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16.雪の不安

あの日から、ナツの様子がどこかおかしい。

連絡しても既読はいつもより遅く、返事が来るのは決まって夜の遅い時間帯。

それまではどんなに忙しくても、数分後には「いま〇〇してるよ」と返ってきていたのに。


(……もしかして、他に誰かいるのかな)


そんな考えが、ふと胸をかすめる。

考えすぎだとわかっていても、不安は静かに、じわじわと広がっていく。


レッスンが終わり、夜のスタジオの外。

雪は思わずスマホを取り出していた。


――発信。


コール音が鳴る。心臓の鼓動が、じわりと速くなる。


「……もしもし?」


スマホ越しに聞こえた、なつかしくて、愛おしい声。


「ナツ……最近、連絡くれるの、遅いから。どうしてるのかなって……心配で」


一瞬の沈黙。


ややあって、少し申し訳なさそうな声が返ってきた。


「あ……ごめんなさい。雪さん、心配してくれてたんだね」


「そりゃ、するよ……」


ふと、思いついて口にしてしまう。


「今、どこにいるの?」


「え? 今……えっと……」


その曖昧な返事に、雪の胸にざわりと波紋が広がる。


「……ナツ、私に何か隠してる?」


その言葉が出たとたん、ナツの息が止まったような気配が伝わってくる。


「……そんなことは……」


「言いたくないの?」


言いながら、自分が追いつめているのかもしれないと気づく。

でも、不安はすでに胸いっぱいに広がっていた。

数秒の沈黙のあと、ナツの声が、少し震えながらこぼれる。


「……実はね……受けたくて……オーディション、2月に」


「……オーディションって、まさか……Autumnの?」


「……うん」


その一言に、鼓膜が一瞬しびれるような感覚が走った。

信じたくて、でも驚きで言葉がすぐに出てこない。


「そう……。でも、Springの履歴書は?」


「送ったよ。たぶん、どっちも受からないと思う。でも……」


ナツの声が静かに続く。

「この前、雪さんが応援してくれるって言ってくれたでしょ? あの時、本当に嬉しくて……少しでも雪さんと一緒にいられる時間をつくりたくて、だから、やれることは全部やろうって思ったの」


一つひとつの言葉が、まっすぐに胸に入ってくる。

何より、雪の中にあった「疑い」が、少しずつ「信頼」に塗り替えられていく。


「それで、もしかして……」


「うん。毎日、ダンスと歌のレッスンに通ってる。夜しか返事できなかったの、それが理由……ごめんなさい」


雪は、スマホを握りしめながら、口元に静かな笑みを浮かべた。

涙が出るほど、ホッとしていた。


「そっか……ならよかった。ちゃんと教えてくれて、ありがとう」


「……雪さん」


「ナツが本気なら、私もちゃんとサポートするよ。オーディションで使うダンスも、私が覚えられる範囲で一緒に練習する。それまで基礎、がんばるんだよ?」


電話越しに、ナツの息が震える。


「雪さん……ありがとう」


「ナツ。どうせやるなら、中途半端じゃなくて本気でいこう。私もね、10月に内部オーディションがあるんだ。自分でチャンス掴みにいくの。だからさ……一緒に、頑張ろうよ」


「……うん!」


声が弾む。

その一言が、雪の心をやわらかくあたためた。


「レッスン、大変だけど……頑張る」


「うん、私も」


「……ありがとう。じゃあね」


「ばいばい。……ナツ、大好きだよ」


「……私も」


通話が切れても、耳に残る声の余韻が、雪の胸をじんわりとあたためていた。

ふたりの未来が、また一歩、重なった気がした。

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