表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三話


 愛香が翔太になって、一ヶ月が経った。


 翔太が誰になったのか。未だにまったく分からない。

 偽物は誰なのか。想像はできるが、断定はできない。


 ただひとつ、耳にしたことがある。

 偽物は、色んな男と寝ているという。


 最悪だった。自分の人生設計が狂ったことに、愛香は唇を噛み締めた。


 今後、翔太が誰になったのかを突き止めて、自分の体に戻れたら。

 地元から大きく離れた大学に進学して、人生をやり直そう。地元の人達と縁を切るんだ。将来の結婚相手に、過去を知られないために。


 人生の方向転換を考えながら、愛香は、今日もクラスメイトを観察していた。いつものように机に突っ伏し、こっそりと。


 愛香はすっかり、翔太として行動することに慣れてしまった。翔太の母親とも普通に話せている。五味達にいじめられるときは、できるだけ痛い思いをしないように工夫している。教室でパンツを脱ぐよう強要されたこともあるが、これは別にどうでもよかった。晒されるのは自分の体じゃないのだから。たぶん、以前のように校舎裏でオナニーをさせられても、どうでもいいと思えるだろう。


 すっかり慣れて、耐えられるようになった。


 ――あ……


 胸中で、唖然とした声が漏れた。


 翔太として生活することに馴染んだ自分。そんな自分を、愛香は自覚した。惨めな自分を受け入れている。毎日唾を吐きかけられ、小便を浴びせられるような生活が、当たり前になっている。


 胸の中で、悔しさが沸々と湧き上がってきた。悔しくて悔しくて、たまらない。死にたくなるほど悔しい。


 ――私は、こんなに無様な人生を歩む奴じゃないのに!


 顔を歪ませ、その顔を誰にも見られないようにしながら。

 愛香は、教室で聞こえる声に耳を傾けた。


 昼休み。たぶんもうすぐ、五味達がやってくる。今日も翔太を――愛香を嬲り倒すために。もっとも、彼等はまだ昼食を食べているが。


 五味と、偽物と、真紀、小町、翼、優花。彼等は、今日も一緒に昼食を食べている。ゲラゲラと笑い、大声で話しながら。


「で、愛香。昨日は誰とヤッたんだ?」


 下劣な会話を切り出したのは、五味だった。あいつは、あろうことか、色んな男と寝るように愛香に勧めたのだ。自分の恋人なのに。「俺も色んな女とヤッてるから、お前もしてみろよ」と。外見だけがいい、どうしようもないクズ男。性に貪欲な彼のことだから、恋人を寝取られるという経験もしてみたかったのだろう。誰かに寝取られた恋人と、セックスをしてみたい。


「昨日の相手はイケメンだったよ。ナンパしてきた奴なんだけどさ。顔が、吉田亮に似てるの」


 吉田亮は、整った顔で有名な俳優だ。でも、どんなに顔がよくても、ナンパしてきた奴と簡単に寝るなんて。


 愛香は、自分の体に入っている人物を、四人のうちの誰かだと目星をつけていた。真紀、小町、翼、優花。


 ナンパをしてきた顔のいい男と、簡単に寝た。ということは、愛香の体に入っているのは、外見至上主義の真紀だろうか。


「一昨日は? 一昨日は誰とヤッたの?」


 続けて聞いたのは、当の真紀だった。

 偽物はフフンと笑った。


「一組の滝川。なんていうか、小動物系で、ベッドの上でも可愛くて。ついムラムラして、ガンガン攻めちゃってさぁ」


 明らかな肉食系のセリフ。ということは、愛香の体に入っているのは、小町だろうか。真性の腐れビッチ。


 偽物は、聞かれてもいないのに話を続けた。


「そういえば先週、隣りのクラスの奴等にカラオケに誘われてさぁ。そうしたら、なんか、松前君に迫られちゃった。『ずっと好きだった』とか言われて。なんか雰囲気に負けて、押し切られて。つい、カラオケから抜けて、ホテルに行っちゃったんだよね。まあ、別に、松前君に興味があったわけじゃないんだけど」


 興味もない男と、雰囲気に押し切られて寝てしまう。とういうことは、愛香の体に入っているのは、翼だろうか。言葉と股の緩さが一致しない、馬鹿女。


「愛香、最近ハイペースだね。他には、どんな男とヤッたの?」


 優花の質問に、偽物はニヤリと笑った。


「私さ、ちょっと優花の真似してみたんだよね。SNSに、裸をアップしてみたの。そしたら、メチャクチャ男達が食いついてきてさ」

「その中の誰かとヤッたの?」

「うん。食ってみた」


 自分のヌードをインターネットにアップロードし、男を捕まえて寝る。そんな馬鹿なことをするのは、愛香の周囲では優花くらいだ。では、愛香に入っているのは、優花なのだろうか。救いようのない変態女。


 偽物の言動に、愛香は絶望さえ感じた。偽物が誰なのか、判断がつかない。さらに、最低の生活を送っている。早く自分の体を取り戻さないと、取り返しのつかないことになる気がする。妊娠とか、性病とか。


 誰が自分になったのか。

 翔太は誰になったのか。


 未だに分からない。

 現状の打開策は、皆無と言っていい。


 昼食を食べ終えると、五味達が、今日も愛香のところに来た。


 今日は、どんな虐められ方をするのだろうか。

 今日は、どれだけ嬲られるのだろうか。

 肉体的な苦痛を与えられるのだろうか。

 それとも、教室の中でパンツを脱がされたりして、精神的な苦痛を与えられるのだろうか。


 クラスの中に、愛香を――翔太を助けようとする人などいない。自分が、虐めの標的になりたくないから。見て見ぬ振り。あるいは、五味達に同調して、翔太を笑いものにする。


「おら! 起きろ! 今日もお楽しみの時間だ!」


 五味が愛香の椅子を蹴った。


 翔太の姿をした愛香は、今日も床を這いつくばった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ