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42.それぞれのスタートライン

誕生会から、ちょうど一か月が経った、午後。


春の陽射しがまどろむ窓辺。

部屋の隅に置いたスマートフォンが、小さく震える。

着信の表示に「Spring編集部」の文字が浮かんだ瞬間、ナツの鼓動が高鳴った。


一度深呼吸をして、通話ボタンを押す。


「……はい」


「ナツさん、Spring編集部のものです。内定ですので6月から、東京本社でお待ちしていますね」


言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。

一瞬、耳が遠くなったような気がして、ナツは唇を噛んだ。


「……本当、ですか?」


「ええ。作文もよく書けていたと評価をもらっています」


その一言に、視界がにじんだ。

目元をぬぐって、なんとか声を絞り出す。


「……ありがとうございますっ……!」


電話を切ると、まだ興奮の冷めやらぬまま、今度はすぐに雪の名前をタップした。

数回のコールのあと、いつもの落ち着いた声が耳に届く。


「もしもし、ナツ?」


「雪さんっ、あのね、私……受かったの!」


「えっ、もしかして――Spring?」


「うん! 6月から、東京に行くことになった……!」


抑えきれない喜びが声ににじんでいた。

電話越しの雪も、ふふっと笑った。


「やったね、ナツ……! 本当に、よかった」


「でも、まだ両親には言ってなくて……」


ナツは、少し声を落とした。


「そっか。ナツがいなくなったら……ご両親、きっと寂しいよね」


「……うん……」


ナツの声がかすれる。


「でもね、それでも……私は東京に行きたいの。雪さんのいる街で……夢を叶えたい」


静かに流れる沈黙。

受話器の向こうから、ふっと優しい息が聞こえた。


「……ナツ、実は私もね。今日、伝えようと思ってたことがあって」


「えっ? なに?」


少しだけ間をおいて、雪が言った。


「……デビューが決まったの。正式に、オーディション通過して……6月に発表される」


「えっ……!? 本当に!? 雪さん!」


「うん。まだみんなには言えないけど、ナツには一番に伝えたくて」


それを聞いた瞬間、ナツの胸がきゅっとしめつけられる。


「……おめでとう、雪さん。ほんとに……ほんとによかった」


心の奥が、熱くなる。

うれしくて、誇らしくて、でもちょっぴり――切なかった。


「同じ6月だね。私も、雪さんも……」


「うん。お互い……スタートだね」


それは、同じ夢を追ってきたふたりが、

初めて別々の道を歩きはじめるということだった。


「……ナツが東京に来たら、いっぱい案内するね。おうちにも行っていい?」


「うん。雪さんのデビューの日、絶対、駆けつける」


「ふふ……じゃあナツが来てくれるの楽しみにしてる」


ふたりの笑い声が重なった。

季節は、六月を迎える。それぞれの夢へと向かって。


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