんきょうおうしょう、母であるそうのアイル・ブルーノ、仕事を共にした仲間達、そして、目標であった異母姉、花雲恭()――。

 既に逝ってしまった彼らのことを思い浮かべ、その女性は消えた。

 実に、満足そうな表情を浮かべて。




 歴史の大きな波に飲み込まれ、存在を失った者は、数多くある。

 彼女も、その一人。

 王の血を引きながら、いわゆる日蔭者として一生を送ることを好まず、ある意味陰の生き方ではあるが、王族の庶子として定められた安定しているルートをわざわざ逸れてまで、彼女は自分の生き方を自分自身の手で掴み取った。

 その生き様は、歴史に刻み込まれても可笑しくないほど、とても立派なもの。

 けれど、彼女の生まれた国の闇に触れて生きたことから――そして、闇を請け負ってこの時代から姿を消したことから、彼女の存在は、歴史的には抹消された。

 一国だけではなく、世界に貢献するような立派な活躍を成し、更には数々の大役をも負ったにも拘らず、彼女の名は、歴史には残らない。

 そして、親しい人以外の記憶にも残らない。

 本当は、世界中の人が知っていても可笑しくないほどの業績を成し遂げたのに。

 ――彼女は、その日蔭の人生で、本当に満足だったのだろうか?

 彼女は姿を消す前に、その問いを投げ掛けた、二十歳も歳の離れた異父妹いもうとに答えていた。

『満足か、ですって? 満足でない訳がないでしょう。だって、私は今まで幸せだったのよ? 確かに、ここでやりたいことはまだまだあります。……でも、人生そんなものでしょう。完全に、完璧に欲求を満たしてから死ぬというのでは、いつまで経っても死ねない。だって、どんどん興味のあることが増えていくんですもの。一生満足し切れないのは、仕方のないことでしょう? それに、本当の本当に、全てに満足しきる人間なんていないわ。それと……私は、お母様に会いたいから、お父様に会いたいから、他にも、もう死んでしまった会いたい人が沢山いるから、死ぬのは怖くないわ。だって、その人達には死ななきゃ会えないもの。まあ、だからって、私が積極的に死にたいという訳ではないのだけれどね』

 そう言って、彼女は姿を消したという。

 これが事実かどうかは、定かではない。

 そして、永遠に明らかになることはない。

 何故なら、彼女に関する全てが、歴史の陰に葬り去られてしまったから。

 けれど、歴史の闇に埋もれた、その反骨精神に満ちた生き様を思うと、この彼女の言葉は、あながち間違ってはいないのではないかと思える。

 知る人が誰もいない彼女は、それでも、知られていないからこそ幸せだったのではないか。

 束縛も制限もない、そして誰にも迷惑を掛けない自由な生き方こそが、彼女が喉から手が出るほどに欲していた、最たるものではなかったのだろうか。

 彼女の生い立ちと経歴を見れば見るほど、そんな風に思えてならない。

 ――彼女は、歴史の表舞台に立つことは、一生涯なかった。

 それを、不幸だと言う人もいるだろう。

 歴史に名の残るほどのことを行っておきながら、掌を返されたように存在を抹消されるなんて、まるで罪人のようで気の毒だと。

 事実、彼女が消えた後、上辺だけ彼女を知っていた人達は、口々にそう言い合った。

 けれど、彼女を――彼女の本質を、欠片なりとも知る人達は、それに反論して言った。

 彼女は表舞台に出なくても、その自分の生き方に、決して後悔はしていなかった。

 そんな下らないものは、彼女の人生に存在する余地なんてなかった。

 彼女は、いつも全身全霊で生きていた。

 沢山反省はしていたが、後悔はしていなかったし、彼女が後悔するなんてあり得ない。

 いつも全力で自身の最善を尽くしていたのだから、彼女の心に後悔が発生する余地なんてこれっぽっちもなかった。

 私達は、彼女の最期を看取ることはできなかったけれど、きっと幸せそうな表情で、立派に大往生したのだろう、と。



(終)

この章で、峯慶とマリミアンの話は終了になります。

次は千紗と由梨亜の過去編です。

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