表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔法使いチェリーと秘密のラッコちゃん

作者: 星森 永羽





 べちゃっ、べちゃっ、べちゃっ、べちゃっ──


「おい」


「……」


「おい」


「……」


「だから俺『出かける前に水浴びすんな』っつったよな」


「……」


「鼻ほじんなって! おい」


「オレを干からびさせて、どうする気だ? 剥製にする気か? ああん?」


「上等だ! 目玉ガラスにしてやるよ」


「うるせえ、くそ人間!」


「うるせえ、くそラッコ! お前のせいで左半分べっちゃべちゃだから、俺。べっちゃべちゃ!」


 只野 広杉タダノヒロスギの歩いてきた道には、水滴の跡が続いている。


「そんなに言うなら小学生の頃から持ってる、あの汚い仮面ライダーのビニールバッグにオレを入れて歩けばいいだろう! なんで手で持っても歩くんだよ」


「重いんだよ! 何食ってんだよ?!」


「お前の稼ぎが悪いから川で魚や虫、採ってるんだよ」


「だから生臭いのか? お前の口、生臭いのかよ」


「失礼な奴だな──え」


 パシャッ、パシャッ


 複数の人からスマホを向けられていた。


「「「ラッコだ、ラッコ」」」


 ここは、よくある商店街。


 次々と人が集まってくる。


「ぐっ、眩し、やめてください」


 広杉は路地裏へと逃走した。










「はあ、もう……お前といるとロクなことがないよ。──何してんだ?」


「黄昏てんに決まってるだろ。

見ろよ、あの美しい夕焼け。一緒に青春しようぜ、トゥゲザー」

と、どこからかサングラスを出して日光浴している。


「あ、ヤバい。

夕方のタイムセール始まる。卵の特売日なんだ。

スーパーが鳥インフルエンザに勝利した瞬間を、この目に焼き付けないと」


「ちっ、仕方ねえな。──おい」


「今度は何だ?」


「あれ」


 ラッコの指(ヒレ?)がさす方には、今まさに女子高生がチンピラに絡まれている。


 水色の制服であることから、偏差値の高い有名女子校だとわかる。


「……仕方ない」


 広杉は彼女に近づいた。


「ちょっとカラオケに付き合えって言ってるだけだろ」


「そうそう、健全なお付き合いしましょうって言ってるだけ」


 チンピラAとBが女子高生に対して、悪い意味で壁ドンしている。


「平和を絵に書いたような商店街の路地裏で何してんだか」


 ラッコが小声で呟く。


「やめてください!」


 広杉は通りすぎるタイミングで、彼らの足元に手をかざした。


「わっ」「ぎゃっ」


 ナンパ男の真下に、ぽっかりと黒い穴が出現。


 2人同時に落ち込み、腰までずっぽりはまってジタバタする。


 女子高生は目を丸くして立ち尽くす。


 広杉は素知らぬ顔で、スーパーへと向かった。









「お前のそういう正義感、嫌いじゃねえよ」


 スマホを構えた子供たちがいないのを確認しながら商店街を歩いていると、ラッコがボソッとつぶやいた。


「うるせえ」


 よくある話だが、童貞は30歳を過ぎると魔法が使えるようになる。


 広杉も3年前、風俗に行くのを躊躇った結果「一瞬で落とし穴を作れる」という地味な能力を授かった。


 地味ではあるがマシである。


 他の魔法は虫刺されを早く治せるとか、カツラか地毛かを見分けられるという、実用性の薄い場合が多い。


 一生童貞でいるべきか、一生虫刺されを早く治せる能力を持ったままでいるべきか、非常に悩むところだ。


「キャー」


 その時、甲高い悲鳴が響いた。


 視線を向ければ、主婦が倒れ込んでおり、めざし帽を深く被った男がバッグをひったくって全力で走り出していた。


 広杉は再びため息をつく。


 次の瞬間、ひったくり犯の足元に小さな黒い穴が出現。


 男の片足が見事にすっぽりはまり、バランスを崩して派手にすっ転ぶ。


 バッグは宙を舞い、主婦の足元に転がって戻った。


 広杉が一部始終を見届け安堵の息を漏らし、再び進みかけると──


 パチ、パチ、パチ


 拍手に振り返る。


 そこには場違いな、ど派手美女が立っていた。


 白い肌を惜しげもなくさらし、ドレスのような赤い服は胸元が大胆に開いている。長い金髪は巻かれて揺れ、鋭い目つきはどこか人を試すようだ。


「初めて見る魔法だわ。他の雑魚魔法とは違う」


 美女は楽しげに目を細めた。


「何のことでしょう」


「とぼけたって無駄よ。あなた童貞でしょう」


「どこに証拠が?」


「そのパッとしない見た目!」


 ズバッと指を刺され、広杉はぐっと言葉に詰まる。そこを指摘されてしまえば言い返すことはできない。


「ぐぬぬ……」


「私は舞香マイカJISよ」


「JIS?!」


 JISとは日本のCIAである。


「ええ、あなたをスカウトす──」


「お断りします」


「秒で断るの止めてちょうだい。是非あなたの力をこの国のために──」


「タイムセール終わるんで失礼します」


 ペコリ、と頭を下げて立ち去る。


「ちょっと! 国よりセールが大事なの?!」


「当たり前でしょ。今日は卵1ケース128円なんだから!!」










 オンボロアパートの6畳1間。


「はあ……。結局、売り切れだったな。

1ヶ月ぶりに親子丼食べるの楽しみにしてたのに」


 広杉はカップ麺を、ズズズと音を立てて啜った。


「おい、その汁寄越せ」


 机の上によじ登ったラッコが、目を細めてクレクレする。


「バカ言え! 動物愛護法違反で逮捕されたくないよ、俺!」


「いいから1口よこせ。オレ、海獣なんだ。塩分なんぞ気にしねえ」


「川に潜ってマリモでも探してろ!」


「河童見つけたら同盟組んで、お前の首絞めてやるからな! ケチ!」


「誰がケチだ!」


 狭い部屋に、童貞とラッコの口喧嘩が響き渡る。そこへ


 ──カンカンカンカン


 階段を昇る足音。軽やかさから女性のものとわかる。


 この震度3で倒壊しそうなアパートに近づく女性は……。


「……おい広杉。あの布面積少なすぎ女じゃねえか? 金髪の」


「しっ、声が大きい! 居留守作戦だ」


 広杉は慌てて口を塞ぐ。


 そしてガチャリ、とドアノブが回った。


「「え? ノックすらしない戦法?」」


「こんばんわー」


 顔を覗かせたのは、肩までの黒髪&ぱっちりした目元の美少女。


「ど、どちら様ですか? 部屋を間違えてますよ」


「わたし紀乃キノって言います。押し掛け女房です。今日からよろしくお願いします」


 ズカズカと遠慮もせずに上がり込んできた美少女は、三つ指ついて頭を下げた。


 タイトなデニムにラフなTシャツ。格好と行動のギャップが凄い。


「は?」


「あなたのお嫁さんにしてください」


「あーゆーじゃぱにーず?」


「広杉、オレの予想だが恐らく、この娘は日本語を喋ってるのではないか?」


「ラッコ、Google翻訳で日本語を日本語に訳せるか調べてみてくれ」


「分かった。やってみる。Ok Google」


 ラッコが5分ほどスマホと格闘したが、ついに日本語を日本語に訳す方法は見つからなかった。


 1匹と1人が絶望していると、玄関からクスクス笑い声。


「随分モテるじゃない」


「今度こそ本物の布面積少なすぎ女だ」


「おたくらにプライバシーの概念ってないんですか? 今2025年なんですけど」


 広杉の心の声は口から漏れていたが、小さすぎて彼女たちには届かなかった。


 舞香はヒールを脱がないまま上がり込み、主人公にしなだれ掛かった。


「ねえ、考えてくれた? 例のハ・ナ・シ」


 彼女は豊満な胸を押し付け、艶やかな吐息を耳に吹きかける。童貞は耐性がなさすぎて石化するしかない。


「ちょっと! 新婚早々浮気?! 夫から離れて」


 謎の美少女が割って入る。


「まだ入籍どころか付き合ってすらないじゃねえか」


「「え、ラッコが喋った……?」」


「「今、気付いた?!」」


 この後、3人と1匹は自己紹介し合い、流れで王様ゲームすることになり、広杉の女性交流経験値はLevel0からLevel15に上がった。しかし勇者になるには984足りない。













 チャポン、チャポンと水の跳ねる音まで虚しく響くのは、ラッコの背中に哀愁が漂ってるからか。


 桶の中で佇むラッコは悲しそう……なのだろうか? 口端から濁流の如く唾液が滴っている。


「おい、ラッコ。そんなにヨダレ垂らしてたら脱水症状になるぞ」


「馬鹿野郎。出したものはまた飲み込めばいいんだよ。

それより見ろよ、あの鯖、オレを誘惑してるぜ! 『今夜は寝かせない』ってウィンクしてる」


 ラッコが全力で凝視していたのは、向かいにある魚屋。


 ここは商店街のやや奥にある個人の豆腐店。広杉のバイト先である。


 ラッコは、ここで看板犬ならぬ看板ラッコとして店先にいる。


 子供は寄ってくるものの売り上げに貢献はしていない。


「お前、魚に瞼があるって思ってるのか? ラッコ歴、浅いんじゃないか」


「硬いのは貞操観念だけにしてくれ。頭まで硬くなったらおしまいだぞ、童貞」


「うるせえ。昼休憩だ、行くぞ」


「またオカラかよ」


「贅沢言うな」


「こんにちわー!」


 制服姿の紀乃がやって来た。


 彼女は、路地裏でチンピラに絡まれてた女子高生だった。


「悪いけど仕事場にまで来な──」


「お弁当持ってきました」


「待ってた」


「お前って簡単だな。胃袋つかまれただけでやられるなんて」


 昨晩、紀乃の作った親子丼を食べた結果、追い返せず王様ゲームする流れになった。


「お前こそ童貞のチョロさをわかってないな」


「オレに、その手は通用しな──」


「魚、持ってきたの煮干しなんだけど」


「待ってた!」


 ラッコは前言を秒で忘れ、美少女に媚びた。


「良かった。コレ、じゃあ頑張ってくださいね」


 紀乃は広杉に紙袋を押し付けて、立ち去ろうとする。


「え? 一緒に食べないの?」


「学校の昼休み終わっちゃうから! またね」


 水色のスカートを翻す眩しい後ろ姿を見送った1匹と1人は、佇むしかなかった。


 今こそサングラスの出番だった。


「あの娘……本当に嫁にしたら?」


「いや待て、俺がモテるわけないだろ。これは何かの罠だ。彼女はきっと宇宙人か何かで、地球の童貞を調査しに来たんだ」


「それは……お前天才だな。恐らく、その通りだ。

よって、その弁当は全てオレがいただく」


「……」










 商店街の一角にあるベンチに腰掛け、1人は弁当、1匹は煮干しを噛る。


 昼下がりの商店街は、地元の人々でにぎわっていた。


 八百屋の呼び込み、惣菜屋から漂う揚げ物の匂い、子どもの笑い声――どこにでもある平和な風景だ。


 ヒールの音に顔を上げると、長い足を惜しげもなくさらし、挑発的な視線を投げかけてくる。布面積は……。


「地味な力でも、使い方ひとつで世界は変わるのよ。ねえ広杉くん、私と一緒に来ない?」


 すっと身体を寄せ、胸元が危険なほど近づく。香水の甘い匂いが、広杉の鼻をかすめた。


「見てわからんか、露出狂。卵焼き食ってる人間に、シャネルのエゴイストはキツいんだぞ」


「あら、失礼」


 巻き髪をファサッと後ろへやる。シャンプーの香りが漂って、余計に香害が広がる。


 広杉はむせかえる香りの中、腕に胸を押し付けられながらも弁当を一心不乱に食べた。


 こんな時は邪念を捨てるに限る。



 ──ワアアアアアアアア



 悲鳴と雄叫びの混ざった声、見れば商店街の最奥から得体の知れない物がこちらに向かってきている。


 あれは──


「虎?!」


「いや、狼じゃねえか」


「ウルガーよ。虎と狼を科学的に合体させた物なの。

輸送中だったんだけど、そう言えば鍵かけるの忘れたかも」


「「あんたが犯人かい!」」


 まるで他人ごとのような舞香にツッコむ。


「……いや、それどころじゃない」


 人々はパニックだ。建物へ避難する人、路地に隠れる人、蹲る人、転倒する人、ぶつかる人……。


 気を取り直した主人公は、主人公らしくスクッと立ち上がった。


 その眩しい勇姿にラッコは、サングラスをせざるを得なかった。


 広杉は猛獣の進路に立ち塞がる。


 彼の落とし穴を作る魔法は、半径1m以内に近付かないとならない。


 一瞬の油断が命取りになる。


「5、4、3、2、え?」


 広杉が落とし穴を出現させた瞬間、ウルガーは穴も術者も飛び越えて行った。


「ええええええっ?!」


 華麗に着地したウルガーを振り返り見て、一瞬呆気にとられるも慌てて追いかける。


「マ、マ、マズイ、あんなの街に出たら大変なことに」


 ウルガーを捕獲しようと、商店街の人々も独自にバリケードを作ったりネットを投げる。


 しかしウルガーが易々と飛び越えて行くので、広杉だけが障害物リレーをやっている状態だ。


 息を切らし汗だくで商店街の入口を見ると、水色の制服──なんと紀乃がまだいる!


 そこへウルガーが突進していく。


「紀乃! 危ない! 逃げろ!」


 広杉がいくら走っても手を伸ばしても、猛獣の脚力にはかなわない。


 彼の脳裏に彼女と出会ってから、まだ24時間満たない記憶が走馬灯のように駆け巡る。




「「おーさまだーれだ?!」」


「きゃっ、ア・タ・シ!」


 舞香が髪と胸を揺らして喜ぶ。


 遡ること17時間前、ボロアパートでのこと。


「じゃあねぇ、3番が王様にキスする」


「うっ」


 広杉は3と書かれた割り箸を、ぎゅっと握り締めた。


 それから恐る恐る舞香の整えられた赤い指先を取り、軽く口付けた。


「……え? 何? それだけ? 口にするのよ?」


「口?! そそそ、それは結婚式まで取っておくので、ちょっと……で、ござる」



 ──シーン



 広杉が童貞を100%発揮したせいで場が盛り下がった。


「あ、えっと、あの、そう言えば広杉さんとラッコちゃんの出会いって、どんなだったんですか?」


 紀乃が場を和ませるため、気を使って話題を変えた。


「ああ、こいつがウチの玄関の前に捨てられてたんだ。段ボールに入って」


「チッチッチ。違うね。

オレが自分の意志で来たんですぅ」


「バカ野郎。ラッコがどうやって段ボール抱えて1匹で階段登ってくるって言うんだよ。

冗談も休み休み言え、JOKER」


「夢も希望もロマンもない童貞だな」


「だからこその童貞だ」


「まあまあ、落ち着いて。良ければ夜食作りましょうか」


「「え? いいの?」」


「この時間だし、胃もたれしないように茶碗蒸しはどうでしょう?」


 紀乃は、ちゃっかり特売の卵を2ケース買っていた。


 どおりで広杉が売り切れで買えなかったわけである。


「ふーん、家庭的アピールね」


 舞香が細い眉を吊り上げる。


「そんなの、男を落とす武器にはならないわ。大事なのは色気よ」


 ぐい、と広杉の腕に寄りかかる。


「ひ、人の夫に触らないでよ、おばさん!!!」

と、舞香を広杉から引き剥がす。


「おば……さ……ん……」


 舞香の瞳がぎらりと光る。


「誰がオバサンよ、誰が!」


「事実でしょ!」


「事実じゃないわよ! 私はまだ20代よ!」


「後半でしょうよ!」


「それを、まだ若いっていうのよ。青臭い小娘が!

そのBカップの胸を、いくら寄せて上げても谷間なんてできないでしょうに」


「残念ね! Cカップあるわ!」


「……お前、33年の平和な童貞生活を、たった1日でラブコメにするなんて天才じゃないか。やっぱり」


 キャットファイトに油を注がぬよう、ラッコが小声で囁く。


「俺が一体、何したって言うんだよ。落とし穴、作っただけじゃないか」





「やはり俺に青春ラブコメは間違っていた。

紀乃! 危ない! 逃げろ!」


 商店街の入口で、猛獣の鋭い牙と爪が紀乃に襲いかかる。



 ──ドシンッ



 次の瞬間、地面に倒れたのは可憐な女子高生ではなく猛獣の方だった。


「へっ?」


 静まり返る商店街。


 皆ただ今、見た光景を理解するのにしばしの沈黙を要した。


「私、空手黒帯なんです」


 紀乃が回し蹴りで、ウルガーを仕留めたのである。ついでに縞々のパンツも見えた。お約束である。


 てへっと笑う彼女は、間違いなくラブコメのヒロインであった。


「ぐう゛う゛」


 しかし、ウルガーが頭をフリフリ起き上がる。


「あ、いけない」


 広杉は急いで駆け寄り手をかざす。と、ウルガーがドッスン! と穴に落下。


「うわあああ!」


 商店街の人々は思わず飛びのき、スマホを構える者もいる。


「魔法だ」「魔法使いだ」「珍しい、実用的だ」


 広杉に注目が集まる。


「そういや時々、商店街に穴空いてたよな」


「そうだな、この前の引ったくりも落ちてたしな」


「兄ちゃんがやってたのか、偉いな」


 八百屋の店主やペットショップの店員、商店街の組合長なんかが出てきて言う。


「だけどよ、空けた穴は埋めろよ?

商店街の組合員で片付けてるんだぞ」


「あ、すいません」


 広杉がペコペコ謝っていると──


「危ない!」


「え?!」


 なんとウルガーが穴から飛び出してきた。しかも勢い良く、こちらに口を開けて!


 宙に跳んでいる状態の相手を、どうやって穴に落とすのか?


 考える間も身構える間もなく──バンッ


「ギャンッ!」


 紀乃の跳び蹴りが決まり、獣は彼女の足の下で蠢いている。パンツに関してはこの際、書かない。


「はっ、紀乃! ジャンプして避けるんだ」


 黒い穴が再び商店街に出現した。


 ウルガーの体が落下する。


「早く! 蓋を! 出てこれないように!」


 その光景を見た商店街の人々が、ざわめき集結する。


「よし、看板を押して!」


「段ボールを置け!」


「ふがあああああ!」


 ウルガーの声が板下から響く。


「……これで、ひとまず安心だな」


 広杉は安堵の息を漏らす。


「よくやったじゃねえか」


 振り返ると、舞香に抱えられたラッコがウンウン頷いている。


 商店街の人々は笑いながら、いつの間にか協力していた自分たちを誇らしく思った。

 

「チェリまほ……すげえな」


 誰かが呟き、昼下がりの商店街には静かな勝利感が漂う。


 こうして街の平和は守られた。









「あーあ、今日は流石にくたびれた」


 濡れた髪を拭きながら、広杉が居間に入ってくる。


「だったら、ゆっくり湯船に浸かればいいだろうよ」


 ラッコが都昆布を咥えながら答える。


「風呂掃除、面倒だからさ。よっこいせっと」


 ちゃぶ台の前に胡座をかく。


「あー今日もう面倒だから、夕飯食わねえで寝ちまおうか」


 ゴロンと横たわると──


「そんな体に悪いこと許しませんよ!」


 ドアが開くと共に、紀乃が突入してきた。


「鍵かけたはずなんだが……」


「鍵? ちょっと力入れたら、すぐ開きましたけど?」


「修理費ぃぃぃ」


「そ・れ・よ・り!

料理の素材拾ってきたんで解体、手伝ってください」


「は?」


 紀乃がドアを全開にすると、その奥、共有スペースにウルガーの死骸。


「し、仕留めたん? っていうか、ここまで担いできた?!」


「ねえ、ウルガーを回収しようと思って機動隊を呼んだんだけど、穴の中にいなくって……で、ここにいるし?! っていうか死んでるし?!」


 舞香がやって来て、悲鳴混じりの声を上げる。


「この量なら2週間は焼肉食べ放題ですよ! 頑張って捌きましょう」


「ちぇっ、そういうことなら仕方ねえ。

手伝おうとするか、よっこらしょ。

デグマグマ○ゴン、デグマグマ○ゴン、人間になあれ」


 ラッコが、どこからか出したコンパクトに向けて呪文を唱えると、途端に辺りが眩い光に包まれた。


 そして広杉が目を開くと、そこには童話の世界から抜け出てきた王子のような絶世の美男子が立っていた。


「さっさと解体やっちまおうぜ」


 ただし、その美男子の声はラッコのものである。


「お前も魔法使えるんかい!!」











□完□
















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ