18.雪の家
タクシーが静かに停まった先に佇むのは、三階建ての洋館だった。
「……ここが雪さんの家……」
思わず、ナツは声を漏らしていた。
真っ白な壁に重厚な門、きっちり手入れされた植栽。
高級住宅街の中でも際立って気品がある。
それもそのはずだ。雪の父親は弁護士として名を馳せ、母親もその一族の一人だと聞いていた。けれど、実際にこの家を目の前にすると、現実感がどこか薄れる。
雪は無言のまま、バッグから家の鍵を取り出した。
「入って」
「……ありがとう」
靴を脱いで玄関にあがると、ナツの鼓動が少し速くなる。
家の中は驚くほど静かだった。大理石の床と壁に、重厚な木の家具。クラシックな絵画が飾られた廊下を、松葉杖をつきながら雪が案内する。
「父も母も、たぶん三階の部屋にいると思う。だから……何も気にしなくていいからね」
「うん。お邪魔します」
言われてみれば、誰も「おかえり」と迎えに来なかった。
雪さん、こんなケガして帰ってきたのに……。
ナツの胸が少し痛んだ。普段は強くて頼りになるように見える雪の、心の奥に潜んでいた孤独が、ふと垣間見えた気がした。
案内された雪の部屋は、雪そのものだった。
淡いグレーと白で統一された室内。
柔らかな照明が、セミダブルのベッドに反射する。
棚には難しそうな法律の本から小説が整然と並び、ドレッサーには使い込まれた化粧品が置かれていた。
「ナツ、パジャマ……どれがいい?」
クローゼットを少し引いて、雪が何枚かのパジャマを取り出して見せてくれた。
その表情は、どこか遠慮がちだ。
「……じゃあ、これお借りします」
「うん。私、こんな状態だから……シャワー、入るの手伝ってくれる?」
「え……?」
一瞬だけ、ナツは戸惑った。
「まだ痛くて、一人じゃ無理そうだから」
「……うん」
雪が困っているなら、助けたい。羞恥心よりもその気持ちが勝っていた。
「ありがとう」
雪がふっと微笑む。ナツはそっと、雪の背中に手を添えながら、バスルームへと歩き出した。
脱衣所の明かりは、少し明るすぎるくらいだった。
ナツは背を向けたまま、深呼吸を繰り返す。目を合わせる勇気がなかった。
「ナツ……背中、お願い」
「……はい」
震える指で、ファスナーを下す。
雪の肩があらわになるたびに、ナツの顔はますます熱くなる。
「なんで、ナツ赤くなってるの?」
雪の言葉に、ナツは思わず身をこわばらせた。
肌を重ねたのは一回だけ。
その時だって、雪は服を纏っていた。
「だって……その……」
答えにもならない答えを返しながら、今度は自分のシャツのボタンをはずす。
「……もう、ナツも早く来て」
バスタオルに身を包んだ彼女が手を伸ばしてくる。ナツはその手をつかんだ。
浴室のガラス扉が開いた、その瞬間だった。
濡れたタイルに滑った雪の身体がぐらりと揺れる。
「危ないっ!」
咄嗟にナツは、雪の身体を引っ張り抱き止める。
雪の体が、自分に上にのしかかった。
さらさらの素肌が触れる。
やわらかい髪、雪の匂い―顔が近い…息ができなくなる




