表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/63

60.両親の想い

ナツと雪が帰ったあと、静まり返ったリビングに、カップのふちを打つスプーンの音だけが残っていた。


母親は窓の外の曇り空を見上げながら、小さくつぶやいた。


「ナツが……女の子が好きだったなんて、ね……」


その声は、驚きでも非難でもなく、ただ現実を受け止めきれない心の重さをにじませていた。

父は黙って目を閉じたまま、その言葉を噛みしめ、涙をこらえているようだった。


やがて、口を開いた。


「……少なくとも、この家の跡継ぎは……難しくなった、わけだな」


その言葉に、母のまなざしが鋭く揺れた。


「あなた……。あなたは、ナツのことじゃなくて、“家のこと”しか考えていないの?」


「……そういうわけじゃない。ただ……俺は父を早くに亡くして、この家を必死で守ってきた。お前も知ってるだろう」


「わかってる。あなたが苦労してきたことも……あなたのお母さまと私が、どれだけぶつかってきたかも」


言いながら、母はソファの端に座りなおし、そっと手を重ねる。


「でも……ナツのことを思うと、家のことより、あの子が年をとってから、どんな人生を送るのか、そのほうがずっと心配なの」


「……そうだな」


父がうなずいた。


「もしかして……私たちが、いい家庭の姿を見せてあげられなかったから、こんなふうに……って思ってしまうの。私が、あなたのお母さまと揉めてばかりいたから、家庭って場所に、希望を持てなかったんじゃないかって……」


「……それが原因なら、そもそも恋人を作ることだってやめていただろう」


「……」


「ナツは、誰よりも自分の気持ちに正直で努力して生きようとする子だ。俺たちが反対しても、きっと止められないさ。……それに」


父はふと、カップを見下ろしてから、懐かしむような目をした。


「……小学生の頃のこと覚えてるか。かけっこで負けて泣いていた。それで俺が数日練習をみてやったんだ」


「ええ……負けたくないって火がついたら、止められない。小学生のくせに夜中まで走り回っていたわよね」


「そうだ。自分で決めたら、諦めずに自分の足で進んでいく子だった」


母は、ゆっくりと頷いた。


「……変わってないのかもね、あの子」


「そうだな。変わらない」


しばらくの沈黙のあと、母が言った。


「受け入れられるかは、わからない。でも、さいごまであの子の成長を見届けるわ」


「……俺もだ」


時計の秒針が、静かに回る。

二人は言葉少なに、けれど確かに、娘が選んだ道を――心の中で受け入れようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ