1.十年前
大学を卒業したナツは、大阪の証券会社に勤め始めたばかりだった。
「そっか!ナツはまだ『Autumn』のオーディション受けられるんだ!」
2つ年上の雪が、目を輝かせて言った。
雪は1年前、「Autumn」というマイナーアイドルグループの研究生に合格し、夢に向かって突き進んでいた。
「でも、無理だよ。私、歌もダンスもやったことないし……」
ナツは、おとなしい性格で、唯一の趣味といえばアイドルの“推し活”と創作小説を書くことだった。
「ねぇ、オーディションってどんなことやるの?」
「歌とダンスの基礎。課題曲もあるよ。今年も募集してるみたい」
雪はスマホの画面を見せてくれる。
「……オーディションって、何回あるの?」
「10月、2月、4月の3回。私は2月に受けたの」
「なんで2月?」
「4月はね、『Spring』のオーディション落ちた子たちが流れてくるから、レベル高いんだよ」
Spring――アイドル界の王道。知名度も人気もトップクラス。
それに比べてAutumnは、知る人ぞ知る存在。
だが、雪はSpringへの挑戦に破れたあと、Autumnに人生を懸けていた。
「私、Springの事務所で働きたかったな……」
「え、なんで?」
「雑誌、作ってるでしょ。編集者になれたらなって。文章書くの、好きだし」
「ナツなら絶対向いてるよ!」
「でも夢のまた夢だな……。水月さんも葉月さんも、もう卒業しちゃったし」
二人の名前を口にした瞬間、ナツの胸に懐かしさがこみ上げた。かつてSpringのダブルセンターだった、葉月と水月。
その二人をモチーフに、小説を書いていた――その作品が、雪との出会いだった。