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三十路おばちゃん、誕生日に異世界転移したら即プロポーズされて死後も一緒でした  作者: いぬぬっこ


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ユリウスの十歳の誕生日

まだ空が白みきらぬ朝。

家の中は夜の冷えを残したまま、しんと静まり返っている。


台所に立ち、手元の作業に集中していた。

石造りの家は冬を越すために造られたもので、壁は厚く、天井は低い。

梁は太く、床板は年季が入り、一歩踏みしめるたびに乾いた音が返ってくる。


普段なら質実剛健そのものの家だが、今日は違った。

壁には村の子どもたちが摘んできてくれた花が飾られ、燭台には木彫りの装飾。

長机は壁際に寄せられ、椅子がいくつも足されている。

――今日は、この家が祝うための場所になるのだ。


鍋に張った湯の上で、刻んだ《黒菓脂》をゆっくり溶かす。

南方の豆を焙煎して圧搾した、異世界では貴族向けの嗜好品。

強い苦味と、深い香りが特徴だ。


甘味は蜂蜜と《樹糖》。

樹液を煮詰めて固めた砂糖もどきで、口当たりは柔らかい。

乳は山羊乳を一度煮詰め、癖を飛ばす。

仕上げに《甘香鞘》をひと振り。

甘さを引き締めるための香辛料だ。


異世界仕様のチョコレート。

でも、気持ちは――確かに、私が知っている「誕生日ケーキ」の匂いと味になる。


型に流し込み、蜂蜜菓子の台と重ね、冷暗庫へ。


「……よし」

小さく呟くと、手を止める。


廊下の向こうから、そわそわした足音と抑えきれない声。

ユリウスだ。

誕生日だとちゃんと知っているからこそ、待ちきれない。


「ユリウス、まだ早いで」

「わかってる! でも、もうすぐだよね?」

扉の向こうでぴょん、と跳ねる気配。

その様子に、思わず笑ってしまう。



昼前になるころ、家の前はにわかに賑やかになった。

革靴の音、布擦れの音、笑い声。

村人たちは今日は少しだけ“よそゆき”だ。


男たちは普段より色の濃いチュニックに手入れした革靴、

女たちは刺繍入りのエプロンや、祝祭用のスカーフを髪に巻いている。


豪奢ではないけれど、祝う気持ちはしっかり身につけてきてくれている。

その想いに、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


「ユリウス、誕生日おめでとう」

「もう十歳かぁ」


並べられていく贈り物。

《星蜜飴》。夜光花の蜜を煮詰めた飴で、ほのかに光り、喉を潤す。

《石麦クッキー》。歯応えのある穀物を使った素朴な焼き菓子。

《乳糖キャラメル》。山羊乳と樹糖を煮詰めた、疲れた体に染みる甘味。

《白木ヌガー》。堅果と蜂蜜を固めた祝い菓子。


ユリウスは目を丸くして、ひとつひとつの贈り物を見つめる。

“もらう”ことより、“用意されていた”ことが、胸にじんわり響く顔だ。



次にエドウィンが前に出る。

「誕生日おめでとう」

差し出されたのは、短剣。

子ども用に刃は調整され、柄には滑り止めの革が巻かれている。


「これを使い、何かを守れるようになりなさい」

ユリウスは両手で受け取り、喜びと覚悟の入り混じった表情を見せる。


そして、私の番。

レミは冷暗庫から丸い箱を取り出す。

異世界仕様のチョコレートのホールケーキだ。


切り分けられた瞬間、甘く、少しほろ苦い香りが家中に広がる。

ユリウスは目を輝かせ、手を伸ばす。


「ママ、もう食べていい?」

「もちろんやで」


 切り分けられたケーキを、一口ずつ口に運ぶ。

チョコレートの濃厚な香りが口の中に広がり、ユリウスは目を閉じて笑みを浮かべる。

「うん! おいしい! ママの作ったケーキ、最高!」

「ありがとう、ユリウス。あんたが喜んでくれて、ママも幸せやわ」


エドウィンも微笑みながら、静かにケーキを口に運ぶ。

「……美味いな」

小さな声だが、穏やかな笑みがその表情に広がる。

 ふと、エドウィンと目が合う。

言葉はなくとも、家族の絆が確かに伝わる瞬間だった。

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