表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/63

40.小さな誕生会

「遅かったね、雪ちゃん」


葉月がからかうように笑うと、雪は息を切らしたまま頭を下げた。


「すみません、水月さん、葉月さんにもご迷惑かけちゃって……」


「いいの。ナツちゃんの話、いろいろ聞けてよかったよ」


水月はやさしく微笑むと、ちらりと時計を見て、ふいに思い出したように立ち上がった。


「そうだ、私買い出しに行かなきゃだった。葉月、一緒についてきて」


「ん、了解」


ふたりは自然な流れで立ち上がる。


「じゃあ、悪いけど二人で店、見ておいてくれる?すぐ戻るから」


「わかりました」


ナツが答えると、扉のベルが鳴って、水月と葉月の姿が外に消えた。

店内には、静けさが戻った。


「……ごめん。また遅れちゃって」


雪がゆっくりとナツのもとへ近づいてきた。

その姿を見た瞬間、ナツの胸の奥で張りつめていたものが一気にほどけて、涙がこぼれる。


「えっ……どうしたの?大丈夫?ナツ」


「なんでだろ……すごく緊張してたのに、雪さんが来たらなんだか……」


「ごめんね。レッスンが思ったより長引いちゃって、それに……ちょっと寄り道してた」


「…寄り道?」


「うん。もうすぐ私たち、誕生日でしょ。一緒にお祝いしたくて、ケーキ買ってきたの。ほら」


雪が差し出した袋の中には、可愛らしい小ぶりのホールケーキ。

苺が花のように飾られたその姿を見て、ナツの目に再び涙が滲む。


「わあ……うれしい」


「涙、止まった?よかった」


雪は微笑みながら、そっとナツの髪に手を添えて、ひと撫で。


「そうだ、もう一個」


「え?」


「後ろ向いて?」


ナツは雪に言われるまま、背を向ける。


「ナツにお誕生日プレゼント」


首元からそっと手が伸びてくる。

そこにはキラキラとした細めのネックレス。


「綺麗…」


ナツはつけてもらったネックレスを見てつぶやく。

雪はナツの体を自分の方に向かせると、その姿に満足そうに笑った。


「うん、似合うよナツ」


「もしかして…これ買うためにバイトを」


「うん…」


照れくさそうに視線をそらす雪。


「ありがとう、雪さん。大事にするね」


ナツの嬉しそうに笑う顔に手を添え、雪はやさしくキスを落とした。


そのとき。

カラン、と扉のベルが鳴る。

慌てて離れるふたり。


「あ、ちょっと帰ってくるの早かったかな」


葉月が様子を伺うように入ってくる。


「だから言ったのに。葉月が“そろそろ戻ろう”って言ったんじゃん」


水月がむくれたような声で続いた。


「あ、それ雪ちゃんからのプレゼント?良かったね」


ナツのネックレスをいち早く見つけた葉月が言う。


「はい…嬉しいです」


はにかむナツ。


「ねえ、お似合いのおふたりさん。お酒買ってきたんだけど、少し飲んでいく?」


葉月が手に持っていたのは、赤いラベルのワインボトル。

気づけば、テーブルには、ささやかなパーティーが始まっていた。

ナツと雪が中央に並び、ケーキとワイン、そして四人の笑い声が小さな喫茶店の空間をあたためていく。


「ごめんね、喫茶店には似合わない雰囲気だけど」


水月がケーキにナイフを入れながら言った。


「いえ、そんなことないです」


雪が答えながら、グラスに注がれるワインを見た。

水月の横で、葉月がワインボトルを傾けていた。


ふと、横を見た水月の頬に、生クリームがひとすじついているのを見つけると――

何も言わず、葉月がそのクリームにそっと口を寄せて、キスで拭った。


その光景に、ナツと雪は息をのんだ。


「もう、やめてよ。ふたりに見られちゃったじゃん」


水月が頬を染めて小さく抗議する。


「いいじゃん、二人のキスも見たんだし。私だって見せつけたいよ」


葉月がいたずらっぽく言いながら、水月の唇に、もう一度――今度はしっかりとキスを重ねた。


「あっ……」


ナツが思わず声をもらすと、すぐに雪がその目を手で覆った。

二人のキスは深く長いものだった。


「見ちゃダメ……」


「ずるい……雪さん」


「じゃあ、私も後でおんなじようにしてあげる……」


その囁きは、ナツの耳元に落ちて、鼓膜をくすぐった。


「……っ」


ナツの耳まで真っ赤になる。


「もう!こんなことでキスしないでよ」


水月がぷくっと頬をふくらませて、葉月を引き離す。


「今日は、ふたりが主役なんだから。我慢してよ」


「え〜、せっかくのパーティーなのに〜」


葉月が笑いながら肩をすくめると、水月はため息をつきながらも、そっとナツと雪の前にケーキを運んできた。


後ろからは、グラスを両手に持った葉月が追いかけるようについてきた。


「お誕生日、おめでとう。雪ちゃん、ナツちゃん」


水月が、ふたりに微笑みかけた。


「ありがとう……ございます」


ナツが照れながら頭を下げると、雪もつられるように笑った。


「ありがとう。私、こういう時間、初めてかもしれない」


雪のその言葉に、ナツはふと目を細めた。

雪が過ごしてきた時間の長さや、孤独を思って。


「私も……です」


そして、そっと彼女の手を握った。

小さな誕生会。


ふたりの夜は、まだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ