2 妻と二人で台所に立って――。
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妻と二人で台所に立って、「今日は何を手伝おうか」 と言って、ああだ、こうだと笑いながら作っているうち、ついつい食べ切れないほどの皿を食卓に並べてしまう――私たちにも一応、そんな時代はありましたねぇ…… (笑)。
あの頃は、ちょうど 《ナタデココ》 という、コリコリした食感の不思議な寒天のブームがすっかり冷めた時分で、あれを買って来てね。 餡蜜ではなくて “酢の物” の皿に使うんですよ。
いろいろやりましたさ、ハイ。
◇
私が料理を覚えたには、実は深~~い訳がありましてぇ――。
私の人生の中で 「好きです」 とはっきり告げた5人の女の子のうち、最後にコクった子が全然、料理をしない人だったんですよ。
あ、因みに私の妻は3番目に告白した女性です。 順番が激しく前後しているのは、まあ 《人生の数だけドラマがある》 ということで…… (笑)。
で――。
その5番目の女の子がですね。
どーすれば、そんなに大きくなるんだぁー!! というくらいダイナマイトに凶悪で輝かしい 「胸」 の持ち主でしてぇ~~~。
それが、この世のすべての理を豪快に捻じ伏せてしまうわけです。
きっと 《高度成長期》 には、3カ月置きに下着のカップが “1階級” ずつ上がってたんだろうなぁ――なんて不埒なことを考えてしまうのだけれども、あれは本当に凄かった。
市販の女性用のブラウスなんか、絶対に釦が閉まりませんよ、きっと。
顔立ちは普通に美人。
決して痩せてはいないけれど、ぽっちゃりというわけでもない。
だから余計にスゴイんです!! 余計に目立つんです。
性格はおっとりで、少し引っ込み思案――。 声も低い。
だけどね! だけどね!
彼女は今風に言うなら、「持ってる」(笑) んですよ。
圧倒的に、絶対的に、究極の必殺技を――。
言うところの 『最終兵器彼女』 ってやつか。
男という男は皆、一撃でダウンして、マットに顔を埋めてしまう……あ、いや、あの胸の谷間に――って、何を言うとるんじゃあああぁぁぁ!!!
◇
えー。 とにかく彼女の元彼から 「何にもしない女だぞ。 間違っても料理なんかしない。 悪いことは言わんから、止めといた方がいい」 と言われても、
「あ、それは全然、平気。 料理なら自分が作るから――むしろ、チャンスだと思う!!」
って、意に介さなかった。
料理が出来ることが彼女を口説くための絶対条件だったから、ええ、ええ、頑張りましたさ。
道具を一式揃えて、本、買って来てね。
別に男にだって、きっかけさえあれば料理は出来ますよ。
いつから、ということはない。
やろうとした日から、やリ始めれば……。
で、いったん作り始めると、もう 「コンビニ弁当」 なんか、とても食べられなくなるし。
その後、AがBでCからD……な展開になって、結局、その努力が今の妻に喜ばれているわけなんだけど――。
残念ながら、私の妻は芸術的にそこが “ぺったんこ” でしてぇ。
首から上は、はっきり言って 「私には過ぎた」 くらいに美しい人なんだけど、これは彼女の唯一の弱点と呼んでも過言ではない。
市販されている、その膨らみを前提にして踏みとどまる構造の服を、私の妻は絶対に着ることが出来ません (笑)。
まあ、そのぉ……何と言いますか、我が家には娘が一人いることでもお分かりのように、その事実はこの目でしっかりと確認しておりましてぇ……遺憾ながら間違いがないのデス (笑)。
しかし、その微妙なストレスと後悔が、まさか 「6人目の悪魔」 となって体現しようとは――。
いえ、まだコクってはないですよ。 男はズルいから (笑)。
◇
いつものように妻と二人で台所に立っていると、その狭い空間に、我が娘がやって来て、いきなり言い出した。
「お父さん、ミートパイが食べたーい!!」
――ナニ!? に、肉の “パイ” ……が??》
「あん、もう!! だから “何が食べたい?” って、あれだけ聞いたでしょう。 もう作っちゃったわよ!」
妻が当然のように叱り付ける。
「だぁーって、今、テレビでやってたんだもん!! しょーがないじゃんーーーーっ!!!」
私は思わず、妻の絶壁のように垂れ下がったエプロン、娘のタートルネックのセーター、自分のポロシャツ姿を順番に眺めやり、自信満々に彼女に向かって、こう諭した。
「あのな、我が家には3人しか居ないだろ。 “肉のパイ” なんて、誰が持ってるかな? よーく見てごらん」
「ちょっとぉ!! あなたーーっ。 それ、どういう意味ぃ!?」
思わず目を剥く妻――。
だって事実だもん! 嘘は吐いてない。 とっても分かり易い譬えじゃないか。
いや、彼女には、まだ分かんねぇか。
話のさっぱり見えて来ない当の娘は、ポカンと口を開けたまま、目を白黒させている。
我が家が破局すると言われる日まで、あと300と65日――。
いえいえ、こんなの 「愛情表現」 の一種ですよ (←どーだかなぁ……)。
〔第2話 =了=〕