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7 最高・最強の隠れ蓑(かくれみの)

    

  

     7

 

 

 私の職場に、取引先からの資料をまとめて持って来てくれるのが担当の運び屋、林さん。

 

 “リン” さんね。

 

 書かれた文字は一緒でも、読み方によって生まれ故郷が変わる、珍しい苗字の持ち主だ。

 

 彼の場合は日本語も完璧なので、さらにややこしい。

 

 例えば名札の表記。

 

 もしも 「林」 と 「リン」、どちらでもいいよ――と言われたら、どちらを選ぶのだろう。

 

 「むしろ “ハヤシ” でいいですよ」

 

 と、彼は笑っていた。

 

 せっかく日本に居る時くらい “ハヤシライス” を気取っているのも良いものだとか。

 

 まあ、日本人でも 「長田」 「上村」 「鹿内」 「小原」 など、人によって全く読みの異なる苗字があったりするから、名前を呼び間違えられるシチュエーションは私たちは案外、慣れていたりする。

 

 もっともアルファベットを使用する国でも、似たようなことは起こるらしい。

 

 例えば英語は、読み方にかなりの自由度、幅を許すファジーな言語で、綴りを見ただけでは判別がつかない。

 

 本人に直接、どう読むのかを聞かなければならないようなケースもあるそうだ。

 

 と言っても、それはあくまで誤差の範囲であって、「ながた」 「おさだ」 のように1音の整合もなく、イントネーションさえ異なる――なんて状況が生じるのは、恐らく日本だけのものだろう。

 

 元はと言えば、中国の言葉をそっくりパクったために起きた問題だ。

 

 当たり前だが中国語と日本語は全く別の言語で、漢字は日本語の都合など一切、考慮こうりょしてない。

 

 漢字どころか、当時の日本人は法律、宗教、官僚制度、税制度、都の構築法、あらゆるものを無節操にパクリまくり、日本の中国化を一気に進めた。

 

 “パクリの大国” と言えば、今やすっかり中国というイメージだが、正確に言うと彼らは “パクる” のがめちゃめちゃに下手な人たちだ。

 

 中国はパクりの大家だから、さぞやパクるのは上手だろう――と言うと、さにあらず。

 

 むしろ、中国人はパクるのがものすごく下手だと思う。

 

 その点、アメリカの 「クルマ」 をパクってアメリカより良い 「車」 を作り出す日本人の底力は、既に1500年の前から健在だったよう。

 

 中国語をパクって劣化させただけの 「万葉仮名」 をたちまちのうちに叩き上げ、1000年前には早くも 『源氏物語』 を完成させている。

 

 中国人、パクりの本質を理解できないのか、理解する気がないのか、もったいないことこの上ない。

 

 

     ◇

 

 

 また、これは単なる偶然だけど……。

 

 「リサ」

 

 という名札を着けている女の子は、実際に会って顔を見なければ、日本人なのかアメリカ人なのか分からない――なんてことが起こる。

 

 いや、顔を見ても分からないことがままあって、その場合は日本語でやり取りして確かめることになる。 

 

 さらに日本語で会話しても、なお断定はできなかったりするから、奇妙な世の中になったものだ。

 

 先日、コンビニで買い物をしていて、店員の受け応えに

 

 「おっ! どこの国の人だ?」

 

 と名札を見ると、

 

 “鈴木” だった――なんてことがあったばかり……。

 

  

     ◇

 

 

 ごく最近になって、私の職場フロアーのちょっと離れた部署に “キム” さんという人が配属されて来た。

 

 みんなが 「キムさん」 「キムさん」 と呼んでいる。

 

 である以上、どこの国って、韓国か北朝鮮の他には考えられないだろう。

 

 恐らく、ほぼ確実に韓国から来たんだと思うんだけど……。

 

 言うところの 「遠山のキムさん」 ね。

 

 だけれども、「――だけど……」 と保留がついてしまうのは――。

 

 彼の風貌が、いかにもポリネシアンと言うか、パプアニューギニア系と言うのか、どう見ても南太平洋の島々からやってらした方としか思えないからなのだ。 

 

 実際には太平洋ではなくて、反対側の日本海を越えて来てるんだよねぇ~。

 

 で、余りに不思議だったので、彼と同じ部署の人とトイレで隣り合った際に聞いてみた。

 

 「最近、配属になった “キム” さんって、どこから来てる人なんですか?」

 

 「ん? キムさんですか。 ……中野ですよ。 自転車で30分くらいって言ってたかな」

 

 ――いや、そーじゃなくてぇ~!》

 

 彼の生まれた国。 出身地の国籍は――?

 

 すると不思議そうな顔をしてこちらを見やり、

 

 「 “木村” なんて人が、日本以外にも居るんですか?」

 

 と、逆にき返してきた。

 

 ――――。

 

 ……それで “キム” さんかよ。

 

 

     ◇

 

 

 話は戻って――。

 

 林さんから手渡しでもらった大鞄を開くと、私は早速さっそく、中に入っていた商品サンプルだとか、各種使用説明書、実験データの写し、企画立案書類とかを丁寧ていねいに改め、整理していった。

 

 アイデアがアイデアであるうちは、絶対にその情報を電子機器の中に入れてはいけない――。

 

 機密保持のためには、迂遠うえんなようでも、全てを手書きで紙類に記録、保存して、担当者間のみで管理するのが一番確実なのだ。

 

 双方の担当者である私と彼女の二人だけの秘密案件は、どこまでも二人だけの秘密であり、他者にれることはない。

 

 その “先方の担当者” からの最新の事務連絡に目を通す。

 

 【先日、少しだけお話をしました新パック商品の企画につきまして、具体案がいくつか上がっております。

 

 ぜひ話を進めたいと思いまして、来週後半は午後から空けてあります。

 

 最優先で対応しますので、ご都合の良い日時と場所を折り返しご指定下さい。

 

 担当・○○】

 

 …………。

 ……………………。

 

 “ご都合の良い日時” ――と来ましたか。

 

 私は思わずニンマリとして、顔がゆがみそうになってしまった。

 

 来週の金曜日は、大切な大切な、彼女の誕生日。

 

 機密保持の観点からも当然、彼女と二人きりで会談しなければならないからね。

 

 仕事中、こんなに真っ昼間から、堂々と。

 

 ――言うまでもない、私の愛人さんだ。

 

 

 

   〔第7話 =了=〕

 

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