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6 演技派と食文化

    

  

     6

 

 

 「棚から牡丹餅ぼたもち」 が落ちてくるなら、「やぶからへび」 だって飛び出して来る世の中です。

 

 心にやましいことがあるといえ、だから、やたら藪を棒でつついて、その場を取りつくろうのは如何いかがなものかと。

 

 「何を、藪から棒に……」

 

 《右》 も 《左》 も分からぬ子供に、《ろす》 なんて漢字が読めるだろうか? 書けるだろうか?

 

 何かの聞き違いでは――。

 

 絶句して固まった私に、娘が畳み掛けてきます。

 

 「早く堕ろして」

 

 ――いや、だから、まだ出来てもいなくて。》

 

 「お父さん、堕ろしてー」

 

 ――どんなに頑張っても、それは無理!》

 

 「私を堕ろして~」

 

 ――生まれてしまったもんは、ブラックジャック先生にも……。》

 

 って、んんんん???

 

 …………。

 ……………………。

 

 私は初めて、彼女との会話が成立していないことに気がついた。

 

 我が娘はと言うと、テーブルの上で爪先つまさき立ちして、左手を棚に突き、右手で更にその奥にある皿を3枚掴んで……その姿勢のまま動けなくなっていたのだ。

 

 ――何だよ。 ……ビックリしたぜぃ。》

 

 こちとらの質問にドンピシャのタイミングで、

 

 「おろしてー」

 

 なんて答えるもんだから、それこそ愛人さんの魂でも乗り移ったのかと思った。

 

 単なる偶然、というか 「知らぬが仏」 と言うのか――。

 

 この技がワザとに出せたなら、オスカー級の名演技だ。

 

 しかし、せっかく勇気を振り絞っていたのに……。

 

 ――全然、聞いてなかったのか。》

 

 思わずその場にへたり込みそうになる気分を抑えて、私はテーブルの向こう側に回り込み、彼女の両脇をかかえて “トン” と床に降ろした。

 

 「はい、堕ろしたよ」

 

 「ありがとー」

 

 今、お父さんの頭の中で、――お前の弟を、ね。

 

 …………。

 

 

     ◇

 

 

 だけど、女の子の身体って、ホント軽いです。

 

 いつも実感するんだけれど、この軽さの中に女の機能の全てが詰まってるんだと思うと、不思議な気がする。

 

 一つ。

 

 前々から気になっていたことで、とても有名なシーンの描写があるので、この際にでも言っておこう。

 

 『天空の城ラピュタ』 の冒頭の場面。

 

 空から降りて来たシータが重たく見えるのは、彼女が気絶していたのと、パズーの持ち方が決定的に悪いのが原因だ。

 

 手首から先――ほとんど両手の平だけで支えようとすると、梃子てこの原理が逆に働いて全く力が入らない。

 

 体形から見て、シータはあんなに重い子のはずはない、と思うんだけど……。

 

 

     ◇

 

 

 それはともかく、いきなりの応接ですっかり気勢をがれてしまった私は成り行き上、そのまま娘と二人で夕食の準備をすることになった。

 

 この問題は、絶対に今日中に白黒を付けなくちゃならないものでもないし、また日を改めて――かな。

 

 なんて思っているうちに、妻がパートから帰って来て、

 

 「あら、準備していてくれたの。 有り難う。 助かるわ~」

 

 と、ご機嫌で、家族3人の輪の中に溶け込んでくる。

 

 普通、一家の団欒だんらんと言うと、家族全員で食卓を囲んでご飯を食べている姿を思い浮かべるもの。

 

 それが我が家では一歩前の手順となる。

 

 みんなで手分けして夕食の準備をするのが、最近では一番の楽しみになった。

 

 女の子の一人っ子、3人家族だったからこそ、彼女をマンツーマンで指導できる。

 

 これが二人兄弟、3人兄弟だと、男女の差とか年齢差の問題も出てきて、とても家族全員で調理する環境は作れなかったに違いない。

 

 子は親に似ると言うが、彼女が早い時期から料理に興味を持ってくれたのは幸いだ。

 

 何より 《芸能界》 を目指すなら、料理に関する知識・関心は必須ひっすの条件である。

 

 なぜなら “食” についての話題は、常に最も共通する接点となり得るからだ。

 

 世の中 “十人十色” と言うけれど、“食べる” ことに興味のない人はいない。

 

 誰だって、お腹が空いたら 「食べたい」 と思う。

 

 だからそのテーマについて、どれだけ楽しく話題を提供できるか、どこまで話を持たせられるかは、“芸” と “能” の両面を支える重要なパーツなのだ。

 

 芸能人が公演やツアーの際に、全国の評判になっているお店を食べ歩くのも、贅沢三昧ぜいたくざんまいとばかりは言い切れない。

 

 実際に自分で食べてみて、

 

 「本当に美味しい」

 

 「言うほど大したことはない」

 

 という判断をしっかり出来るようになるための修業、という側面も持っているからだ。

 

 有名人が判でしたように料理店を経営するのも、自分のつちかってきた興味、知識、経験、技術を生かそうとしたら、結局そういう方向になってしまう――というのもうなずける。

 

 とにかく我が娘も、きたえられるところから、どんどんと鍛えて行かなければ――。

 

 

     ◇

 

 

 今晩の食卓のメインは秋刀魚さんまだった。

 

 娘が何を思ったか、唐突に妻に向かって言い放った。

 

 「お母さん、お腹、おろしてぇ~」

 

 ――って、ナニぃーーーーっ!?》

 

 い、今、なんてった?

 

 彼女は涼しい顔をして、一枚の皿を差し出している。 その上に魚が乗っている。

 

 秋刀魚だ。 ――そうか、秋刀魚か。

 

 秋刀魚の身を三枚に、おろすんだな。

 

 これは確かに、さすがに小学4年の娘には無理だ。

 

 なにせ、三枚におろすから 「サンマ」 と言うくらいで (←本当かよ!?)

 

 あ、いや、――なんじゃないかな、と。

 

 …………。

 ……………………。

 

 しばらくして、娘がまた、ぽつりと言った。

 

 「お父さんも、キレイにおろして」

 

 ――ってぇぇ、今度は何をぉぉぉぉぉぉーっ!》

 

 い、いいかい。

 

 私は現時点においては、女性にそんなことを迫るようなヘマは一度もしてないぞ。

 

 (じゃ、未来においては、あるのかよ?)

 

 ……その可能性がないわけではないし、そのアテもあるにはあるわけで――。

 

 男としては、だからこそ言質げんちを取られない物言いには細心の注意を払うのだ。

 

 

     ◇

 

 

 私は隠し切れない動揺を背中で隠して、チロリと目の玉を動かし、娘を見た。

 

 彼女の手には下ろし金と大根が握られている。

 

 た――。

 

 確かに、秋刀魚に大根おろしが付くのは不思議でも何でもない。

 

 むしろ、付くのが当たり前。

 

 彼女は何等なんら不自然なことを言ったわけではない。

 

 私は仕方なく下ろし金と大根の両方を受け取り、

 

 「いいかい? 大根のり方には鉄則があるんだよ」

 

 と言いながら、実演して見せる。

 

 我が娘は何食わぬ顔をして――いや、本当に何も思ってないのか。

 

 熱心に見ている。

 

 まさか、ひょっとして、とんでもない女優の才能が、……あったらどうする?

 

 

 

   〔第6話 =了=〕

 

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