第8話:見えない演出家
二人の遺体が北の廃屋で発見されてから、ちょうど一週間が経過した。世間を騒がせた「禁断の恋の終焉」は、ワイドショーの格好の餌食となり、第3町田高校には今もなお好奇の目が向けられている。
町田署の一角。久保寺あこは、デスクに広げられた現場写真の山と格闘していた。相棒のシーズー、もみじは、あこの足元で心細そうに小さく鼻を鳴らしている。
「もみじ、あなたも感じるのね。この事件、まだ『終わらされて』いないわ」
その時だった。署の受付から、あこ宛てに一通の封筒が届けられた。消印は町田市内。差出人の名はなく、ただ震えたような筆跡で彼女のフルネームが記されている。
あこが手袋をはめ、慎重に中身を取り出す。そこには、ワープロ打ちされた短く、冷酷な一文があった。
『悲劇の幕は下りた。これ以上の観客はいらない。
深追いすれば、次の舞台は君と、その汚い犬の死体で飾ることになる』
「……脅迫?」
あ背筋に冷たいものが走った瞬間、彼女のデスクの電話がけたたましく鳴り響いた。表示は「非通知」。あこはもみじを片手で制し、受話器を取った。
「久保寺です」
『……ボイスチェンジャー越しのような、不自然に歪んだ声が耳に飛び込んできた。
『聞こえるか、警部。あの二人の死は、完璧な芸術だった。瀬戸健一という臆病な教師と、佐々木澪という空っぽな少女。二人が雪の中で溶け合う結末こそ、彼らに相応しい救済だったんだ』
「誰なの、あなたは。心中を演出したのは、あなたね」
あこの問いに、電話の主は低く、気味の悪い笑い声を漏らした。
『演出? 心外だな。私はただ、彼らの背中を少しだけ押してやった観客に過ぎない。……だが、君がその鼻をこれ以上突き出すなら、脚本を書き換えなければならなくなる。町田署の無能な刑事たちが、君のバラバラになった遺体を見て泣き叫ぶ……。そんな『物語』はどうかな?』
「ふざけないで。法があなたを逃さないわ」
『法か。そんなつまらないルールに縛られているから、瀬戸は死んだんだ。……いいか、一歩でも引かなければ、君の祖父、久保寺耕介の事務所も火の海になるぞ』
ブツリ、と一方的に通信が切れた。
あこは受話器を握りしめたまま、しばらく動くことができなかった。もみじが心配そうに彼女の膝に前足をかける。
「……おじいちゃんまで巻き込むつもりね」
犯人は、単なる殺人者ではない。自分たちの犯行を「物語」として崇拝し、それを汚す者を排除しようとする狂気の演出家だ。
あこは震える手で、探偵事務所にいる祖父・耕介の番号をダイヤルした。
「おじいちゃん? あこよ。……ごめん、もしかしたら、とんでもない怪物を目覚めさせてしまったかもしれない」
町田の夜空に、見えない悪意が霧のように広がっていく。逃避行の真実を追うあこともみじの前に、姿なき犯人がその牙を剥き出しにした瞬間だった。




