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時と宇宙(そら)を超えて・番外編  作者: 琅來
~総ての始まりの、始まり~
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終章「未来への途(みち)」―1

「ねえ、……? 由梨亜! ねえってばっ!」

 由梨亜は、そっと目を開いた。

 辺りを見ると、もうほとんどの人が立ち上がっている。

 由梨亜は、眩しそうに目を細めてを見上げた。

「何? どうかした? 千紗」

 その答えに、千紗は顔を顰めた。

「『どうかした』って、どうかしたのは由梨亜の方でしょっ? もう祈祷は終わったってのに、ボヘ~って座り込んでるんだから! やっぱり由梨亜、この前から変だよ! どうしたの?」

「え、ううん、何でもないわ。ただ、ちょっと寝不足気味でぼんやりしちゃっただけ」

 由梨亜はそう言って、笑みを作った。

 その笑みが、ぎこちなくならないように気を付ける。

 だが、それでは誤魔化し切れなかったようで、千紗はきつく眉根を寄せて唇を噛んだ。

 けれど、それ以上追及しても、由梨亜が何も言わないことを覚ったのだろう。

 千紗も、ぎこちなく笑った。

「……そう? 由梨亜、いっつも何も言わないで無茶するんだから、無理しないで言ってね?」

「……大丈夫よ、千紗。さ、行きましょう」

 由梨亜はそう言って、千紗を置いて歩き出した。

 すると、すぐに後ろから千紗が追って来て、文句を言い出す。

 けれど、由梨亜は適当な相槌を打つだけで、ほとんど聞いていなかった。

 やがて諦めたのか、千紗が小さな溜息をつく。

 それを聞いて、由梨亜は瞳を閉じた。

(私は……千紗の居場所を、奪ったんだわ。さいいんの小母様が酷い方だっていう訳じゃないけれど……でも、実の両親から、無理矢理引き離してしまったのは、事実よ。それに、千紗の人生を、私のせいで――私が産まれたせいで、狂わせてしまったのも、事実だわ)

 由梨亜は、そっと隣を見た。

 千紗が、どこか不貞腐れた表情なのが分かる。

 思わず、笑みが零れた。

(千紗ったら……。やっぱり、小母様の所で育ったからかしら? 明るくって、元気で……真実を知った今になったら、本当に、眩しいくらい。……千紗にしてみたら、真実を知らないでいた方がいいのかも。千紗には、多分……ほんじょう家の暮らし――上流貴族としての暮らしは、似合わないわ。でも、彩音家に戻るっていう選択肢は、最初からない……)

 由梨亜は、何日も掛けて知らされた、自分の出生を思い起こした。

(そして私も、おうこくに戻らないって選択肢は、最初からないんだわ。……だったら、千紗を本当の家に還す選択肢が――それが、一番いいのよね……。これで、いいのよね? 本当に……本当に、この選択肢で合ってる? 間違ってない? 御父様、御母様……)

 由梨亜は、背後を振り返った。

 そこには、毎日祈祷を行っている聖堂があった。

(多分……このこうほうけいきょうを開いたながよしって人と、あの日記帳を創った人は、あの記憶にあった、私を地球連邦まで連れて来たミーシャというお婆様だわ。だから、最後の選択肢を――二人揃って還れる選択肢を選ぶ為に必要な、こうほうじゅがあるのね……。ミーシャさんは、私の為にこんな所で亡くなったんだわ。私が、いなければ……)

 ふと、顔を上げた。

 暖かな風が、そっと頬を撫でる。

 何だか、それだけで慰められた気がした。

 たとえ自分が、もう千紗の親友だと、胸を張って言えないような、卑怯者の嘘つきだとしても。

 この瞬間だけは、穏やかな心でいられた。




『彼女』は、自分の人生を悲観していなかった。

 そこそこの生活水準の家に生まれて、暮らしもごく平凡だった。

 普通ではないのは、『彼女』が特異な力を持っていたことだ。

 だから、十二歳の時に、親元を離れることになった。

『学校』は厳しくて、修行も厳しくて、母が恋しくて、何度も泣いた。

 けれど、その生活が充実していなかったと言ったら嘘になる。

 だから、そのまま国の為に自らの力を尽くすことに、何の不満もなかった。

 結婚は、しなかった。

 結婚して家庭を持つより、仕事の方が楽しかった。

 勿論、働きながらでも家庭は持てる。

 夫を、子を持っていた同僚や先輩、後輩達も数多くいた。

 けれど、どうしても家族がいると、仕事に割ける時間や余裕が少なくなってしまう。

 だから、別に要らなかった。

 そうしているうちにどんどん歳を取り、生き甲斐でもあった仕事も退職することになった。

 けれどそのことすら、『彼女』を絶望に陥れるに至らなかった。

 何故なら、仕事を辞めても研究はできるのだ。

『彼女』は余生を、その研究に費やそうと思っていた。

 だが、障害もあった。

 何故なら、『彼女』が研究しようと思っている分野は、そもそも研究している者がいないのだ。

 別にそのこと自体は、問題ではない。

『彼女』は名声を高めたいのではなく、純粋に趣味を追求したかったのだ。

 問題は、そもそもの情報が足りないことだ。

 それに、その研究対象は、かなり辺境の、行くまでにも何週間も掛かるような辺境の国である。

 おまけにそちらの歴史では、こちらとの関わりがあったという史実すらないのだ。

 どう足掻いても、詳しい研究は不可能だった。

 どうしようかと、悩んでいた時だった。

『お姉様』の子と孫から、思い詰めた顔で相談を受けたのは。

 その『甥っ子』と『おおおいっ子』に、解決策を提示したのは『彼女』だった。

 勿論彼らは、難色を示した。

 けれど、『彼女』は二人を説き伏せた。

 これは、自らも望んでいることだと。

 そして、『お姉様』の曾孫ならば、自分のそうてっそん――つまり、親族だと。

『彼女』が、何よりも自分の研究と仕事が好きだと知っていた彼らは、苦しみながらも同意してくれた。

 それに、その曾姪孫を護る方法は、それが最も安心でき、簡単にできるものであった。

 だから、今生の別れとなると知っていても、『彼女』は笑っていられた。

 ――何度か、問われたことがあった。

 何故、魔術師としての道を選んだのかと。

 彼女の母はただの庶民だったが、父親は身分が高かったので、庶子扱いではあるが、こんな危険な仕事に就かなくても、生きていく術はあったのに、と。

 ……けれど『彼女』は、問われるたびに首を振った。

 自分は、魔法が好きだから、ここにいるのだと。

 そして、あの生まれた場所に戻ったとしても、そこは箱庭の世界。

 自分は姫君ではないが、下級侍女として一生を使い、箱庭の中に閉じ込められるよりは、自分の手で生きる術を掴み取りたい、と。

 同時に、『彼女』は母親に対して申し訳なく思っていた。

 基本的にそうは、三年間でお役御免となる。

 けれど、王や女王の伴侶が、特別に気に入るか――子供ができたら、話は別だ。

『彼女』の母親は、もうそろそろでお役御免となる時に、妊娠してしまった。

 だから、『彼女』は母親を、この鳥籠の中に閉じ込めることになってしまったのだ。

 ――ただ、その存在ただ一つで。

 でも、母は優しかった。

 優しいからこそ、彼女は頑張って、早く大人になろうとした。

 子を身篭った総下が後宮に留め置かれるのは、王家の血を引く子供を育てる為。

 だから、『彼女』が大人になれば、母親は鳥籠から解放されるのだ。

 事実、『彼女』の母は鳥籠から解き放たれた後、歳の近い官吏の第二妻となり、子供もできた。

 だから、今でもその選択は間違っていなかったと思うし、国直属の魔術師になろうと思ったのも、母を解放する為というのが理由の一つだ。

 けれど、それは理由の全てではない。

 それは、『彼女』の姉だった。

 正確に言えば、『姉』ではなく、『異母姉あね』。

 ほんの二、三年しか歳の違わない、この国の第一王女。

 慈愛と賢知の姫君として知られているこの姫君は、第二王位継承者であることが勿体ないと言われるほどであった。

 そして、国内でしか知られていないことだが、彼女は魔族の力を凄まじいほどに受け継いでいた。

 だからその王女を、『先輩』として、『異母姉』として、何よりの存在として『彼女』は敬っていた。

 けれど、『彼女』の存在を――『異母妹いもうと』の存在を、『異母姉』は知らなかった。

 これは、さほど珍しい話でもない。

 正妻格の母親を持ち、王女として認められている『異母姉』に対して、愛妾格の母親を持ち、完璧な日蔭者の『異母妹』。

『異母姉』が『異母妹』のことを知ったのは、『彼女』が素晴らしい魔力の使い手として知られてからのことだった。

 でも、それで構わなかった。

 それでも『異母姉』は、『彼女』の目標だったのだから。

 そして、後輩として、異母妹として、王女が即位して女王となった後も、可愛がってもらった。

 それだけで、自分は充分だった。

 そのことと研究さえあれば、自分はどこでも生きていけた。

 だから――この辺境の地で、千年前の過去で死すこととなっても、後悔はなかった。

 気掛かりは、あの幼い命が――曾姪孫にあたる赤ん坊が、ちゃんと大人になれたのか、幸せに暮らせていられるのか、それだけだ。

 けれど、こんなしわくちゃになるまで生きた『彼女』が気に掛けなくても、赤ん坊は元気に育ち、両親と再会しているだろう。

 だから――『私』は、満足だった。

 後悔なんて、一片たりともありはしない。

 気掛かりだけは、……あったけれど。




 長手深芳と名乗ったその女性が設立した香封啓教は、当時乱立していた新興宗教の中では比較的まともなものとして受け入れられ、そして彼女は永久とわの眠りに就いた。

 彼女の申告が確かなのであれば、享年九十六歳。

 立派な大往生だった。

 けれど、不可思議なことがある。

『長手深芳』という女性は、戸籍になかった。

 そして、彼女の遺体は、突如として消え失せてしまったのである。

 まだ他の宇宙に生きる人類の存在を知らなかった人々は、彼女のことをあらゆる憶測でもって語った。

 そのうちの一つに、彼女は実は宇宙人エイリアンだったというものがあったが、実に言い得て妙である。

 彼女は確かに、異邦人エイリアンであったのだから。

 そして、彼女の存在を証明するあらゆるモノは、彼女の死から百年ほどで消滅した新興宗教と共に、地上から消え失せたのであった。

 時は、西暦二一三〇年。

 治安を乱すものと成り下がった新興宗教を、国が狩り始めた年だった。

おおおい……兄弟姉妹の孫息子、孫の再従兄弟、親の曾孫である関係。自分から見て四親等で、続柄的に見て孫と同世代。

そうてっそん…兄弟姉妹の曾孫、曾孫の三従兄弟みいとこ、親のげんそん(曾孫の子供)である関係。自分から見て五親等で、続柄的に見て曾孫と同世代。

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