3.水月と葉月へのあこがれ
「終わっちゃったんだ……」
駅のホームに冷たい夜風が吹き抜ける。
そのベンチに、ナツはひとり、項垂れるように腰を下ろしていた。
さっきまで目の前にあったはずのステージの光。
夢のような時間は、いつのまにか終わりを告げていた。
最後のステージ。
水月と葉月が、笑顔で深く頭を下げた瞬間を思い出すと、胸の奥がじんと痛む。
彼女たちは、ナツの支えだった。学生から社会人へ、めまぐるしい日々に揉まれながら、
「もうダメかも」と何度もくじけそうになったそのたびに、
ナツは彼女たちの姿を見て踏みとどまってきた。
いつも凛とした美しさを湛え、静かな炎のように輝く葉月。
無邪気で、可愛くて、まさに“アイドル”そのものだった水月。
まるで月と太陽。全く異なる光を放ちながら、互いを照らし合っていた。
そして――
葉月の佇まいには、どこか雪の面影があった。
(もし、私があのふたりのようにキラキラしていたら……雪さんと、もっと近づけたのかな)
ナツはふと、自分のスマホに目を落とす。
そのとき、不意に画面が光った。
《雪さん》
胸が跳ね上がる。
「……はい、雪さん」
「ナツ、元気?」
その声は、いつも通りやわらかくて、あたたかい。
「はい……」
「うそ。元気ないじゃん。葉月さんと水月さんが卒業しちゃったから?」
「……いえ、そんなことは……」
「ふふ、無理に強がらなくていいよ」
「……でも、どうして急に……? 雪さんが電話なんて、珍しいです」
「うん……なんていうか、ナツちゃんの声が聞きたくなったの」
「え……?」
「ナツちゃんのこと、最近ずっと気になってた。だから、連絡しちゃった」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「水月さんじゃなくて……私?」
「うん。ナツだよ」
言葉が出てこない。
代わりに、喉の奥がぎゅっと締めつけられる。
「ねえ、雪さん」
「うん?」
「……わたし……」
口に出すのが怖かった。けれど、もう引き返せなかった。
胸に溢れる想いが、言葉を求めて暴れていた。
「葉月さんじゃなくて、雪さんのことが……」
「うん……」
その一言で、雪が何かを悟ったのが分かった。
スマホの向こうで、雪の呼吸がふっと止まった気がした。
「……好きになっちゃった? 私のこと」
――知ってたんだ。最初から。
「はい……私、雪さんが好き。もっと、そばにいたい。
葉月でも水月でもなくて……ナツとして、雪さんに会いたいです」
一瞬の沈黙のあと、ふわりと微笑むような声が返ってきた。
「……嬉しい。私もね、ナツちゃんのこと……ずっと特別だと思ってた。
女の子と付き合ったことはないけど……ナツちゃんなら、恋人にしたいな」
その言葉に、ナツの視界が一気に滲んだ。
雪の声が優しくて、真っ直ぐで、何より本気だったから。
スマホを握る手が震える。
こんなに、心が救われたのは初めてだった。
夜風がまた吹き抜ける。
けれど、その冷たさの中で、ナツの胸の奥には、確かな温もりが芽生えていた。