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放課後のエスケープ・ベロシティ  作者: 水前寺鯉太郎


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第6話:白銀の幕切れ

 逃避行の決行から二ヶ月。第3町田高校の教壇から消えた瀬戸健一と、その教え子・佐々木澪は、地図の縁から零れ落ちたような豪雪地帯の廃屋で、完成された「静物画」として発見された。

 二人は北側の窓際、重なり合うように凍りついていた。外傷はなく、遺書もない。ただ、二人の口元には、引き裂かれた英語の詩集の断片が、まるで最期の言葉を封じ込めるように詰め込まれていた。

「……趣味が悪いわね。これじゃまるで、誰かが書いた安っぽい悲劇の最終ページよ」

 町田署の刑事・久保寺あこは、規制線の内側で毒づいた。足元では、相棒のシーズー犬・もみじが、雪に埋もれた「何か」を執拗に嗅ぎまわっている。もみじが低く唸る時、そこには必ず人間の悪意が沈殿している。

 あこは防護マスク越しに、二人の遺骸を見つめた。所轄や野上刑事は、これを「追い詰められた末の服毒心中」として処理したがっている。だが、現場に残された生活感――大切に手入れされた安物の手袋や、使いかけのカセットコンロ――は、彼らが死の数分前まで「明日」を信じていたことを示していた。

「もみじ、そこになにがあるの?」

 もみじが鼻先で示したのは、煤けた畳の隙間にこびりついた、微かな青い結晶だった。

 あこはピンセットでそれを拾い上げる。冬の微光を反射するその青は、この北の果ての寒村には、あまりに不釣り合いな人工的な輝きを放っていた。

「……これ、町田の理科室で見たことがあるわ。触れただけで心臓を止める、劇薬の残留物」

 あこの脳裏に、第3町田高校という「檻」の風景が蘇る。瀬戸を追い詰めたのは警察だけではない。彼らの逃亡を「完璧な物語」にするために、背中を押した『演出家』がいたのではないか。

「先生と生徒。禁断の愛。最果てでの心中。……大衆が喜ぶキーワードを並べて、この舞台を作ったのは誰?」

 あこは、もみじを抱き上げた。もみじの瞳には、死に絶えた廃屋の奥、まだ誰かが潜んでいるかのような暗闇が映っている。

 瀬戸と澪の逃避行は、ここで終わったのではない。彼らは殺されたのだ。世間という巨大な観客の期待に応えるために、あるいは、誰かの歪んだ愛の形を証明するために。

「おじいちゃんに連絡して。これは『失踪事件』じゃない。最初から最後まですべてが仕組まれた、『殺人という名の芸術』よ」

 あこが廃屋を去る間際、風に吹かれた詩集の破片が、彼女の足元に転がった。そこには、瀬戸がかつて授業で教えたであろう一節が、血のようなインクで汚されていた。

――The world is a stage.(世界はすべて、一つの舞台だ)

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