因縁の剣譚
夕暮れの光が村を赤く染める頃、私はユリウスと村長さんの家から我が家へ帰るとこやった。
いつもと変わらない帰り道なのに、違うことが一つ。
一人の旅装の男が静かにこちらに歩いてきていた。色褪せたマント、腰には剣はないが、竪琴を背負い、肩から古びた革の書物を提げていた。
「通りすがりの語り部です」
すれ違い様、男はそう名乗ると、ゆっくりとこちらに向きなおり、本の頁を開いた。
その瞬間、空気が変わった。村の光景はそのままに、時間の流れが少し止まったように感じられる。ユリウスは小さく肩をすくめ、レミは息を呑む。
「さて……では、少し昔話を」
竪琴の弦が、静かに鳴った。
宴の余韻が残る家の中で、
語り部は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「これは、まだこの国に“英雄”と呼ばれる騎士たちがいた頃の話です」
⸻
王国騎士団。
その頂点に立つ男は、剣一振りで戦を終わらせた英雄と称えられていました。
騎士団長――
戦場では常に最前線に立ち、
退路を断ち、味方の盾となり、敵の刃を引き受ける。
隣国との長き戦争。
十年続いた国境紛争に、終止符を打ったのは彼でした。
敵将との一騎打ち。
夜明け前、霧の立つ草原で交わされた剣戟は、
後に「暁の決闘」と語り継がれます。
敵将を討ち取り、
その場で停戦を宣言させた。
それが、英雄誕生の瞬間でした。
「……ですが、英雄は一人では成り立たない」
語り部は、指を一本立てる。
「彼の隣には、常に一人の男がいました」
⸻
副団長。
騎士団長の右腕。
前線に立つ団長を、後方から、時に前に出て支え続けた男。
剣の腕も、戦術眼も、冷静さも。
どれを取っても一級品。
団長が“光”なら、
副団長は“影”。
戦場で名を上げることは少なくとも、
騎士団が崩れなかったのは、彼がいたからだと言われていました。
そして――
団長と副団長を中心に、
選び抜かれた精鋭騎士たち。
王国騎士団は、
まさに無敵と謳われていたのです。
⸻
転機は、ある日、突然訪れました。
王国宰相、暗殺。
王城の一室で、
毒刃によって命を落としたと発表されます。
国中が揺れました。
そして――
挙げられた容疑者は、
騎士団長。
「部下たちは、信じませんでした」
語り部の声が、少し低くなる。
「誰よりも国を守り、王に忠誠を誓ってきた男が、そんなことをするはずがないと」
副団長も、精鋭騎士たちも、
必死に調査し、証拠を集め、団長の無実を訴えます。
……ですが。
騎士団長は、否定しなかった。
沈黙を貫き、
ただ一言。
「私がやった」
そう告げたのです。
⸻
真実は、さらに深く、暗いものでした。
騎士団長には、かつて妻子がいました。
十数年前。
事故として処理された、馬車の転落。
しかしそれは――
宰相によって仕組まれた、暗殺でした。
理由は、単純で、醜い。
宰相と騎士団長の家は、
代々対立してきた名家。
そして、
宰相は耐えられなかったのです。
剣一本で民に讃えられ、
王に信頼され、
自分よりも光を浴びる存在がいることを。
騎士団長が、すべてを知ったのは、
宰相暗殺の、直前だったといいます。
⸻
団長は、王に直訴しました。
証拠を持ち、
真実を語り、
裁きを求めた。
――しかし。
王は、聞く耳を持たなかった。
宰相は、王を操る存在。
国の実権は、すでに宰相の手中にあったのです。
正義は、退けられました。
その夜。
騎士団長は、剣を取り、
宰相の命を奪った。
「復讐、ですな」
語り部は、淡々と告げる。
「そして同時に……絶望でもあった」
⸻
団長は、決めました。
この国は、もう救えない。
ならば――
滅ぼすしかないと。
自分と同じように、
王国に家族を奪われ、
名誉を奪われ、
居場所を失った者たちを集め。
影の傭兵団を結成。
十数年の間、
牙を研ぎ、
時を待ち続けた。
「……そして」
語り部は、そこで一拍、間を置く。
「副団長は――」
⸻
副団長は、
団長を止めることができなかった。
剣を向けることも、
説得することも、
最後まで、できなかった。
責任を取り、
騎士を辞め、
行方をくらませた。
英雄の右腕は、
歴史から姿を消したのです。
⸻
「――これが」
竪琴の音が、静かに止む。
「影の傭兵団が生まれた理由」
語り部は、本を閉じた。
「そして……英雄が、魔王と呼ばれるようになった、始まりの物語です」




