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生と死の狭間で  作者: 美紗埜 穂美
始発の彼方
2/4

壊れた歯車

Prologe


巨人達の目覚め


その夜は家という家で犬が吠え、道という道で猫が鳴いていた。

そしてそれは真樹の家も例外ではなかった。

「んもう、五月蝿いなぁ。」

チェックの寝間着に身を包んだ真樹はけたたましく犬を(なだ)めようと庭に出ていった。

 そして、そこで信じられないものを見てしまった。

 赤い満月に映る竜の影、そして微かだが動いている目を開けた山。家の外をうろつく5・6mはある巨大な人影。真樹の家のバカ犬はそれらに向かって吠えているのだった。

―――――これは、夢だ。――――

 そう信じようとしたが無理だった。犬の五朗をさわっている感じは夢とは思えないほどにリアルだし、音も聞こえ石に躓いたときに痛みさえも感じる。真樹は恐ろしくなって家の中へと転がり込んだ。五朗はまだ鳴いている。

 自分の部屋へと戻った真樹は窓から外を覗いてみた。そこで、更に信じられないものを見てしまった。 ひとりでに、山が立ち上がったのである。真樹が今まで山と思っていたもの、それは長い間眠っていた巨人だったのだ。

 このときはまだこのせいで自分の人生が大きく変わるなどとは真樹は微塵も思ってもいなかった。


 同じ頃キラウェア山内部の魔洞では(ユウ)によるレベルAの緊急収集会議が行われていた。いつものことながら姿は見せない由が一番重要なことを簡潔に無駄な前置きなどは一切せずに告げる。

「巨人が復活した。これから10日後に討伐にいく。皆準備をしておくように!」

彼はその後、闇の中に姿を消した。


その時、魔英山の家のなかで三人の子供が目をさました。

________________________________________




one


勇、再び


「皆、おはよう!」

 いつものことながら優、純痲、友美の、三人は互いの机の上に座ってごもごもと話し合っている。いや、純蟇だけは自分の机ではなく教壇の上に座っている。優と友美はヘアスタイルが微妙に違うということを除いたら全く持って見分けがつかない。そんな変わった集団に僕は毎日声をかけているわけだ。

「ん、あぁ。おはよう」

「ねぇねぇ勲聞いた?静紅ちゃんの家の近くの屯山が消えたんだって」

「不思議だろ」

 まったく、この三人はいつどこであろうと息ピッタリだ。

 僕はこの三人が言った内容に些か疑問と嫌な予感を覚え、優に訊ねた。

「ねぇ、それってもしかさてまた魔物関係のものだったりする?」

「そ、そういうこと」

 そしてまたいつものことながら優に聞いたことに純蟇が答える。

「ねぇ勲君。魔物って…、なぁに?」

 唐突にクラスの女子、穂美が話し掛けてきた。(うん、三人悪に話しかけなかったのは正しい判断だと思うぞ)

 これには純蟇も僕もW壱原も、度肝を抜かれた顔をした。

「気配が・・・、全く無かったぞ」

 純痲が小声で呟いたのを僕は驚いた顔のままで聞いていた。

 今、優の家に五人の中学生が集合している。僕といつもの3人、そして穂美だ。今は優がエナジーや、魔洞と魔道、僕ら四人の関係について説明しているところだ。

 暇な純痲は剣を振り回して遊んでるし、友美は家のあっちこっちに水晶で置物を作ったり、草を生やして面白がっている。

 よく見るとこの家、草や、ツタだらけだ。ティーポットの中から世界地図が描かれている天井にまで。それこそ、何にも知らない人が見たら、ホーンテッドハウスと間違えられそうなほどに。

今だって、優が飲もうとしているお茶の入っているコップに急にツルを絡まらせて、笑い転げたりもしていた。

 勿論、穂美の視線もそちら側にばかり向いていた。

 優の話が終わると同時に友美と純痲の戯れ事も終わった。一応、僕は真面目に聞いていたから解るのだが、これから穂美を魔洞につれて行くことになるだろう。

 穂美は、三人悪のしわざで、半強制的に狩人にさせられてしまった。


カツーン、コツーン。

もうこれで魔洞を通るのは十回目になるのだが、まだ洞窟の中がこんなに明るいていうことには馴れていない。はじめて来る穂美は驚きの表情を隠せないでいる。魔洞に入ったは良いが一体何処に行くつもり何だろう?急に辺りが真っ青な水に変わった。…やっぱりこれにもまだなれない。この中で優は毎回毎回歌を歌っているのだが、その歌詞が毎回違うのも、気になっているところのうちの一つだ。

エナジーが水から火に変わり、赤く燃える炎の中に入るとき普通の人はかなり長い時間躊躇ってから嫌々入っていくのだが穂美は何故か寸分の躊躇いも見せず、それこそ蛙が陸にあがるときの様に中に入っていったのである。そう、まるで以前も魔洞を通ったことがあるかのように。


 魔洞を抜けて最初に見たものはただただ忽然と広がる殺風景な野原だった。そこら辺を象も顔負けといった大きさの何エナジーだかよく解らないがとにかくヤバそうな魔物が歩いているということを除いたら、近所の公園と何一つ変わらない。                             

 後ろを振り返ると、そこには今し方出てきたばかりの洞窟があった。

 なぜこんなところに来たのだろう?

 それを訊こうと思い、優の方を振り返るとそこに優はいなかった。いや、優だけではない。優の代わりに答える純痲も、お調子者の友美も、新参者穂美も。皆いなかった。

 殺伐とした風景の中に僕と言う存在を残して、皆、忽然と姿を消していた。

 そのわけを考える余裕も与えられず、僕の意識は、いつの日かと同じように、宇宙の果てまで飛んでいった。

________________________________________


|Maki‘s viewpoint《真樹の視点》 1 


 あの異常なものを見た次の日、私はいつもどおりに学校へ通った。

いつもはクラスの友達と話すようなことはあまりしないのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。

 なぜなら、クラスだけでなく、学校中が、『消えた山』の話題で持ちきりだったからだ。いつもは私には無縁のアイドルの話なんかをしているグループも、今日だけはその話をやめて『消えた山』の話しをしていた。

 私の興味を更にそそったのはその『消えた山』というのは私が昨日目を開けているところを目撃した屯山であったということだ。

 私はあの後、震えながらもすぐに寝てしまっていて、あの山がどうなったかでは知らずにいた。

 そして今、あの山がどうなったかを知って、余計に恐ろしくなって、知らなければよかった、いつものように世間話なんかに耳を傾けずに本を読んでおけばよかった、という後悔の念に駆られた。そしてこれ以上また何かを知ってしまわないためにいつもと同じようにしようと決め、再び本に視線を戻したのだった。

 私は家に帰ってお昼休みに学校で借りた本を広げ、読み始めた。但しそれは、いつも読んでいる推理物やSFなどではなく、『長崎県の山・あ~と行』というものだ。 そう、私は、あの消えた山、つまり屯山のことについて、徹底的に調べようと思ったのだ。知りたくない。一時はそう思ったものだが、よく考えると他人(ヒト)の知らないことを知っていると言うのはすばらしく素晴らしいことに感じたのだ。いつもは必要以上のことはしに主義の私だが、今回だけは特別だった。

 ……なぜ、こんなことを思ったのか?それは分からない。

 ただ分かっているのは、いまただ単にアレのことを深く知りたい、という衝動に駆られているという事実だけだ。

 この学校から1kmも行かないところに、もう一つ学校がある。

 きっとそこでも、屯山のことが問題になっているだろう。もしかしたらそこにも私みたいにあれを見て、このことを調べている人がいるかもしれない。

もしもそうなら……。

 負けないぞ。いや、負けられないぞ。

 誰よりも先に謎を解明してみせるんだ。

 本を片手にノートを広げ、解っていることをまとめ始めた。自分の考えや本に書いてあることなどを箇条書きにして、そこから解ることを、キーワードとして導き出す。

 うん、簡単差し支えはない。私の得意な数学とさほど変わりはない。

 この調子でいけば一カ月以内にはこの超状の答えを見つけられそうだ。

 

―――――だが、調べ始めて(わずか)30秒後、早速捜索は行き詰る。

 え、何これって?

 こんなこと……、ありえない。

 この資料にあの山がのっていない。

 屯山はどちらかといえば、有名な山だし、その山がこの|専門的なものにのっていないはずがない《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。



 この時、真樹は背後から自分を見つめる冷たい視線に気がつかずにいた。それに夢中になりすぎていたせいで。

 真樹はわりと用心深い方だし、人の気配を必要以上に察することもできた。

 気がつかなかったのは、あるいは血筋のせいなのかもしれない。

 だが真樹は自分の血筋になんて端っから興味がなかったし、そのため、祖先のことなんて知るはずもなかった。祖先と、その血筋に隠された大いなる秘密を。

 それを真樹が知っていたら、彼女があの夜外に出た時点で、この問題は片付ていたはずだ。

 そして、真樹がそれに気が付いてさえいれば、真樹の人生はもっと平凡なものになっていたかもしれない。


 これは、真樹にとって、総てのことの始まりに過ぎなかった。

 一対の魔剣、『one』と『zero』を中心とする狩人たちのサイクルに、彼女もまた知らず知らずのうちに足を踏み入れてしまっていた。

 ユウ、という一人の少年の策略によって。

________________________________________

 気がつくと僕は野原の中を歩いていた。自分では出てきた洞窟に戻りたいのに体がいうことを利かない。

―――まるで、自分の中に眠っていた誰かが急に体を占領し始めたみたいだ―――

 直感でそう思った。

 野原を暫く行くと向こう側に森が見えてきた。深く濃い緑色をした森が。その森からは殺気さえも感じてくる。しょうがないので言うことを聴かない体に身を任せていた。いつの間にか森は目の前に迫っていた。

 森の中には魔物は一匹も居なかった。その代わりに、押し潰されそうに為るほどの何かが森中に満ちている。それは森の奥に進めば進むほどに濃く、強く凶悪なものになってよりいっそう僕を押し潰そうとしてくる。それなのにその中にいると安落感を持ってしまう。まるで家の中にいるみたいに、親の近くにいるみたいに。

「そうだよ。ここは君の家、いや庭というべきかな。」

 不意に誰が話し掛けてきた。辺りを見渡しても誰もいない。

「そんな所には居やしないよ。僕は僕は君に一番近いところにいるんだから」

 僕に一番近い所、聞き覚えのある声。そして、心を見透かした者もしかしてこいつは……

「君は、僕?」

「そうだよ!流石に物解りがいい。僕は君で君は僕さ。でも僕は勲じゃない。僕は  (ゆう)だ!ちなみに正式名はユヴィル・タイゼス・サリアム・フォーリサイウ だ。滅茶長(めちゃなが)だろ。僕は今から祖父にあたる竜、時空竜と呼ばれている最凶であり最強のドラゴンと話をしてくる。上手くいったら優の記憶や、失われているお前の記憶を取り戻すことができるかもしれない。その間だけおまえの躰を貸しておいてくれないか?お願いだ。頼むよ」

 語尾に軽く☆でも付きそうな感じで、とんでもないことを言ってのけた。 

 つまり、こいつのいうことを僕なりに解釈して見るとこいつはどこかから飛んできた意識体で僕の体を使って爺さんと話をしたい様だ。でも此だとこいつが何故優と僕の記憶の事を知っているのか、またこいつが名乗ったときに確かに"勇"と言っていた。勇は僕自信じゃないのか。此の二つの点があやふやになる。こっちの考えは解っている筈なのに僕の体はどんどん森の奥に突き進んでいる。もう止める事は出来ないみたいだ。

「もぉ~りの奥の、一本杉をとぉ~ると、あっ!言う間に異次元さぁ~。」

 マジで訳がわからん。どうしてこんなことに…。

あのあと『記憶が戻る』という言葉に釣られて危険なことをしないという約束で体を貸出したのだが、それが失敗だった。OKを出した途端謎の意識体君は遠慮というものをせずに僕の体を我が物顔で使い放題している。今なんか1m先が見えないほどに濃い霧が立ち込めている森の中をヘンテコな歌を歌いながら スキップしたり一回転ジャンプをしたりしながら進んでいる。

「いぃ~じげんに着くと、大砲がちゅどぉ~んと、巨大な翼が降りてくる~!」

 この歌に負けないぐらいの大きさの滝の音が霧の向こうから聞こえてくる。きっとこの滝がこの霧の源なんだろう。滝の音がドンドン近づいてくる。

――――こいつ、足滑らせてを滝壺に落ちたりしないかな―――――

 僕は今、虹のなかを進んでいる。 滝は本当に素晴らしい。煌めく虹、霧が溢れだしてくる滝壺。輝く飛沫。その一つ一つが神々しい。優が水を崇めているのも、何となく納得がいく。だってこんなにも清々しい気持ちになったことなんか今までほんの1、2回しかなかったんだもの。

 滝を通りすぎるとすぐに霧は晴れた。森の奥から流れてくる風が進行方向とは逆に霧を払ってくれる。目前に迫っている森は白銀色に輝いている。あの樹は、いや、樹達は此の世界に在るものではない。体ではなく心が、僕の今までの経験が訴えている。

―――――あの森に入ったら二度ともとの姿で戻ってくることは出来ない。―――――

 理屈ではなく、本能で感じ取れる物があった。

体の自由が利かない僕は自分の訴えに対してどうする事も出来ずに綺麗で危険な雰囲気を漂わせている森へと歩んでいる。危険なことは…しない約束だよね。

 森に近づくにつれ足下にあった緑色の絨毯のような草は無くなり、代わりに森と同じく白銀色に輝く草が現れてきた。白銀色の光を浴びて僕の体まで白銀色に輝いている様だ。

 白銀色の森の奥にその先が見えないほど高い一本の杉があった。それは、此の森の中のどの樹よりも強く、明るくそして妖しく輝いていた。樹の幹の丁度真ん中辺りに人一人が辛うじて入る事が出来そうなウロがぽっかりと空いていた。でもそれも、仰ぐような高いところにあるものであって、あの中に入るのはどうやら無理そうだ。待て、なんでだ!?何故今僕は「あのウロの中にはいれるか」何て考えたんだ!?

「僕と君が一心同体だからさ。」

 歌をやめた意識体が、僕の口で僕の疑問に答える。

「それはつまりお前があのウロの中に入ろうとしているということか?」

「やはり…、物解りがいい。」

「でもどうやって!まさか危険なことじゃないよな。どうやってあんな高いところまで同やって飛ぶんだ!」

「忘れたのかい、ぼくの御祖父さんが時空竜だと言うことを。」

 そいつはそう言ってフッと笑うと

―――その時、確かに僕は自分の足に力が入るのを感じた。―――

 助走も何もせずにその場で跳躍し、優顔負けのジャンプ力を見せたのであった。

 ……これ、僕の体だよね。

 そのまま、ウロの中に吸い込まれるようにして、消えていった。

――もぉ~りの奥の、一本杉を通ると、あっ!と言う間に異次元さ。――

 あいつのおどけた歌がどこからか聞こえてくるようだ。

________________________________________

 床一面に散りばめられたダイヤモンド。乳白色の大理石の壁。ここは、どこだ?どこからか不思議な音楽も聴こえてくる。

 もしかしてこれは歌に出てきた異次元か!?驚いて、つい声が出てしまった。ん、声が出た?自分の体が戻ってきている?その時、遠くからひとつの規則正しい足音が響いてきた。

「初めまして、勲君。僕は、ユヴィル・タイゼス・サリアム・フォーリサイウです。勇って呼んでね。此のような形で会うのは今が初めてだね。」

 向こう側から歩いてきた紳士服に身を包んだ子供が、礼儀正しい言葉と、綺麗な御辞儀をして僕の目の 前でクルッとターンして止まった。

――――ユヴィル・タイゼス・サリアム・フォーリサイウ――――

 こいつが、勇。僕の体の中に居たのは意識体ではなく、勇だった。僕はその時、本当の意味で『もう一人の自分』に出逢った。

 僕の失われた過去の純粋な結晶。自分の奥に眠っている自分。それが勇。

「勇…、か。本当に初めましてだね。それにしても、本当に僕と君は『同じ』なんだね。」

 此の興奮に似合わない、いやに静かな声が出た。これに対して勇は、うっすらと笑みを浮かべただけだった。勇の顔は特に格好いいというわけではないのに、(勇の顔は僕の顔だからね)こういう微笑み方をすると、思わず振り返ってしまうような魅力ががある。若い剣士が、興味本位で柄のない剣に触れてしまうみたいに。

 と、その時だった。世界の終わりを知らせるような凄まじい音がして、足下のタイルがバラバラにぶっ飛んだのは。

 勇がまた、陽気に歌を歌っている。

「いぃ~じげんに着くと、大砲がちゅどぉ~んと、巨大な翼が降りてくる~!」

 歌のとおりになった。

 そういえばさっきだってそうだ。森の奥の一本杉を通ると、あっと言う間に異次元についた。でももしそうなら此のあと巨大な翼――――ドラゴンの事だろう――――が降りてくるはずだ。

「危ないから、勲は帰ってもいいよ。」

 勇がまた意味ありげな笑みを見せて語りかけてくる。

 でも、帰っていてもいいよと言われても、ここまで来てしまったからにはもう戻りたいとは思わない。

「そうか…、帰りたくない、か。」

 今は既に別々の存在なのに勇はまだ僕の心を読む事が出来るようだ。

 突然起きた強風によって、僕の体は吹っ飛んだ。勇は微動もせずにそこに残っている。

 そして、空の彼方から迫り来るひとつの影をじっと見据えている。竜の影だ。きっと時空竜だろう。

 竜の咆哮。

 視界が真っ白になる。

 目を開けたら空上の影がすぐそこまで迫っていた。

「初めまして。勇様、勲様。私は、時空竜の使者のべリアス・ドーベルムです。さあ早く此方へ。向こうで時空竜様と、貴殿方の《従兄弟》が、待って居りますよ。」

 空から舞い降りてきたのは時空竜ではなく、一頭のギガノ・ドラゴンよりもまだ小柄な、それでも20mはあるのではないかというドラゴンだった。それよりにこいつはさっき気になる事をいった。―――《従兄弟》僕と勇の従兄弟なのだからきっとそいつにも魔族の血が流れているのだろう。前を向くと勇は既にべリアス・ドーベルムの背中に乗っかっていた。

 ―――早く、早くおいで。

 どこからか、僕を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。

________________________________________



 Maki‘s viewpoint 2


誰もいない私の部屋。

私しかいないはずの部屋。

私だけの世界。

そんな中に彼は音もなく入ってきて、そこで、私と出逢った。

『後ろの正面だぁれ』

 そんな声が聞こえてきた気がして、さっと後ろを振り向く。

 まぁ、当然といえば当然だが、そこには誰もいなかった。母さんは、今は出かけてるし、父さんは単身赴任だ。兄弟なんて、もちろんいない。

 気のせいか。そう思って本に目を戻そうとした。と、その時だ。

「へぇ、声は聞こえるけど姿は見えない、か。何の訓練もつんでないのに、さすがあの人の血筋のことはあるな」

 また、あの声が聞こえた。しかも、さっきよりもよりはっきりと、そらみみのような感じではなく肉声そのもののように。

「誰か・・・、いるの?」

 誰もいない場所へと、恐る恐るそうたずねてみる。

「超常なことも疑いながら信じるのか。なら、姿を見せてもいいかな」

 「彼」はそういった。

 突如、信じられないことが起こった。(まぁ、このごろ信じられないことばかりなんだけどね・・・)

 何もなかった空間から、一人の男の子が姿を現したのだ。

「こんにちは。僕は、勇、とみんなから呼ばれてるただの男の子さ。ちょっと、試したいことがあるんだけど、いいかな?」

 そういうと、私の返事を待たずして、彼の手が霞んだ。

 何が起こったのか、私には理解も解釈も出来なかった。

 だけど、すべての動きが静止したとき、私には更なる謎が押しかけてきた。

 彼が剣を抜き放ち、私の眼前で、その剣先が停止していた。だけどそれ以上に信じられないのが、私がやったことだ。

 私は、いつの間にかカッターを片手に持って、その刃を目いっぱいに出し、彼の首筋に当てていた。そして、もう片方の手で、彼の剣を白刃取りしていたのだ。片手で、だ。

 私が、驚きのあまり目を丸くしていると、彼が言った。

「やっぱりね。僕の推理に間違いはなかった。君はあの人の血筋で、さらに力が覚醒しつつあるようだ。ねぇきみ、それだけの戦闘能力がありながら使わないのはもったいないと思わないかい?」

 不思議と、彼の言っていることの意味がわかった。また、そのとおりだ、とも思ってしまった。

「えぇ、そう思うわ」

 私は言った。

「じゃぁ、僕と一緒においでよ。その力を万遍なく使わせてあげるから」

 笑顔で彼はそういって、私のほうへ手を差し出してきた。

 私はその手を握って、うなずいた。


 その先に、どんな未来があるかも知らずに。


________________________________________

「ふぅん、強くなってんじゃん」

 勇が言っている。

 そして、それに答える声もあった。

「当たり前だろ。俺はセズン・アレキサドル。史上最古にして最強のヴァンパイアと、神龍・時空龍の血を受け継ぐ者なんだから。お前と同じだ、勇。最も、人間の血なんて微塵も混ざってないがな」

 圧倒的な強さで勇に押し勝っているのは純黒のローブに身を包んだ一人の少年だ。

 そいつは今も新たな魔弾を勇に打ち込もうとしている。

 彼が片手をあげるだけでそこに生じる無数の弾。呪文も何も使わずにそれは現れ、音一つ立てずに敵を 撃つ。まさに完璧。まさに最強。

 二人の祖父に当たる時空龍はただ面白可笑しくそれを眺めている。

 僕はというと、デュエルの邪魔をしてはいけないからと、時空龍の創った、{封殺された空間}に閉じ込められている。

 何故こんなことになったかを、順を追って説明しよう。

 べリアス・ドーベルムから降りた僕たちを真っ先に迎えたのは、時空龍の暖かい声だった。

『おぉ、愛しの我が孫達よ。よく、ここまで来たな。色々と大変なこともあったろう。でももう大丈夫。ここは安全だ。さぁ、此方へおいで。君たちの従兄弟が待っているよ』

 春の日溜まりのようなそれは、本当に心からの歓迎を表していた。

 でも、次の瞬間春の日溜まりは、秋の木蔭になった。

「やっと来たか、クォーター!待ちくたびれたぞ!」

 他でもない、セズンの声だった。そして、また足下のタイルがバラバラにぶっ飛んだ。

 きっとさっきのもセズンの仕業だろう。

『セズン!止めないか‼』

 時空龍の鞭打つ声が聞こえる。セズンは、それは全く無視して、挑発を続ける。

「おぃ、勇。どんなに頑張ってもクォーターが純血に勝てないって事を教えてやるぜ!かかってきな!」

 更に悪いのが、勇が売られた喧嘩は必ず買う。と、いう主義だったことだ。

「クォーターは純血に勝てない?ふざけるな。こっちこそ気取ったバカは絶対に勝てないということを、教えてやろうじゃないか。」

「勇!やめた方がいいよ!」

「うるさい、勲。祖父さん、そいつを閉じ込めといて。」


 ――――――――――――――――――そうして今こんなことになっているというわけだ。

「ホリアム・バラクセイア!出でよ、ケルベロス!」

 勇の召喚魔法は、龍族から下級魔物まで幅広く使える。

 今も、地獄の番犬と呼ばれているケルベロスを、瞬きをする間に呼び出している。

「グルルルル、ギャウ!ギャウ‼」

「行け、ケルベロス!」

 ケルベロスが光のスピードで、セズンに食らいつく。

 一つの頭でセズンの魔法攻撃を受けて避け、二つ目の頭で狙いを定め、三つ目の頭でセズンの腕を食い千切る。4つの脚で大地を駆け、二つの脚で宙に舞い、二つの脚で両目を抉る。 セズンが"人間"ならば、もはや戦うことはできない程の状態だった。然し、セズンは人間ではない。ましてや、勇のように人間の血が流れてすらいない。ヴァンパイアとドラゴンのハーフの、純粋な魔族だ。

 シュルシュルシュルシュル。

 セズンの腕は再生し、両目は浮き出てくる。

 此の戦いを見ていた僕は、既にセズンの唯一の弱点を見抜いていた。それは、背中にある"刺青"だ。

勇の位置からではきっと見えないのだろう。然し、僕には解る。

 セズンが魔法を使う一瞬前に、その刺青が蒼く輝いている。きっとそれが呪文の代わりなのだろう。呪文という合図があれば、勇は苦にせずセズンを倒してしまうことだろう。

 此をどうにかして勇に伝えたいのだが、此の{封殺の空間}に居る間は、それは不可能な近い。何故なら、ここは文字通り、封殺されているからだ。どことも通じていない、唯一の空間。

 思いを伝えることもできないし、どれだけ声を張り上げても決して届かない。すぐ目の前にいる相手に情報を伝える事も出来ないのだ。

 仕方がない・・・、という風に首を振り、勇が腰につけていた剣を抜き放つ。

 この空間内にいながらも、僕はその剣の放つオーラに、冷や汗をかいた。

 勇がその魔剣を振る。

 その魔剣は、漆黒の剣身に七色の宝石がはめ込まれた美しいものだった。

 振られたその魔剣から不可視の波動が送り出され、セズンを撃つ。

 セズンはその波動に気がつき、シールドを張る。

 然し、その強烈な波動は、そのシールドをまるで紙か何かのように突破した。

 自分のシールドが破られたことを悟ったセズンは、とっさに横に転がった。だが、その動きは、波動から見るとわずかに遅いものだった。

「くっ!」

 セズンの腕に、切込みができ、血が滴る。

 横になったセズンは、床に片手をつき、側転のようなことをする。足が上を向いたそのとき、ぐっと腕をしならせてそのまま飛び上がる。空中で、彼は魔剣を抜いた。白銀のオーラを纏った、きれいな剣だった。

「魔力で、傷が癒えないだと?!」

 セズンが呟き、そのまま後ろに回転して着地した。

「死ね」

 勇が薄く笑った。

 その手が霞み、いくつもの波動が生み出される。

 ズガッ!ガガガガガガッ!!

 大理石が砕け散り、破片で見えなくなる。

 すべての破片が落ち、彼らの姿が確認できるようになったときには、セズンはまた、片腕をなくしていた。

 ケルベロスは、あの破片の中でも、その六つの目ですべてを把握することができていたのだ。

 勇が走りこみ、セズンに向かって突きを放つ。

 手を返して、辛うじてそれを受けたセズンは、魔弾を生み出した。

 それを、無視し、勇は突きの体勢からセズンの胴を薙ぐ。

 -------決まった

セズンの胴から鮮血がはじける。

 即座に横に飛び、両断を避けたセズンは更なる魔弾を産み出した。

「行け」

 その号令とともに、数多の魔弾が勇に襲い掛かる。さっきの魔弾も含めて、だ。

 傷ついた腹と腕をかばいながら。セズンは後ろへ跳び間合いをあけた。

 突如、勇の姿がぶれた。

 魔弾の雨の中を突き進み、剣を前へ突き出した。そして・・・

 魔剣一閃。

 とたんに、すべての魔弾が消え、ひときわ大きな波動が創り出される。

 その波動を追うようにして、勇が踏み込んでいく。

 ギャギィン!

 セズンが波動を切り裂き、勇の剣を受けた。

 そのまま滑らすようにして突きを放つ。

 片手でよくまぁあれだけもやることができるな・・・・・・・・

 そんな場合じゃないとわかっているのだけれど、二人の戦いについつい見とれてしまう。

 その突きを勇は回転してかわし、裏拳と同じ要領で再び胴を狙う。

 ヒュッ!

 それを跳躍して避けたセズンに、勇は手首を返して応戦する。

 ギィン!バチバチバチッ!

 魔剣同士の激しいぶつかり合い、それと反発しあう魔力のスパーク。

 空中にいたセズンは吹っ飛び、勇も少し後ずさる。

 そのとき僕は見た。勇の口元に、残酷な笑みが浮かんだのを。

 飛んでいるセズンに向かって、ケルベロスが駆ける。

 瞬時に、セズンの手から剣を奪い取った。

「よくやった」

 勇の声。

「逝っちまいな」

 そう続けて、大きく魔剣を振る。

 空中で身動きが不自由なセズンに向かって、強大な波動が突き進む。

 そのとき、時空龍の凛とした声が響いた。

『それまで!』

 その声に、勇の動きが止まり、強烈な波動も時空龍によって粉砕された。セズンは、そのままの勢いで飛び、床に頭を打ち付けた。僕を縛っていた、{封殺の空間}も、消えうせた。

『勇、お前その剣は・・・・・・』

 時空龍がつぶやく。

「なんでもないよ、祖父さん」

 勇が答える。

『まぁいいか・・・。セズン!お前はまたその刺青を使っているな!何度言ったらわかる?!それは、使い手の寿命を吸い取って威力を発揮する獄魔道具なのだぞ!それを理解しての行為か?!』

 セズンに向かって、時空龍が喝を入れる。

「ウゼ・・・ェ。ヴァン・・・パイアは・・・、不死だ・・・・・・」

 戦いで傷つき、息を乱しながらもセズンは時空龍に反発する。

『それと勇。お前はかなりのレベルだった。まだワシの足元には遠く及ばんがな。まぁ、いぃ。お前の望み通り、キオクのカケラを返してやるとするか』

 時空龍が言った。

 セズンは最後の力を出し切ったみたいで、くたばってしまっている。

 そんなセズンを軽く鼻で笑った後に勇が言った。

「祖父さん、それは勲に渡してくれないか?こいつもそれも、元は俺。つまりは同類だからな」

『なるほど、勲に、か。よかろう。だが勲よ。この記憶は決して悪用してはならんぞ』

 悪用?どういう意味だろう?そう考えるまもなく、僕の意識は再び遠のいていった。


________________________________________

「勲、おい、起きろ、勲。」

「ん、んん」

「『ん、んん』じゃねぇ!お前今までどこ行ってたんだよ!心配したんだからな!それにどうしたんだ、その頬の傷は!」

「うるさいよー。純痲ー。」

 時空龍の世界から帰ってきた僕を真っ先に迎えたのは、純痲の質問攻めの怒鳴り声と、それに文句をつける友美の声だった。

「ちょっとね、勇に会ってきた」

「勇!?勇に会えたの!?」

 その友美が、悲鳴にも近い声を上げる。

「朱巫、うるさいぞ。」

 今度は優の冷静な指摘。

「友美ちゃんて、いつもこうなの?」

 穂美ももう、こいつらに乗せられて息ピッタシになっている。

 純痲が穂美の言葉を聞き、クスクスと笑っている。

 その後僕は、向こうの世界で起きたことをなるべく詳しくみんなに話した。

 そのときの友美のワクワク顔が、いつになっても頭から離れない。

________________________________________


Nineteen


『ONE』と、勲。巨人の討伐


 暗く影差す魔洞の中、ヴァンパイアの少年が率いる一式の狩人の軍隊が行進をしている。

 狙うは勿論、目覚めた巨人達だ。

 不意に魔洞が拓け、真っ更な野原に出た。

「殺れ」

 ヴァンパイアの少年が大人の狩人達に命令する。

 その途端、狩人達は一斉にある方向に向かって走り出した。遠くの方に聳える一つの山に向かって。

 狩人達が、その山に似た巨人を捕らえるのには、そう時間はかからなかった。刺青の代わりに、銀の指 輪をつけたヴァンパイアの兄妹の後押しがあったから。

________________________________________



「みんな、おはよー。」

 やっと超常から平常に戻ってきた。

・・・・・・・・・・・・気がしていた。

「おはよう。勲君。この前の屯山の話ね、私、静紅ちゃんと仲が良かったから聞いてみたの。その話の内容から優ちゃんが言うにはね、"100%"魔物が関係してるんだって。ね、ワクワクしない!?」

 瞬間これだ。

 またか……。どうしてこう僕は超常から抜け出すことが出来ないんだろうか?ワクワクなんてするわけがない。逆に嫌気が差す。

「あっ!今魔物なんてもううんざりだっ、て顔した!」

 その通りだよ………。

「今回は、パス!」

 僕は言う。

 途端にブーイング。

「許さん」

「勲は別にいいけど、勇がいなきゃ困るから駄目」

「俺らにだけ大変な思いをさせる気かよ、勲?!」

「えぇー、勲君の戦うとこ見たいー!」

 解る人には解ると思うけど、優、友美、純痲、穂美の順だ。

 こっちの事情も知らないで!と、思わず叫んでしまいたくなった。

 あんな記憶を戻された後じゃあ当分戦いは避けた方がいいと思うのが当たり前だろう。最も、優達ににはどんな記憶が戻ったかは話していないのだけれども。きっと読者の皆さんがこの記憶のことを知るのも、当分先になることでしょう。

「まっとりあえず今日の放課後優んち集合ね」

 友美が、優には劣るけれどまあまあ魅力的な笑顔で僕を強制的に巻き込む。

 僕は渋々頷いた。

________________________________________

カツーン、カーン、カーン

 十一回目。まだ慣れない。

 魔洞は本当に嫌だ。

 でもそれよりも今向かっているところの方が嫌だ。何故って?当たり前さ。目的地が巨人の巣窟とかいうなんとも言い表しにくい面倒くさそうなとこなんだから。

 そんなとんでもない処に向かっているのに、優はまた歌を歌っている。穂美もそれにハモるようにして歌を歌っている。そのとき、聞き間違いかもしれないが、穂美の歌詞の中に《セズンの糞野郎》とあった気がした。

 僕の心の声かもしれない。

 魔洞が拓け、目的地についた。巨人の巣窟に。



「ば、ばかな!前はこんな景色では無かった!なぜこんなことになっているのだ!?」

 一度も来たことがない僕でも、優がそう叫ぶのには納得がいく。なぜなら、そこは、辺り一面抉られたようなクレーターばかりだったからだ。その間を器用に巨人達はあるいている。――終末の世界――

 僕が思ったのはそれだけだった。

________________________________________

「よし、じゃあ行こうか。」

 優がそれこそ買い物にでも行くような感じで下手をしたら死んでしまうような所に行こうよと、誘う。因に話題のアレンボロス・タワーは直ぐ目の前に迫っている。

「いいよ」

「行こうゼ!」

「0k。」

 穂美だけか少し迷っている。無理もないか。初めてのハンターとしての仕事だもの。

「いい、よ…、でも少しの間勲くんと二人きりにして。その後絶対行くから。」

「ヒュー、愛の告白か!?」

 空かさず純痲が(はや)し立てる。

 その言葉が穂美の顔赤く染める。

 おぃ、嘘だよな。

 きっと何か他に用件が有る筈だ。

「がんばれよ、勲っ!」

 純痲が僕の肩をポンと叩いて言う。

 何をがんばれというのやら。

 僕と穂美を取り残して愉快な仲間達はタワーの中に入っていった。

 

 ・・・・・・その後。

「それで、用件って何?」

 僕は穂美に訊いた。

 穂美が答える。

「単刀直入なんだね。じゃぁ私もそれでいこうかしら?単刀直入にね。死んで下さい☆」

「はっ?」

 穂美の細い唇が動き、信じられない言葉を発した。

「わたしもね、本当はこんなことはしたく無いの。でもね、まぁクズ野郎の兄の命令だから」

 そう言って、穂美は左手を持ち上げる。その手には何の柄も無い一つの指輪がはまっていた。

 優も、誰もいないこの場での一対一の戦い。それが今、此の場で幕を明けた。

ヒュン

 穂美の指輪が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間光速で飛ぶ魔弾が、僕の頬を掠めて、後ろにあったクレーターを更に抉る。

 魔弾が傷を付けたところから血が一筋のラインを作り、汗のように地面に滴り落ちる。

 巨人は近くにいない。タワーの中に音は届かない。完全に二人きりの空間。二人だけの殺し合い。

「此のJ・ベアリングに撃たれた傷は魔力では治らないわ。」

 穂美がそう言い言葉を続ける。

「ごめんね、私本当はこんなことはしたく無いの。それに私は今まで皆に色々な嘘をついて生きてきた。でも、此だけは信じて。私ね、勇としての貴方や、狩人としての貴方じゃなく、勲としての貴方が好きなの。勇の記憶に支配されず、どんな事があっても自分でいられる貴方が好き。大好きなの」

 そう言って左手を持ち上げる。

 指輪が光る。

 僕は横に飛び、飛んできた魔弾を避けた。

 然し、一瞬の差で(もも)に穴が空く。

 僕の腿から流れ出た血は、地面に流れ、坂を下り、クレーターの中に溜まっていく。後に残るのは赤い染みだけ。

 再び魔弾。

 僕は、『ONE』を抜き放ち、その魔弾を粉砕する。

 衝撃からくる痛みに、腿が悲鳴を上げる。

 穂美は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにもとの顔に戻った。

 僕は彼女に訊ねた。

「君は・・・、勇を消そうとしているのか?」

 穂美はうなずく。

「えぇ。と、いっても私は彼に何の恨みもないんだけどね」

 そう言って、魔剣を抜き放った。

 金色のオーラを纏った、華やかな魔剣だった。つかには、光の紋章が描かれている。

 僕は、抜いたその一瞬の隙を見て、『ONE』を振るった。

 残忍な波動が、真っ直ぐに進んでいき、穂美を撃つ。

 見えないそれに気がついた彼女は、掌を大きく広げて、それを受けた。

ガッ!ガグググガガァッ!!

 彼女の指にはまっている魔道具「J・ベアリング」と、しばらく拮抗した後、それは爆風とともに消滅した。

 ここまで強い爆風が届いたほどだというのに、穂美はその場に平然とたたずんでいる。それこそ、微動だもしていなかった。

 だが、そう悠長なことは考えていられなかった。

 波動を防ぎきったと見るや、穂美がこちらに突進してきたのだ。あっという間に、彼女は僕の間合いに飛び込んできた。

ギィン!バチバチバチバチッ!

 彼女の強烈な突きを、剣先を下から上へと回す形で受け、そのまま剣身を滑らし穂美の頭上を襲う。

 とっさに彼女は後ろに顔をそらし、この攻撃を避けた。そのままがら空きの僕の首へ と魔剣を叩き込んできた。

 考えるより先に、手が動いていた。

 『ONE』を右手から左手へと滑らし、耳の高さまで持ち上げる。剣腹に右手をそえ、来るべき攻撃に備える。

ギャイン!!

 穂美の剣がそこに当たったとともに、僕の体勢は崩れた。その衝撃に、傷ついた足が耐えられなかったのだ。すかさず、穂美の左足が霞む。ぼくの腿を狙い、凶器と化したそれが襲う。ここでそれを食らったら、さすがにもうこの右足は使えなくなるかもしれない。

 とっさにそう考えた僕は、崩れた体勢のまま、穂身に向かって魔剣を振る。

「くっ!」

 これには、穂美も避けざるを得なかったようだ。一歩後ろへ跳躍し、後を追ってくる波動に気が付く。

 そのまま二転三転と後ろへ動き、「J・ベアリング」でそれを粉砕した。

 そのとき、偶然だがその爆風によって『ONE』が僕の手からこぼれ落ち、刃が腿の傷に触れる。

ズズッ、ズズズ

 誰の目から見ても異様な光景が目の前に広がった。

 『ONE』が傷から流れてくる血を吸っているのだ。また、あたかも吸った血の量に比例するかのように傷が少しずつ癒えていく。

 まもなくして、僕の傷は完治した。

 安堵できたのもつかの間、次の瞬間、更なる異変が起こった。

ドクン、ドク、ドクン、ドク、ドクン

 『ONE』から、わずかな鼓動が聞こえ始めた。

 それは徐々にはっきりと、そして、激しくなっていった。

ドッドッドッドッドッドッド

 もう限界じゃないか、と思うくらいにまで鼓動が達したとき、最終的な異変が起こった。

 剣の柄に薄い溝が出来たかと思うと、そこに黄金の瞳をした真ん丸い目が開いた。

 柄が少しずつ横に伸び、縦にも広がる。

 つかが、一対の「翼」になった。

 劇的な変化を遂げた『ONE』は、一回羽ばたくと、ゆっくりと僕の手から離れていった。剣先が天に向き、一度静止する。

 もう一度、今度は激しく『ONE』が羽ばたいた。とたんに、さっきとは逆方向に、つまり僕のほうに剣が飛び込んできた。そのまま、何も出来ないでいた僕の体の中に溶け込み、同化した。

 

 いや、同化したのを僕は、感じた。




後書き

さて、2話目となった『生と死の狭間で』どうだったでしょうか?


3話目からはいよいよ本格的に始動します。



ここからちょっとした予告編

『one』と『zero』。

勇と勲。

優の過去と怪人由。

真樹と伝説の狩人。


その全てが一つに集結し、殺戮へと突き進む。

崩壊の大地の先に少年、少女たちはどうあるのか・・・?


終結した物語の中に優の決意が芽生え、新たな物語を紡ぎ出す。

壊れた日常。

失われたモノ。

全てを取り戻そうと決意した少女に課せられた代償は、自分自身の生み出した影を背負うこと・・・。

死の贖罪の少女は抗う・・・。



 余談ですが、

『日常の崩壊』をちょっとした知り合いに見せてみたらけっこう反響大きかったです。



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