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41.鏡の中のあなた

普段お酒を飲まない二人だったからか、あるいは疲れが出たのか――

雪とナツは、酔っていた。


喫茶店を出てからの足取りはふらつき気味で、気づけば歩道に肩を預けあい、身体を支え合っていた。


「雪さん、ここしかなさそう……」


ナツが見上げたビルの一角。

そこには、ラブホテルの文字が淡く光っていた。


「……もう歩けない、入ろう。ナツ」


その瞬間、雪がぐっと顔を近づける。

赤く火照った頬と、潤んだ瞳。吐息が触れるほどの距離に、ナツは思わず目を見開いた。


「雪さん……こんなところで……」


言い終わる前に、キスをされ雪の体重がさらに預けられる。


――カシャ。



小さなシャッター音が耳をかすめたような気がした。

ナツは一瞬、辺りを見渡す。けれど誰の姿もない。


「……とにかく、入らなきゃ」


ナツは雪の肩を抱えながら、扉の向こうへと進んだ。

部屋に入った瞬間、ナツは一歩、足を止めた。


間接照明が低く揺れ、赤と紫が混ざるような色合いが、室内を艶やかに染めている。

そして何より――


鏡。

壁一面に貼られた鏡が、天井にも、バスルームの仕切りにも、至るところにあった。


「……こんなとこ、入っちゃって。ナツ、来たことある?ラブホテルだよ?」


ベッドに腰を下ろした雪が、からかうように呟く。


「……わかってる。でも……ここしかなくて」


ナツが冷蔵庫の水を取ろうとした、そのとき――

雪の手が、そっとナツの手を引いた。

そのまま、ふたりはベッドに倒れ込む。


「……雪さん……」


ナツは雪を見下ろす形になる。

ふと、横目に見えた鏡に、ふたりが重なりあう姿が映り込んでいた。


頬を染めた自分の顔も、全部がそのまま写っている。

胸の奥のなにか熱いものが同時に湧きあがる。


雪はゆっくりと目を細め、静かに言った。


「ナツ、いいよ……こないだの約束」


「……え?」


「したいって言ってたでしょ、私に。……だから、好きにしていいよ」


その言葉に、ナツは胸が詰まる。

そっと頷いて、雪のボタンに手をかけた。


雪の肌があらわになるたび、天井の鏡がそれを映し返す。

視界のいたるところに、雪がいる。

キスをするたび、ナツの指が震えるたび、何人もの雪がナツを見つめてくるようで、心がざわめいた。


「……もっと、して。こうやって……」


雪の手がナツの服の裾から入り込み、胸元をそっと撫でた。


「……ん……」


ナツの喉から漏れた声が、天井の鏡の奥にも揺れているように感じる。

ふたりだけの空間のはずなのに、無数の視線に見つめられているようで、恥ずかしさが一層強くなる。


――次の瞬間、くるりと景色が反転した。


「ナツがしないなら、私がするよ……」


耳元で、甘く低くささやく声。

その声は、さっきまでの雪の声とは違っていた。

迷いも遠慮もない、熱を帯びた声。


「雪さっ……」


「何も言わないで、感じて……」


いつの間にか、はがされた服。

雪の手がナツの太ももをなぞると、ベッド脇の鏡が、その指先の動きをはっきりと映した。

ナツは思わず顔をそむけたが、視界の先にも、天井にも、背後にも――

雪がいる。


「ナツ……触って」


雪がナツの手を取り、自分の下腹部へと導いた。

ナツの指が触れた瞬間――温かく、濡れた感触が伝わる。


「……っ……ん」


雪の体が小さく震え、その様子が、また鏡に映る。

ナツは、目をそらすこともできずに、ただその全てを受け止めていた。


「……恥ずかしいね、やっぱり……」


「……雪さんも、気持ちよくなって……」


慣れない指先を動かすたびに、雪の身体が呼応する。

それがすべて、何倍にも増幅されたように鏡に映り続けていた。


やがて雪がナツを抱きしめ、唇を重ねたとき、ナツの目の前にも後ろにも、寄り添いあうふたりの姿があった。

その瞬間、熱いものが体を駆け巡ると同時に雪の中にある自身の指もぎゅっとつかまれた。


雪の顔が快感に満ちているのが見えた。


なんて綺麗なんだろう――


「……気持ちよかったよ、ナツ」


そう囁いて、雪が額をナツに預ける。

ナツはそっと腕をまわし、雪の背中をやさしく引き寄せた。


「雪さん・・・あったかい」


「ナツ……かわいい」


雪の声が、遠くから響くように聞こえる。

柔らかな毛布のように、ナツの全身を包み込んでいく。


「……雪さん」


ナツのまぶたが、そっと閉じる。

雪のぬくもりに包まれながら、夢の中へと落ちていった。


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