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第1話 花火はどうかな

本作品は、2017年7月に投稿した「夏と花火と恋ごころ」の加筆修正版です。

 夏休みは好きじゃない。

 

 だって、ただ蒸し暑いばっかりで、楽しいことなんてなんにもない。

 パパとママは共働きで毎日夜までいないし、セミは朝からうるさいし、なにより宿題がバカみたいに多いのが気に入らない。

 たった一ヶ月とちょっとのあいだ学校が休みだからって、こんなに勉強しなきゃいけないなんて、おかしいと思う。

 ドリルだけならまだしも、わけのわからない絵画や作文もついてくるから、たちが悪い。

 自由研究? 発明工夫?

 考えただけでうんざりする。

 こんなだったら、毎日普通に学校へ行っていたほうが何百倍もましだ。

 

 夏休みなんて、なくなっちゃえばいいのに。

 

「よお、かごめ」

 

 ノックもなしに、突然乙女の部屋にずかずかと入ってくる下品な男子が一人。

 こんがり日焼けした肌に、真っ白いティーシャツと短パン。

 まるで絵に描いたような夏男。

 

 わたしは横目でそいつをちらりと見やってから、読書感想文用に読んでいたつまらない小説を、ベッドの上に放り投げた。

 

「ノックもしないで女の子の部屋に入ってくるなんて最低だよ、新太郎(しんたろう)。他の女子なら憤死しかねないね」

()()()()()()な。おまえは全然平気だろ。俺にそんな格好を見られても、ノーリアクションなんだから」

 

 ふん、と鼻を鳴らす。

 そうね、よくわかってるじゃない。

 

 ほぼ下着のようなキャミソールに、生足丸出しのハーフパンツ。

 そんな姿でごろごろしているところを見られても平気な女子と、それを見ても顔色ひとつ変えない男子。

 お互いに問題はあると思う。

 けれど、わたしたちにとっては、これが普通。

 いつもどおり、だ。

 

 新太郎とわたしは、いわゆる幼なじみってやつ。

 生まれたときから近所に住んでいて、隣にいるのが当たり前な存在。

 物心つく前から、きょうだいみたいにずっと一緒にいたせいで、中学生になった今でもこの距離感だ。

 

 小学校低学年までは、よく二人で一緒にお風呂に入ってたっけ。

 さすがにそれを今やるにはちょっと……いや、かなり抵抗があるけれど。

 でも、こうして油断した姿を見せるくらいなら、全然余裕。

 新太郎だって、自分の家じゃわたしがいたって平気でパンツ一丁でうろうろしてるくらいだし。

 

 思春期真っ盛りの男女って、大体は『誰が誰を好き』だとか『付き合ってる』だとか、浮いた話が少なからず出てくる。

 けれど、わたしたちには一切ない。

 たぶん、そういうことに疎いんだ。

 お互いに。

 恋とか愛を語るには、おこちゃまのわたしたちには、まだ早い。

 

「それより、ねえ新太郎。なにかおもしろいことない? わたし、もう夏休みに飽きちゃった」

「飽きたっておまえ、夏休みが始まってまだ一週間しかたってないだろ。今だって宿題やってたんじゃないのかよ」

 

 呆れたみたいに新太郎が目を細める。

 うん、やってたよ。

 やってたけど、もうそういう気分じゃないの。

 べーっと舌を出して見せる。

 

「だってさ、ずーっと家の中にこもりっきりなんだよ。楽しいイベントがあるなら話は別だけど、なあんにも予定がないんだもん。そりゃあ、やる気もなくなるよ。夏休みが終わるギリギリまで宿題なんてやらないと思う。なんならやらずに登校日を迎えるかもね」

「うわ、マジかよ。俺は、宿題は七月中には終わらせたいと思うけどな。そうすれば夏休みを思う存分満喫できるし。遊び放題じゃん」

「だから、満喫するような予定がないの。知ってるでしょ、うちはパパもママも不定休だから、家族揃っての休みがないのよ。だから毎年、レジャーはなし。あーあ、夏休みってホントつまんない」

 

 ベッドに上半身を投げ出して、大きなため息を吐き出す。

 そんなわたしの姿を見ると、隣に座ってきた新太郎は、ふーんと鼻を鳴らした。

 

「じゃあ、どこかに行くか」

「どこかって、どこよ」

「かごめが行きたい場所だよ。俺が付き合ってやるから、な?」

「えー、新太郎があ?」

「なんだよ、俺じゃ不満なのか」

「べっつにい」

 

 せっかく夏の思い出を作りに出掛けるのに、相手は幼なじみの男子だなんて、ちょっと味気ない。

 新太郎でも不満ってことはないけど、きょうだいで遊びに行くような感覚は拭えない。

 

 ……まあ、仕方ないか。

 仲のいい友達は、みんな彼氏とのデートに忙しくて、全然かまってくれないし。

 

 頭の中で行きたい場所を思い浮かべてみる。

 とはいえ、出掛け慣れていないせいで、そんなすぐには思い浮かばない。

 したいことならなんでもと言うのならば、南のほうに行って青い海を思う存分泳いでみたいけど、中学生二人だけではそんな大それたことはできない。

 だからと言って、近場のショッピングモールに行くくらいじゃ、夏の思い出とは呼べないし。

 

 考えあぐねていると、新太郎が言う。

 

「せっかくだから夏らしいことしようぜ」

「夏らしいことって、例えば?」

「スイカ割りとか」

「スイカはきれいに切って涼しい部屋で食べるほうがおいしいでしょ」

「じゃあ、そのへんの雑木林でクワガタやカブトムシを捕まえるとか」

「あのね、わたしは女子なの。そんなことに興味あると思う?」

「それなら、バーベキューとか海水浴とか」

「お金も足もないのに、できるわけないじゃん。わたしたち二人だけで」


 新太郎は目を細め、「文句ばっかりだな」と呆れた顔をする。

 だって本当のことなんだもん、仕方ないじゃない。

 

 うーんとうなりながら、新太郎はさらに腕を組んで考える。

 

「夏と言えば、海、山、川……」

「どれも中学生だけで行くのは好ましくないね」

「変なところで真面目だよな、おまえ」

「あとで怒られるのやだもん」

 

 中学生らしく健全に過ごそう、なんて優等生みたいなことを言うつもりは、ちっともないけれど。

 夏休み中の不祥事は、親だけじゃなく先生や警察も出てくるだろうから面倒だ。

 そんなことになったら、遊んでいる最中は楽しくたって後味が悪すぎる。

 だったら最初からいい子に過ごしていたほうが断然らくだ。

 わたしは事なかれ主義だから。

 

 二人であれこれ考えていたときだった。

「あとは、そうだな」と腕を組んだ新太郎は一呼吸置いてから、

 

「花火は、どうかな」


 とぽつりと言った。

 その一言に、わたしは目を大きく見開く。

 

「花火! それいいね!」

 

 ぱちんと手を合わせる。

 新太郎はそんなわたしを見て、ほっとした顔をした。

 それからすぐにニカッと笑い、きれいに並んだ白い歯を見せる。

 

「お、乗ってきたな。よし、ちょうど明日、隣町で花火大会があるんだ。それに行くか」

「賛成、行こう行こう!」


 わたしはベッドの上で跳ねるように起き上がる。

 久しぶりの、お出掛けらしい予定に、気分が少しだけ浮かれた。

 

 だけど──ふと、ひとつの疑問が頭をよぎる。


「……でも、よく明日が花火大会だって知ってたね。新太郎、そういうの興味なさそうなのに」

「え? あ、あー……えっと、まあ、なんだ……そう、友達が騒いでたんだ。ほら、彼女と行くとかなんとかで」


 ふーん、とうなずく。

 新太郎の友達に彼女がいる人なんていたっけ。

 恋愛には興味がなさそうに見えるけど、わたしが知らないだけで、意外とみんな恋愛してるってことか。

 

 なににしても、明日がすごく楽しみになる。

 たまにはいいこと言うじゃん、と肩をつつくと、新太郎は照れくさそうに笑って頬をかいた。

 

 花火大会なんていつぶりだろう。

 最後に行ったのは、小学校低学年の頃だった気がする。

 隣町の花火大会は年々規模が大きくなっているらしく、今では県外からも花火を見に来る人が大勢いると聞いた。

 すごく人気のあるイベントだ。


「混むかなあ」

「このへんだといちばんでかい花火大会だから、大混雑するだろうな。かごめ、迷子にならないように気をつけろよ」

「迷子になんてなるわけないでしょ。何歳だと思ってるのよ」

「正直、同級生とは思ってないな。強いて言うなら、妹か?」

「ちょっと、なんでわたしが年下なわけっ?」

 

 むっとして近くにあったぬいぐるみを新太郎に投げつける。

 笑いながらそれをキャッチすると、新太郎はぬいぐるみをもちもちといじり始めた。

 こねたり、潰してみたり、ぬいぐるみに変な顔をさせてわざとわたしに見せてくる。

 そんな姿に、そっちのがよっぽど弟みたいだと思った。

 くすりと小さく笑う。

 

 わたしはスマホを手にして、カレンダーを開く。

 明日のスケジュールに『花火大会』と書き込んだ。

 

 隣町くらいなら親もうるさく言わない。

 一緒に行く相手が新太郎だから、心配もかけない。

 

 なんだか久しぶりにわくわくした気持ちになる。

 ……つまらないと思っていた夏休みが、少しだけ楽しくなってきた。

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