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三十路おばちゃん、誕生日に異世界転移したら即プロポーズされて死後も一緒でした  作者: いぬぬっこ


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3/20

剣をにぎるには、まだ小さすぎる手


 息子が歩き始めたのは、思っていたよりずっと早かった。


 春先。

 庭の土はまだ少し湿っていて、草先には朝露が残っている頃やったと思う。


「……あ、あ、あ」


 短い足でふらふらしながら、何かを目指して一直線。

 その目はもう完全に――獲物ロックオンの目。


「ちょ、ちょっと待ち!?

 そっちは危ない!!」


 母の制止などお構いなしに、息子――

 ユリウス(エドウィンが名付けた。由来を聞いても「響きだ」で終わる。ほんまそれだけ)――は、

 庭の隅、物干し台の横に立てかけてあった木剣に突撃。


 ガシッ。


 掴んだ。

 バランス崩した。

 前のめりに倒れた。

 ほんで、ワンテンポ遅れて――泣いた。


「早すぎやろ、成長!!!」


 抱き上げながら思う。


 昨日までハイハイやったやろ!?

 なんで今日、剣目指して歩いとんねん!!!


 土の匂い。

 木剣のささくれ。

 春のぬるい風に混じる、ミルクの甘い匂い。


 ――これが、我が家の日常である。



 ユリウスは、とにかく元気だった。


 朝起きた瞬間から全力。

 窓から差し込む朝日を浴びて、即フルスロットル。


 昼寝?

 何それ美味しいの?


 夕方には泥だらけ。

 夜は、電池が切れたみたいに突然寝る。


 村の道は舗装なんてされてへんから、

 一歩外に出たら靴も裾も即アウト。


 でも本人はまったく気にせぇへん。

 転んで泣いて、すぐ笑って、また走る。


 それで一番厄介なのが――

 エドウィンの真似をしたがること。


 エドウィンが庭で剣の素振りをしてたら、

 同じ角度で、同じように腕を振ろうとするし。


 膝立ちで剣を手入れしてたら、

 隣にちょこんと座って、

 棒切れを布で拭き拭き。


 真似しながら、真剣な顔で。


「パパ、ぼくもできたよ!」


 ――それを聞いた瞬間の、エドウィンの顔よ。


 いやもう、溶ける。

 完全に溶けてる。


 剣を振るう時の鋭さなんて影も形もなくなって、

 表情も声も、全部やわらかくなる。


 ああいう時に使うんやな。

 **「骨抜き」**って言葉は。



 ……で。

 問題はここから。


 エドウィン、村の剣術師範やけど――

 強さが、どう考えてもおかしい。


 最初はな、


「まあ、師範やしな」


 で済ませとった。


 村の若者相手に強いのは当然。

 剣の扱いが洗練されてるのも、長年の鍛錬やろ。


 ……って、思うやん?


 でもな。


 若者三人相手に、木剣一本で無傷。

 警備隊との模擬戦、三戦三勝、しかも秒殺。


 土煙も上がらへん。

 音も、ほとんどせぇへん。


 気づいたら、全員、地面に転がってる。


 村人A

「……師範、今日、加減してました?」


 エドウィン

「していない」


 村人B

「……嘘だろ?」


 私

「私もそう思う」



 そして、極めつけ。


 ある日。

 ユリウスが庭で転んで、

 木箱の角に頭をぶつけそうになった――その瞬間。


 エドウィン、**瞬間移動したんか?**って速度で、

 ユリウスを抱き上げた。


 ほんまに。

 風、鳴ったで。


 空気が裂ける音、したもん。


「……今の、見た?」

「……見た」

「……人間やんな?」

「……たぶん」


 思わず、家に遊びに来ていた村のおばあちゃんと、

 顔を見合わせて確認してもうたわ。


 エドウィンは、こういう話になると、必ず話を逸らす。


「訓練の賜物だ」

「昔の癖だ」

「大したことはない」


 ……いや。

 大したことしかないんやけど!?


 でも、それ以上は聞かんかった。


 理由は単純で――

 エドウィンを信じてるから。


 誰よりも穏やかで、

 誰よりも家族を大切にする人やから。


 それで、十分やった。



 ユリウスが三歳になった頃。


 完全に、剣にハマった。


 棒を見たら剣。

 木切れも剣。

 スプーン? 剣。

 パン? 一瞬剣。


「それ剣ちゃう!!

 食べ物!!!」


 注意しても、

 キラキラした目で言う。


「ぼく、きしになる!」


 ……来たな。

 ついに来たか、このセリフ。


「なんで騎士なん?」


 そう聞いたら、


「パパ、つよい!」

「みんなをまもってる!」

「かっこいい!」


 ……ずるいわ。

 そんな真っ直ぐな理由、反則やろ。


 エドウィンは、その言葉を聞いて一瞬、固まった。

 そして静かにしゃがみ込み、

 ユリウスの目線に合わせて言う。


「騎士はな」

「剣が振れたらええわけやない」

「守る覚悟がいる」

「逃げない心がいる」


 ユリウスは、ちゃんと聞いてた。

 意味が全部分からんくても、

 言葉の重さは、きちんと受け取ってた。


「……うん!」


 その力強い返事に、

 胸の奥が、少しだけ、きゅっとなった。



 その夜。


 ユリウスが寝たあと、

 窓の外では虫の声。

 ランプの火が、静かに揺れていた。


「……あの子、ほんまに騎士目指すかもな」


 私がそう言うと、

 エドウィンはしばらく黙ってから――


「……なら、大切なものを守れる騎士に育てる」


 それだけ答えた。


 強くて、静かで、

 覚悟のある声。


 その背中を見ながら、私は思う。


 ――この幸せが、

 いつまでも続けばいいのに。

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